20.夢の中の魔物
ユリウスは尋ねた。
「つまり、エマの姿が変化するのには、エマではなく第三者の影響があるってことなのか?」
「多分、そうですね……実は姿が変わる前に、私は必ず真っ白な世界の夢を見るんです」
「詳しく聞かせてくれ」
「はい。人間の姿で死んだ時、私はみんなを助けられる癒しの力を願いました。すると、〝あなたに癒しの力を授けましょう〟という声がして……その願いは叶いましたが、私はなぜか竜の姿になってしまって……」
「ふむ」
「次に夢を見たのは、この姿になる前のことです。〝魔力を失った時、あなたの本当の使命が始まる〟と声がして、目覚めたらこんな半妖の姿に」
ユリウスが言った。
「どうやら、目に見えない第三者がエマの夢の中に入り込んでいるようだな」
ランベルトが尋ねる。
「他に、もっと夢の中で聞いた声はなかったか?恐らくその声の主が今後の鍵になりそうだ」
エマはじっと腕を組んで、ふと思い出した。
「そういえば──〝あなたが私の最後の光。そう、あなただけが〟っていう声も聞きました」
ユリウスが結論付ける。
「エマの言うことが正しければ、エマの体を第三者が操っていることになるな。そして操っている奴は、それを心のよりどころにしているようだ」
エマはぞっとした。
「え?誰が、何のために?」
「それは分からない」
するとそこに、軽い音を立ててティーセットが運ばれて来た。エマは全てを忘れ、目を輝かせる。
「わ!パンケーキだわ!」
ジャンが入って来る。
「お待たせいたしました。皆様、眉間にしわが寄っておりますよ。休憩を挟んではいかがですか」
「はいっ。ありがとうございます!」
テーブルに、これも青い鱗柄のティーセットが並べられる。夢にまで見た温かい紅茶が注がれ、エマはようやく心からホッとすることが出来た。
「それから……これを」
ジャンは子供用の文字積み木を出して見せた。
「あっ、もしかしてそれって……」
「文字を学ぶセットでございます。ヴァルテルミ王国ではこのような表音文字が使われております。是非ご活用くださいませ」
ユリウスが言う。
「ありがとう、ジャン」
「熟練度に合わせて教材を取り寄せますので、また何なりとお申し付けくださいませ」
エマは久方ぶりのスイーツを頬張る。ふんわりとした素朴なパンケーキにフルーツと生クリームが添えられている。メープルシロップは別途用意され、適宜かけていいようだ。エマはナイフとフォークで器用に切り分けてそれを食べる。
ユリウスたちは、その様子を固唾を飲んで見守っていた。
エマは急に恥ずかしくなる。
「あっ。すみません……ひとりで盛り上がっちゃって」
ユリウスが言った。
「気にしなくていいよ。みんな、君がナイフとフォークを使えるんだって驚いただけだから」
「お、おかしいですか?」
「前は人間だったっていう話が、信憑性を帯びたっていうだけだよ」
「ならいいのですが……」
確かに、手づかみでローストチキンを食べていた竜と彼女とを同一視するのは難しいだろう。
(いいわ、しょうがない。この視線には慣れるしかないか)
ユリウスがエマを励ます。
「とにかく何でも食べて、竜に戻らないとな!」
エマは竜だった時の生活の方が食べ物の種類も少なく辛かったので、竜に戻りたくないような気もする。
「ねえユリウス。私が竜に戻ったら、その後はどんな暮らしになるの?」
「うーん……どうしようか。確かにこの姿を見てしまうと、檻に戻すのは難しくなる」
「私は人間だったから、人間らしい生活を送りたいの」
「あー、そっちか」
ランベルトがユリウスに言う。
「これからまた姿が変わるかもしれないぜ。竜じゃなくて、別のものになる可能性もある」
「ああ、その線もあるか」
「彼女の話を聞くに、彼女自身もなんでこんなことになっているのか分からないって言うんだろ。そのあたりを明らかにしないと、今後どう暮らすべきかの問題は片付かないと思う」
エマに関する情報が圧倒的に不足しているのだ。ユリウスは紅茶を口に運んでから、急にこんなことを言った。
「エマの夢の中にいる奴を見つけ出さないとな」
エマはそれを一瞬荒唐無稽だと感じたが、ここは魔法も何でもあるファンタジー世界だ。どこかの誰かがエマに何らかの魔法をかけ続けていることも否定できない。
「そうですね」
エマがそう言って頷いていると、急に
「魔法を使うと仮定すると、きっとそいつは魔物だな」
などとランベルトが言う。エマは驚いた。
「!この世界では、魔物しか魔法を使わないの?」
「ああ。だから人間は武器を作ったり竜を飼い慣らしたりして魔物に対抗してるんじゃないか。人間の方が今のところ頭がいいから、持ちこたえてる。魔物の知能が上がったら、恐らく人間は負けるぞ」
それは彼女が全く知らない情報だった。
(ということは、私を頼っているようなあの声は、まさか魔物の声なの……?)




