17.やっぱり竜になりたい
再び地下に戻って来たユリウスに相談され、エマは驚いた。
「えっ!?私をお屋敷に……ですか!?」
「ああ。人間と同じものは食べられるか?それなら、屋敷で暮らした方が回復が早いかなと思って」
エマは頷いた。
「なるほど。私を早く竜に戻すために、集中治療をしようというわけですね?」
ユリウスはちょっと困惑した。
「まあ、それもある……かな」
「そうですよね!早く私も〝救助係〟として竜騎士隊に復帰しないと!」
「……」
「私、全回復するように頑張りますっ」
いざ話せるようになると、この竜は妙に〝役に立つ〟ことを信条としているように見える。
ユリウスは牢を開けると、尋ねた。
「何で、エマはそんなに人を助けようとするんだ?」
エマはきょとんとする。
「えーっと……前世で人を助けられなかったからです」
「……?」
「死の寸前、私は人を救う力が欲しいと願いました。そうしたら──この世界に生まれ変わって、こんな姿になっていました。きっと誰かが私の願いを叶えてくれたからなんじゃないかと思ってますけど……」
ユリウスは少し笑ってしまった。
「でもいきなり竜にされたら……〝願い〟というより〝呪い〟みたいじゃないか?」
エマはそう言われると「確かに……」と呟いた。
「私、実は呪われてるんですかね?」
どこか抜けているエマを見つめ、ユリウスはこう思う。
(やっぱり、悪いやつには見えないんだよな……)
二人は地下を出た。
その向こうで、ランベルトが待っている。
「トマスが先に屋敷へ戻って、使用人を集合させて事情を説明してくれているようだよ」
「ありがとう……何人残るかな?」
エマはずっと、話の意味が分からず首をかしげている。
エマとユリウスは屋敷の玄関ホールに足を踏み入れた。
「お帰りなさいませ」
一斉に声がして、列を成した使用人たちがこちらへ頭を下げた。エマはぎょっとしたが、彼らも顔を上げてからギョッとした。
ユリウスが連れているのは、鱗の生えた人間だった。うねった青い髪に、青みを帯びた虹色の肌を持っている。
しばし互いに無言の衝撃があって、使用人の少女がひとり気を失った。
「あっ、メイ!」
慌てて隣に立っていたコック長のダニエルが少女を助け起こす。エマもすわ急患かと前に出たが、ユリウスに止められた。
「みんな、聞いてくれ」
彼は早速本題に入った。
「これは竜の101号が何らかの変異を遂げた姿だ。名をエマと名乗っている。こんな成りをしているが、人間同様の感情を持ち、話をする。治癒魔法を使うほかは、どんな能力を持っているのか不明だ。この不思議な生物を私はしばらく研究のため、屋敷に住まわせる。もしこの生物と暮らすのが恐怖という使用人がいたら、辞めて貰っても構わない。退職者には、口止め料も兼ねて高額の退職金を出そう」
エマはそれを聞き、彼の隣で驚きに目を丸くした。
(え!?この人、本気でそんなこと言ってるの……?)
エマを屋敷に入れることで、不利益を被る人間が出てくるかもしれない。彼女にはそれは耐え難かった。
「ちょっと、ユリウス、やめましょう。やっぱり私がこの屋敷を出ればいいのよ。ね、そうしましょう」
ユリウスはぎろりとこちらを見下ろした。
「君は新種で、俺の研究対象だ。逃がすわけには行かない」
「ええっ?でも……」
「それに、君は救助用の竜の役目がある。回復して竜に戻ってもらわなければ、陛下に頼りにされた手前、申し訳が立たない」
エマはまだ何か反論しようと口をパクパクと動かしたが、ユリウスはそれをあえて無視して力強く前に向き直る。
「退職希望者は?」
そう使用人たちに声をかけると、使用人の足元からオオトカゲがヌッと出て来た。
更にワニがのそのそとホールを徘徊し始める。よく見ると、執事の肩には派手な模様のカメレオンが這っていた。
「!?」
エマが足元のワニに驚愕してユリウスにしがみつくと、玄関ホールにさざめくような笑い声が漂い始めた。
「何を今更!」
と、爬虫類に囲まれながらメイド長のウルスラが笑った。
「毎日こうして爬虫類と生活しているのに、今更もう一体大きめの爬虫類が来ても驚きませんよ」
メイが汗を拭きながら言う。
「新種……怖いけど……我慢しますッ」
ダニエルがエマに尋ねて来る。
「食べられないものはありますか?生肉以外で」
その他の使用人たちも、エマという生物に驚きや疑問はあるようだが、屋敷を出て行くほどのことではないと判断したようだ。普段から当主がおかしな生物を次々屋敷に入れるせいか、思ったより反発は少ない。
ユリウスが使用人たちに問う。
「退職者は……なしでいいのか?」
「いいで~す」
「そうか……みんな、思ったより度胸あるんだな……」
他方、エマはユリウスにしがみついていたことに気づいて慌てて体を離した。
ユリウスが笑う。
「エマ。竜の時と、体温一緒だね」
エマは顔を真っ赤にした。
そこへ、肩にカメレオンを乗せた執事が進み出る。
「失礼いたします、私は執事のジャンと申します。早速ですがエマ様にお部屋をご用意いたしました」
「……へ!?」
「そこのバスルームにランベルト様が先に入って、薬湯の準備をしておられます。屋敷内の衛生上の観点から、エマ様はまずそこで入浴をしていただきます」
「は、はぁ……」
エマは困惑気味にユリウスを振り返った。
ユリウスは微笑んでエマを見下ろす。
「俺も行くよ。安心して」
エマは男性二人に前後を挟まれ、緊張の面持ちで歩き始めた。




