18.薬湯とはちみつレモン
エマは歩きながら、屋敷をぐるぐると見渡す。
所々に青い花が活けられ、真新しい床はピカピカに磨き込まれていた。
ふと天井を見上げると、青い竜の絵画が描き込まれている。エマはどきりとして立ち止まった。
「竜の絵……」
その声に、執事のジャンとユリウスが立ち止まる。
「ああ、気づいたか。我が一族は代々竜の医者、及び研究者をしている。これは家業をモチーフにした装飾画だ。面白いだろう」
ジャンが付け加える。
「柱にも、竜の彫刻がございます。実は床も竜の鱗柄なんですよ」
「本当だ~!」
「近隣では、珍しい建築と評判です」
ユリウスが苦笑する。
「評判と言うか、面白がられてると言うか……」
三人は大きな扉の前に立った。
執事が扉を開ける。扉の向こうには、貴族風の華麗な寝室が現れた。
金の唐草模様の天蓋がついた大きなベッド。
海を思わせる、目の覚めるような瑠璃色の絨毯。
そしてやはり天井には青い竜が描かれていた。
まるで竜のエマのためにしつらえたような寝室だった。エマは目を輝かせ、きょろきょろと忙しく目を動かした。
「これが私の部屋……ですって?」
「……嫌か?」
「いいえ、とんでもないです!」
部屋に入ると、奥からふんわりとハーブの香りが漂って来る。そちらに目を向けると、汗だくになったランベルトが出て来た。
「薬湯、出来たぞ!」
「ご苦労であったランベルト」
「お前……いきなり上司ぶるなよ。もっと労われよぉ」
ランベルトはエマに気づくと、貴族男性らしく、うやうやしく促す。
「エマ様。お風呂の準備ができております」
エマはクスクスと笑った。
「本当?ありがとう」
「おいユリウス。エマにはこんな作業着じゃなくて、もっといい服を着せてやれよ。仮にも女性だぞ」
「ああ、確かにそうだな。ジャン、女性用の室内着を持って来てくれ」
「かしこまりました」
エマは恐る恐る浴室を覗き込んだ。
そこには、腕まくりをしながら、緊張の面持ちで湯をかき混ぜているメイがいる。
ふと、メイとエマの目が合った。メイは慌てて頭を下げる。
「アッ、アッ……エマ様!私が入浴を担当させていただきます、メイと申します!以後お見知りおきを……!」
「は、はい。よろしくお願いします」
「ではまず、服をお脱ぎになって……!」
エマは言われた通り、服を脱ぐ。するとメイが近寄って来て、
「お背中を流しますっ」
などと叫んだ。エマは驚いて首を横に振る。
「体なんて自分で洗えるから、メイさんは何もしなくていいよ。どれがシャンプー?どれがボディソープ?」
「!!!???」
メイは石鹸をひとつ取り出した。
「すすすすすすみません!シャンプーボディソープが何のことか分からなくてすみません!」
「あ、そっか。石鹸で体も髪も両方洗おうってわけなのね。見た感じ、この石鹸は油脂性だし。じゃあその石鹸をちょうだい」
「ひいっ」
エマはメイから、震える入浴セットを受け取った。
服を脱いでバスタブに浸かると、エマは慣れた手つきでごしごしと石鹸を泡立て始める。
「フランスの映画で見たことがあるわ。西洋では、泡風呂にして全身を洗うのよね〜」
メイはエマの裸体をまじまじと見つめている。エマは器用にボディブラシを使って隈なく体を洗った。
浴室に、オリーブ油のようないい香りが広がる。
湯の中には、薬草が花束のようにくくられ浮かんでいた。
「あっ。これが薬湯のもとなのね?素敵」
エマはその束をくんくんとかいだ。
「あ~、幸せ」
メイはもう騒がず、じっとエマの様子をうかがっている。
「……どうしたの?」
「ひいっ。い、いえ……普通の女性みたい……などと思ってしまいました。すみませんッ」
「ふふふ。確かにそうだから、別にいいのよ」
メイがふかふかのバスタオルを持って来た。それをエマに渡すと、今度は別室から慌ただしくドレスを持って来る。
白い絹のドレスだ。
どんな体系の女性にも合うような、各所を紐で引き絞って着る貫頭衣のようなドレスだった。エマはどう着たらいいのか分からなかったので、これはメイに任せることにする。
メイは慎重にエマの肩からドレスを乗せると、ジャストサイズに紐を引き絞り、肩や腰回りに繊細なドレープを作っていく。
服を着た妖怪のエマは、ようやく青い肌をした女性に仕上がった。
浴室を出ると、軽い飲み物が用意されていた。口に運んでみると、レモン果汁とはちみつの風味がする。
「わ~、美味しい」
思わずそう口走ると、ようやくメイは顔をほころばせた。
「ダニエルと話し合って、作りました。お口に合うかどうか……」
「私、これよく銭湯で父に買って貰ったわ。思い出の味なの」
「は、はあ……?お父様と……?セントウ?……なら、よかったです」
久しぶりに味わう甘味に、エマはちょっと泣きそうになった。よく考えたら、この世界に来てから生野菜とローストチキンしか食べていなかったのだ。
靴も用意された。革紐で編み上げるブーツのようなサンダルだ。
用意されたものを全て纏ってエマが部屋に出て行くと、ユリウスとランベルトは彼女を見て「おお〜」と小さく驚嘆の声を上げた。




