13.変身
そこからは、意識がない。
次に何か感じたのは、鉄の足枷をはめられた冷たい感触と、苦い薬草の香り──
エマは目を覚ました。
月明かりの中、ユリウスが佇んでいる。
「あっ。目が覚めたか」
エマの大きな瞳は、彼の無事を確認してから再び閉められた。
トマスがやって来る。
「ランベルト様に連絡を致しました。数日後には、101号のために保湿剤がわりの薬湯を用意すると」
「ありがとう、トマス」
トマスはじっと憐れな竜を見下ろした。
「……こいつはこいつなりに頑張ったんですね」
「そうだな。まだ戦闘経験のない竜だから、これからだよ」
「ふん。革に向かないという見立ては間違っちゃいなかったようですぜ、ユリウス様」
そう言ってトマスは快活に笑った。
ユリウスはしゃがんで竜の頭を撫でる。
「よく頑張った。ギドー渓谷では、一応勝利を収めたよ。辛勝だったが──集落は取り戻した」
エマは何か言おうとして、喉の奥をグルグルと鳴らした。
「お前は、自分の傷は治せないんだな。これから俺たちと時間をかけて、少しづつ治して行こう」
エマは安心して再び寝入ってしまった。
ユリウスはトマスと屋敷へ歩き出す。
「明日からまたローストチキンを用意してくれ」
「へい」
「熟れたトマトもだ」
二人の声が遠ざかって行く。
エマは夢を見た。
白い空間に、あの声が近づいて来る。
──ありがとう、エマ。あなたが願ってくれたから、あなたに私の力を与えられたの──
エマは自分の鉤爪を見た。
そこには、青みを帯びた人間の手がある。エマは白い空間に尋ねた。
「あなたは、誰……?」
相手は名乗り出なかったが、
──魔力を失った時、あなたの本当の使命が始まる──
と予言めいた言葉を残して行った。
「私の本当の使命……?」
エマは目を覚ました。
日が昇り始めるところだった。朝日を浴びて、エマはぐーんと伸びをする。
「あっ……いたた」
まだ傷が痛むようだ。ふと腕を見て、エマは腰を抜かした。
もうそこに鉤爪はない。
腕だ、人間のような腕──しかし、腕には無数の鱗が生えている。虹色の鱗だ。
「ぎゃっ!」
エマは思わず叫んだ。恐る恐る体を見て見ると、それは人間の裸体──
「わわわわ!」
エマは自分の全身を隈なく見た。
髪は青い。
「うわわわ」
全身が青みがかった虹色の鱗で覆われている。
「ひいっ」
手足、それから乳房の形は人間の女性そのもの。
「うううう……」
エマは急に寒さを感じて、麦藁の山に体を突っ込んだ。
その状態で耳を触ってみる。
魚のひれみたいな形の半透明の大耳が、ふよふよと風になびくように動いていた。
これは、まさかの──
「アマビエだわ……」
病院に一時期繰り返し貼ってあったアマビエのポスター。エマは突如、あの絵のような妖怪になってしまったのだ。
「どうしよう、私……竜じゃなくて、今度はとんだバケモンになっちゃった……」
竜の姿だからこの牧場にいられたのだ。こんな姿を見られたら、ギドー渓谷の魔物たちのように討伐されるしかない。
エマは死を覚悟した。
(ユリウスに〝騙された〟って思われたら、どうしよう。竜に変身して騙していたなんて疑われたら……?)
体力はまだ回復していない。腕を見ると、まだ生々しい傷が口を開けている。
(殺されてもおかしくはない。でも)
エマは屋敷の方を見た。
扉が開かれ、ユリウスがバケツを持って歩いて来る。
(一度は死んだ身。この人に殺されるなら、もうそれでいいか……)
エマは藁の山から頭だけを出した。
「101号」
鉄の柵の向こうから、いつもの彼の優しい声がする。エマの心臓はドクドクと揺さぶられすぎて死んでしまいそうだ。
「あれ……いない?」
ユリウスが鉄格子を開けたその瞬間。
麦藁から顔を出している妖怪のエマと目が合った。
ユリウスは鉄製のバケツを取り落とす。
「……101号?」
エマは、久方ぶりに喉から声を出した。
「は、はい」
エマは人間の言葉がようやく喋れた。が、ユリウスは呆然とこちらを見つめている。




