14.半妖のエマ
ユリウスは衝撃を受けたまま動かない。
エマは麦藁に埋もれて彼の出方を伺う。
「……お前、まさか101号なのか?」
「は、はい」
「そんな馬鹿な。竜の体は……?」
「あ、あのっ!ユリウス!」
エマは勇気を持って声を出した。
「私、今、首から下が裸で寒いんです……着るものを持って来てもらえないかしら?」
ユリウスは妖怪から名前を呼ばれ、眉間の皺を深くした。が、しばらくじっと何事か考え、エサだけ檻の中に入れ鍵をかける。
「……分かった。少し待っていろ」
エマはほっとした。いきなり斬られることはなかった。けれど──
(ユリウス、怖い顔してた)
彼は、今まで見たことのない厳しい表情をしていた。最近ずっと近くで優しい顔だけを見ていただけに、エマのショックは大きい。
(きっと嫌われた……)
しばらくすると、ユリウスが戻って来た。
全身を隈なく鱗の鎧で覆い、剣を携えている。かなり警戒されているが、お願いを聞いてくれた。そんなことが、怯えるエマには嬉しかった。
ユリウスは鉄格子の隙間から服を投げ入れた。
「俺の服で悪いが……」
麦藁から遠い位置に投げられたので、エマは恐る恐る麦藁から足を出した。
青い鱗の、すらりとした足。ところどころ鱗がはげ、赤い傷口がのぞいている。その足先で、エマは器用に服をつまむと藁の中に引き込んだ。
その足を、ユリウスがじっと見つめている。
「あのう……」
エマは困惑の表情で言った。
「そんなに見ないで貰えますか。今、着替えるので……」
ユリウスはハッと目を見開いた。
「ごめん」
彼は檻の裏側に回った。その隙にエマはいそいそと着替える。
ぶかぶかの長袖シャツにトラウザー。それからベストに腕を通す。
エマは腕と足首を少しまくると、ようやく藁の中から出て来た。
「ユリウス。着替えたよ。私、どうしたらいい?」
ユリウスはひょっこりと半分だけ体を出して、エマを見つめた。
しばし気まずい空気が流れる。
彼は鉄格子の前に佇むと、ようやく口を開いた。
「お前は、何なんだ?魔物か?」
直球の警戒感を投げつけられて、エマの胸はずきりと痛んだ。
しかしここは正直に話した方がいいだろう、と彼女は思う。
「……分からない。私は本当は人間だったんだけど、気づいたら竜になっていた。だから竜の姿でも、あなたの言葉はずっと理解していたわ。でもユリウスと戦場に出て、傷を沢山負った時に……〝魔力を失った時、あなたの本当の使命が始まる〟っていうお告げを聞いて、気づいたら今度はこんな姿になっていたの」
ユリウスの目が疑いの色に染まる。
「……にわかには信じ難いな」
エマも苛立って反論した。
「わ、私だって信じらんないわよ!」
ユリウスが少しびくりとする。エマはそれを見て悲しくなった。もう、視線が明らかに化け物を見る目ではないか。
エマはやけになった。
「殺してくれても構わないわ」
ユリウスの目が、面貌の隙間の中で少し辛そうに泳いだ。
「101号……」
「もう命なんかどうだっていいわ。化け物になっちゃって、苦しい……何で私がこんな目に……」
「……」
二人はしばらくその場に立ち尽くした。
ユリウスが言う。
「……多分、このままだとみんなに見つかって、俺の手で君を殺さなきゃいけなくなる」
エマはハッとして顔を上げた。
「101号はバケモノだ。見た目が魔物だ。しかも竜に変身できる。そんな生き物は、誰も見たことがない。見つかれば、この先は実験台にされるか殺されるかの二択しか選べない人生になるだろう」
エマはそれを聞くと、絶望に思わず顔を覆う。
「でも……」
ユリウスは声をひそめた。
「正直に言う。俺は、君には生きていて欲しい」
エマの青い目が見開かれ、ほろほろと大粒の涙が流れた。
「ユリウス……」
「勘でしかないが、君の目は悪いやつには見えない」
「……ありがとう」
「竜に戻れないか?そうすれば今日の変身は無かったことにして、ずっとここで飼ってやることが出来る」
エマは首を横に振った。
「分からない。私、どうやったら竜に戻れるかすら分からないの」
「確か、お告げを聞いたとか言ってたな?魔力を失った時がどうとか」
「そうね。女性の声だった」
「実は、体に起きたショックで魔物が一時的に魔力を失い、攻撃魔法を使えなくなることはよくある。もしかしたら君はそういった状態にあるのかもしれない。魔力を失って、変身が解けた状態なのかも」
エマは頷いた。
「この世界にそういうことがあるなら、そういうことなのかもしれないわね」
「だから、まずは体を回復させることが大切だ」
そこまで言ってから、ユリウスは悩まし気に頭を抱えた。
「……で、今からどうするべきか……」
エマはガタガタと震えた。竜から妖怪になり、急に寒さへの耐性が下がってしまったのだ。
「とにかく、もう少し暖かくしたいわ。着る物が欲しいし、温かいものが食べたい……」
「うーん。人間の食べるものでいいか?」
「うん」
「マントも持って来るよ」
「ありがとう」
要求も聞いてもらえた。エマはほっと胸を撫で下ろした。
「しばらくこの麦藁の中に隠れていろ。使用人は俺がどうにかして説得する。それから……回復に時間がかかった時のために、絶対に秘密を漏らさない協力者が必要だ」
エマはきょとんとして尋ねた。
「協力者……?」
「ああ。あいつなら多分、君を生かしておきたいと言うだろうな」
「?」
ユリウスの言う協力者とは、一体誰なのだろう。




