15.新種の妖怪
次の日。
ランベルトは竜に乗ってユリウスの牧場に降り立った。
いつもの檻に歩いて行ったが、その中にあの101号がいない。
「あれー?もしかして、あいつもう竜獄行きになったのかなぁ」
ランベルトはリュックをからげ、ずり落ちて来た眼鏡を上げながらひとりごちた。
「せっかく用意した薬湯が無駄になっちゃったかな」
とりあえず、ショタルク家の屋敷に向かう。
玄関の戸を叩くと、執事に連れられトマスが出て来た。
「ようこそランベルト様。ええっと、ユリウス様が、ご案内したい場所があるとのことです。ちょっとついて来てもらっていいですか?」
「?いいですけど……」
トマスは屋敷を出ると、ランベルトを裏口へ連れて行った。
「こちらです」
トマスは裏口の地面の蓋を持ち上げる。そこに、地下入り口が現れた。
「!シュタルクの屋敷にこんな所があったとは……」
「この地下はかつて、屋敷内で研究用の猛獣を飼うために作られた牢獄だそうです」
「へー。何でユリウスはこんな所に……?」
「私の口からは何も言えません。そして私はここから先へは進みません。とりあえずランベルト様。ここから先に進み、地下の様子をご覧になってみて下さい」
「?」
ランベルトはトマスからランタンを押し付けられる。いつものトマスにしては覇気がないと思いながらも、彼は言われた通り、ひとりで薄暗い地下へと下りて行った。
階段の先に、ぼんやりと光が見える。
「……あっちかな」
ランベルトはランタンを片手に光のある方へ歩いて行く。
次第に、ユリウスの姿が見えて来た。
ランベルトがあいさつ代わりにランタンを掲げるが、彼はこちらを見つめたまま、微動だにしない。
「おい、どうしたユリウス。こんな所に呼び出したりして」
ユリウスは深刻な顔で親友と向き合った。
「……新種を見つけたんだ」
「へー。その割には暗い顔だな」
「ちょっと見て欲しい。101号、おいで」
ひたひたと音がして、鉄格子の向こうに現れたのは──
女だった。
青い髪に青い瞳。その傷だらけの肌は、青みがかった虹色の鱗で覆われている。耳の部分には魚のひれ。男性用のぶかぶかの服を着ていた。
「!! 101号……って?あの?」
「ああ、竜だった。しかし昨日から急に、こんな姿になっていたんだ」
ランベルトはランタンで照らしながら、彼女を頭から爪先まで見下ろした。
「おいおい。俺たち、魔物に騙されてたのか?変身する竜なんて聞いたことないし、こいつ、何だか見た目が魔物っぽいぞ」
「俺もそう思う。だが、魔物にしては知能が完全に人間なんだ」
「!?」
ランベルトは目を剥いた。
「そんなことが?余計に怖いな……」
するとエマは頬をぶすっと膨らませた。
「怖くなんかないわ!私はただの、何でか竜に変身出来る妖怪?なんですっ」
「うわっ、本当だ喋った!」
「何よ……喋れるわよ!馬鹿にしないでっ」
するとエマは顔を覆って泣き始めた。ランベルトは慌てる。
「おいおい、泣くことはないだろ……!」
「私も……何でこうなったか……分からないの……」
「本人も分かんないの?じゃあ僕たちも分かんないよ」
ユリウスが話を戻した。
「執事とトマスにはこの子の姿を見せた。そうしたら、屋敷の中に入れるのは危険だと反対されてしまった。かといって外に放り出しておくわけにも行かず、こうして一時的に地下に移動させたわけだが……」
「でも、ずっとこうしているわけにも行かないよな?こいつが本当に敵か味方なのかは分からないんだし」
ランベルトはそう言ったが、どこか憐みの目で、泣きじゃくっている半妖の乙女を見下ろす。
「まあ、魔物だったにしても……ここまで人間に近い体つきと知能の魔物は珍しいよな」
「しかも変身すると来ている。能力が高すぎて、もはや魔物と判断することさえ難しい」
「竜でもない、魔物でもない、人間でもない生物ってか?」
「いや、竜であり魔物であり人間であるとも言える」
ランベルトはぼりぼりと頭を掻いた。
「わけ分かんないから、生け捕ったユリウス様のご自由にとしか言いようがないな。危害は加えて来ていないんだな?」
「ああ。俺もどうしたらいいか分からないから──ちょっとランベルトを呼んだんだ」
「ふーん、そういうことか。でも……」
ランベルトはユリウスに何か言おうとしたが、その言葉を引っ込める。
タイミングを見計らって半妖が言った。
「あのう」
二人はびくりと身を震わせた。
「ええっと……101号っていう名前でもいいんですが、お二人とも私のこと、エマって呼んでいただいてもいいですか?」
男たちは顔を見合わせた。
「え?」
「はあ?」
エマは、またぶすっと頬を膨らませた。
「私の本当の名前は、エマです!亡くなった父と母がつけてくれた名前です。竜の時は喋れませんでしたが、今はヒトの声帯になったのでようやく自己紹介が出来るようになりました。番号で呼ばれると囚人っぽくて何か嫌なので、名前で呼んでいただけると助かります!」
熱弁され、男たちは呆然とした。
「ま、まあ、別にいいけど……」
「へー。本当にそこらへんの女の子みたいな喋り方をするね」
「何をおっしゃいますやら。私は鱗が生えているだけの、そこらへんの女の子です!」
「いや、無理があるだろ……」
ランベルトが困った顔でユリウスに耳打ちする。
「ユリウス、ちょっと……上で話さないか?」
ユリウスは頷いた。
「ああ。話し合うために、まずはあの子の姿をお前に見ておいてもらいたかったんだ」
「そういうわけだったのか。はー、びっくりした……」
エマがしょぼくれて言う。
「ユリウス、もう行っちゃうの?」
「また来る」
「……」
ユリウスが先に歩いて行く。ランベルトはエマを何度も振り返りながら、彼の後をついて行った。




