23.王からの手紙
エマは戸惑いながらも、ユリウスの指に息を吹きかけた。
息は爽やかな煌めきを放ちながら、ユリウスの傷を跡形もなく消してしまう。
姿が変わっても、エマには治癒の力があるようだった。
ユリウスはそれを色んな角度から眺めながら、ふと尋ねた。
「君のブレスは、君自身は癒せないんだよな」
エマは腕にある傷に息を吹きかけてみせた。
やはり傷は治らない。
「自分の傷は、治せないみたいなの。これは竜の時も同じ」
すると、ユリウスはエマの腕を手に取った。
「!ユリウス……?」
「ごめん。エマには沢山の労働を強いたのに、こっちは何も出来なくて」
「いいよそんなの……それに私、あの時殺されずに済んでるのがむしろすごいことっていう認識だから」
「……」
「もし私がユリウスの立場なら、私みたいな妖怪は怖くなって討伐しちゃうもん、多分。あはは」
ユリウスはうつむいた。
「……そんな風に思ってた?」
「この姿になった時、覚悟はした。だって不気味でしょう?この体」
ユリウスは首を横に振りたてた。
「ちっとも不気味なんかじゃない。むしろ俺は、こんなに美しい生き物がいたのかって驚いたぐらい……」
「フォローしてくれてるの?ありがとう」
「違っ……」
「私、早く竜に戻れるように頑張るね」
「いや、だから、その」
ユリウスは意を決したように顔を上げた。
「君はどんな姿でも美しい。だからそんな風に、自分を殊更に卑下しないでくれ」
エマはぽかんと彼を見つめた。ユリウスは熱っぽく続ける。
「今の俺の頭の中は、エマへの興味でいっぱいなんだ。エマのことは俺が解き明かしてみせるから……エマはそのままのエマでいて欲しい。自分を悪いものだとしたり、無能とそしったり、傷つけたりすることは、そう覚悟を決めているこっちも傷つけるんだってことを理解して欲しい」
エマの心臓に、どくどくと熱い血が流れて行くのが分かった。
「ユリウス……」
声を出すと途端に涙が出てしまい、彼女はあわてて目をこする。
「そっか。ユリウスは私のことを解き明かしたいと思ってるんだね」
「ああ。不気味とかそういう感情で君を監視しているわけじゃない。綺麗な蝶々を見ているのと同じ感覚なんだ。どこから来たのかとか、仲間はいるのかとか、どんな力があるのかとか……君の場合、その治癒力をどうやって得たのかとか。そこを詳らかにしたい。一生を賭けてでも」
エマに憑りついていた疑念や緊張がようやく緩み始めた。
「ありがとう、ユリウス」
「まずは竜に戻ろう。……戻れるかな?」
「私にも方法はよく分からないんだけど、頑張ってみるね」
エマが変化した時はお互いに恐怖があったけれど、今は理解したいという感情を互いに共有することが出来た。
まだ生々しく傷が残るエマの手を、ユリウスが取った。
二人は書庫を出る。
「しかし……いつまでも君をここへ縛り付けておくわけにも行かないな」
ユリウスの疑問は、エマも感じていた。
「この体はずっと竜、というわけでもなさそうね」
「エマは、どうしたい?」
ずっとユリウスと暮らしたい、と言えればどんなに楽だろうか。
エマはじっと考え込んだ。
(ユリウスに迷惑はかけたくない……いつかは、出て行かないと)
彼女の深刻な表情を横目に見て、ユリウスは言った。
「あっ、ごめん。まだ先のことは分からないよな」
「うん。ひとまずは、自分がどんな生物なのか探って行きたいの」
日が落ちて来ている。
使用人たちが、あらゆる場所の燭台に火を灯して行く。
夕餉の香りが漂い始めた頃、一通の手紙を持ってジャンがユリウスの部屋に入って来た。
「ユリウス様、陛下からお手紙です」
「……陛下から?」
ユリウスは早速封を切る。それを上から下まで読むと、少し嫌な顔をした。
「なんだって?俺に、ギドー渓谷の調査任務に入れと……?」
魔物を一掃した後、そこに残ったものを調査し報告するのは歩兵の仕事のはずだ。
「俺に調査依頼が回って来たということは……恐らく新種が出てきたんだと思うが」
秘密保持のためなのか、書面には理由が特に記されていない。
ユリウスは頭を抱える。
「くそっ。こんな時に限って……エマは不安だろうに」
ジャンが言う。
「エマ様のことは、私どもにお任せください」
彼はどこか憐れむように、当主を取り成す。
「何かあっても、必ず私たちでお守りします。安心して現場へ向かってください」
その言葉でようやく我に返ると、ユリウスは鼓舞するように、自身の両頬をパンパンと軽く叩いた。
「そうだな……。エマを頼む。俺は明朝に出発しなければならない」
次から次へと予想だにしないことが起きる。ユリウスは苛立ち紛れに額を掻きむしった。




