24.人間らしい生活
一方その頃、エマは食堂に入り、燭台の火に目を凝らしていた。
やや遅れてユリウスがやって来る。エマが顔を輝かせると、彼はどこか弱々しく笑って見せた。
「エマ。悪いけど、俺は明日から家を空ける」
エマは首を傾げた。
「お出かけですか?」
「お出かけと言うより……仕事だ。この前のギドー渓谷へ行って、調査をしなければならなくなった」
「あら。私が竜だったら、ユリウスを乗せて一緒に行けたのに……」
「竜に戻れたら、またお願いするよ」
食事が運ばれて来る。コース料理のようだった。
前菜には、かぶやきゅうり、パプリカなどの素朴なピクルス。
それを平らげると、かぼちゃのスープが運ばれて来る。エマはそれを口に含むと、その甘さと香ばしさにとろけるかと思った。
レモンバターで風味のついた優しい味のサーモンには、お茶の時間に話したにんじんのグラッセが添えられている。
骨付き鹿肉のローストに、とろりとしたマスタードソースがかけられてやって来る。齧りつくと、心地いい辛さが相まって、胸が透き通る気がする。
かりかりふわふわのパンで、その皿に残ったソースをすくって食べる。
何種類もの小さなチーズが乗っている皿が運ばれて来て、エマはそれをひとつひとつ、銀のフォークでいただいた。
(はあああ……幸せ!)
食後には木苺の小さなパイが用意される。糖分少なめのコーヒーもやって来た。
(すごい。これが貴族の食事……)
エマはうっとりと異世界の美食に酔いしれる。
その流れるような食事の所作を、ユリウス含め使用人たちが固唾を飲んで見守っている──
ダニエルがやって来て尋ねた。
「エマ様、お食事はいかがでしたか?」
エマは目を輝かせて言った。
「す、素晴らしかったです!こんなにいいものを食べさせてもらえるなんて……!」
「嫌いなものなどはありませんでしたでしょうか」
「あ、私はない方です。割と何でも行けます」
「かしこまりました。ちなみにユリウス様はブロッコリーがお嫌いです」
「こらダニエル」
ツッコミが入ったところで、皿が下げられる。
部屋は再び、エマとユリウスだけになった。
「お仕事は、すぐに戻って来られますか?」
「分からない。とにかく君には英気を養ってもらいたい。無理はしないで傷を治すんだ。それと……」
「それと?」
「お針子たちにエマの服を作らせるよう命じた。君の好みに仕上げてもらうといい」
「いいんですか?竜に戻ったら不要になるものですよ」
「でも君は、人間の生活の方が好きだと言っていた。ならば人間に近い姿の内に、人間の生活を楽しんでおくべきだ」
「そうですかね……」
エマの疑問をよそに、ユリウスは続けた。
「それから、君は勉強をしたいと話していたな。書庫も開けておこう。文字が読めずとも、絵や図鑑を読めばこの世界のことにより詳しくなれる」
「わっ、助かります」
「勉強は、執事のジャンとメイドのメイに頼んでおいた。メイは初等教育を受けているし、ジャンは高等教育を受けている。二人からいろいろ習うといい」
「ありがとうございます!」
「エマからは、何か質問はないか?」
エマはずっと気になっていることを尋ねた。
「ユリウスは、ご両親や兄弟はいないの?」
ユリウスは天井の竜を見上げた。
「両親は、流行り病で三年前に相次いで亡くなった。兄弟はいない。ランベルトは父の弟の息子だ。つまり俺のいとこにあたる。父の弟は、もっと早くに亡くなっている」
「……二人はご親戚だったのね」
「今はここの従業員でもあるし、俺のたったひとりの親戚でもある。俺が死んだらあいつがここを引き継ぐ。もしかしたら、エマも──」
エマはどきりとして、首を横に振った。
「そうしたら私、竜獄に行きます」
「エマ……」
「ご迷惑はかけられませんもの」
「うーん」
ユリウスはじっと考えてから、こう言った。
「俺としてはエマの意思を尊重したい。どうすればいいのかはまだ画策中だが──場合によっては、陛下に話しておく必要があるかもしれない」
エマは不安げに顔を上げた。
「陛下……?」
「国家に守られれば安全だ」
エマは、あの時に出会った王・コルネリウスのことを思い出し──なぜかそれは非常に嫌な気がした。
「……だったら、まだ竜獄の方がマシだわ」
「そうか?」
「だって……王様の言うことは絶対なんでしょう?ユリウスは私の話を聞いてくれるけど、王様は分かんないじゃない」
「でも、エマ。王に気に入られないと、殺される危険だってある」
ここは異世界で、誰もその国の王には逆らえないのだ。だからこそ、エマは思う。
「王様に気に入られなきゃ生きて行けないなら、竜になって鉄格子の中でチキンを食べていた方がマシよ」
「そうかなぁ……」
「私は、個人としての尊厳の方が大事なのよ。どんな形になったって、私には私の生き方があるわ。あなた以外には、誰にも命令されたくないの」
「俺以外……?」
「ええ」
ユリウスはそれを聞くと、なぜか嬉しそうに笑った。




