16.あの美しき化け物
ユリウスとランベルトは地下を出ると、牧場で話し合った。
「いやあ、しかしとんでもないことになったな」
「俺も、とんでもない竜を拾ったと思っている」
「あはは。でもさ……」
ランベルトがきらりと眼鏡を光らせた。
「お前の、あの子を見る目は──ちっとも後悔してないように見えた。むしろワクワクというか……かなり興奮していたように見えたけど?」
ユリウスはうつむくと、静かにその言葉を受け止める。
しばらく彼はそうしていたが、ふと空を見上げてぽつりと言った。
「そうだな……あんなに美しい生き物は、今まで見たことがない」
その目は、明らかにこの状況を楽しんでいる目だった。
その様子を見て、ランベルトは肩をすくめた。
「美しいかどうかは、同意しかねるが……」
「ふん。俺の美的感覚がズレまくっているのは自分でも良く分かっている。とにかく……今の俺はあんな美しい生き物を目にしてしまって、好奇心に抗えなくなってるんだ」
ランベルトもちょっと嬉しそうに、うんうんと頷いた。
「そんなことだろうと思ったよ、お前は特に、色の綺麗な生き物に目がないからな」
「どうにかして……いや、どんな手を使ってでも、あの美しい生物の全貌を暴きたい。外部の人間に見咎められない内に……」
ランベルトは親友のブレなさに思わず笑ってしまった。
「そこまで言うならユリウス、せっかくの機会だからエマをとことん調べるべきだよ。どんな能力があるのかとか、また竜に戻れるかどうかとか」
「そのために、エマにもう少し油断してもらいたいんだ。協力してくれるか?ランベルト」
「え……?いいけど、どうやって?」
ユリウスは答えた。
「人間らしい生活をさせてみるんだ。魔物だったらどこかに齟齬や違和感が出る」
「なるほどね。でも、屋敷の使用人たちが何て言うかな?」
ユリウスは苦い顔になった。
「そこなんだよなぁ……いや、もうこうなったら色々と押し切るしかない。使用人に逃げられる未来が見えるが、それも致し方ない」
「やけになるのはよせ。やるならやるで、きちんと算段をつけろ」
「そうだな……。とりあえず、まずは口止め料を給与に追加で支払って、外部に情報を漏らされないようにしよう。それからシュタルク家関係者以外、あの子を誰の目にも入らないようにしなければ……」
ランベルトは腕を前に組んで考え込んだ。
「うーん。こういうことは今言うべきではないとは理解しているが、あの生き物を匿えば、代々続いて来た君の家名に傷がつくかもしれんぞ」
ユリウスは少し悪い顔になった。
「……ふん。シュタルク家当主たるもの、評判ごときで研究をやめるわけにはいかない」
「ははは。思ったより、覚悟が決まっちまってるなユリウス……」
その時、ふらりとトマスがこちらに向かって来た。
「ユリウス様、ランベルト様。101号の様子はいかがでした?」
ユリウスは気まずそうなランベルトを押しのけて言う。
「普通の女の子と変わらない。一人で凍えて、寂しそうだったよ」
「でも、それもどうせ演技では?変な魔法で次々とわけのわからん姿になって、いつか寝首を掻かれるに違いありませんぜ」
「まあ、そうかもしれないけど……このまま地下に閉じ込めておくのはかわいそうだよ」
トマスはふんと忌々し気に鼻を鳴らした。
「ちょっと危ないとは思っていたんですよ。ユリウス様、新種に目がないでしょう?お手軽サイズになったところで、屋敷に引き入れるおつもりですか?」
「あはは。バレた?でも、あの竜はうちに連れて来られてからずっといい奴だったよ。だってあいつがトマスに悪さしたこと、ある?」
それに関しては、トマスも反論出来なかった。
「確かにいい竜でしたよ。でも騙すための演技かも……」
「俺や君の怪我だって治してくれたじゃないか」
「……」
「それに……また治癒のブレスを吐く竜として陛下に見せに行かなくちゃならない。その時にどう断ればいい?怪我のショックであの姿になっているとしたら、まずは怪我を治さないと──」
ユリウスが必死に反論していると、トマスが笑い出した。
「ははっ。まーったく……昔からきかんぼうですねユリウス様は。小さい頃、野良の竜の卵を勝手に持ち帰って孵化させて、今は亡き御父上にめちゃくちゃ叱られた時からなーんも変わってませんや」
ランベルトも思い出し笑いする。ユリウスはちょっと赤くなった。
「トマス!またそんな大昔のことを蒸し返して……」
「まあ、私ごときが何を言っても聞かないだろうなと言う諦めの境地ですよ。それは私のみならず、ほかの使用人たちだってそうでしょうね」
「トマス……」
「私たちはこの館で働いている限り、当主の命令には逆らえません。命令していただければ、そうする。嫌なら使用人を辞める。それだけですよ」
ユリウスはハッとして、それから急に不安な顔になった。
「俺の我儘を聞いて、どれくらいの使用人が残ってくれるだろうか……」
「私は先のことは知りませんぜ。でも、やりたいならやってみてもいいんじゃないですか」
ユリウスは凍えるように考え込んでから、覚悟を決めた。
「よし……ランベルトも来てシュタルク家のメンバーが揃ったことだし、全員を玄関ホールに招集しよう。エマの姿を見せて是非を問うんだ」
トマスが釘を刺した。
「その代わり、隠し事はナシですよ?あの生物のことを全部、洗いざらい従業員に全部明かさなければ、フェアとは言えませんからね!」
「……分かった」
ランベルトが途端に緊張の面持ちになる。
「ちょっと待っていろ」
ユリウスは二人にそう言い置き、再び地下へと入って行った。




