9.竜の乙女心
銀色の髪の青年は新種の竜と向かい合った。
ぱきり、と鱗がひとつ取られる。
そしてそれを手の中で弄びながら、彼はエマの周りをぐるぐると注意深く歩き始めた。
ユリウスがやって来て、エマに鉄仮面を見せる。
「また口の中を確認させて欲しい。陛下に見せるんだ」
(……陛下?)
エマはそれでようやく悟った。
(そうか。この人が、この世界の王なのね)
思ったよりも若く、繊細そうな青年である。どちらかというとユリウスの方が騎士だけあって、体格はいい。しかしこの王の目は、全てを見通していそうなえもいわれぬ凄味があった。
(この人、とても賢そう。でも、かなーり苦労してそう)
ユリウスはエマの背後に回り、衛兵の手伝いもあって鉄仮面を被せると、またキリキリとねじを回してエマの口を強制的に開けさせた。
コルネリウスは新種の竜の口内を覗く。
「ふむ。確かにこの器官は見たことがない」
「こいつは癒しのブレスを吐きます。私の骨折も、この竜のブレスで治りました」
「治癒魔法は伝説上にしかないはずだが?」
「とはいえ、見つかったのです。いたという事実は変わりありません」
「聖女しか使ったことのない治癒魔法を、なぜ竜が使えるのだろうか……」
コルネリウスは納得の行かない顔をしていたが、ユリウスの自信に溢れた微笑みにつられて破顔した。
「不可思議な生物だ。怪しいところもあるが、まあいい。シュタルク家の農場にまだ空きはあるか?」
「はい、陛下」
「こいつはまだ謎が多く、危険性の高い動物だ。そういうわけで、まだ王宮の動物庭園では飼えない。昨今は魔族と手を組んでいる竜も多いと聞く。しばらくはユリウスの農場で監視しておいてもらいたい。もっと時間をかけて生態を紐解く必要がある」
「かしこまりました」
「その後、同種が二頭三頭と見つかれば、繁殖してもいいだろう。そいつは雌か?」
「はい、そのようです」
エマは内心、うげーと思う。
(絶対絶対、竜の雄なんかとつがいたくない……!)
転生して、竜となり研究対象となり、果ては繫殖竜にされてしまうなんて、何と言う不遇だろうか。
エマの悲し気な顔から、鉄仮面が外される。
王が言った。
「では、今後は怪我人があれば、そちらの農場に連れて行く。色々、時間の許す限りこの竜で実験してみるんだ」
「そうですね。それがいいと思います」
「それと──ユリウス自身には、そろそろ農場より戦闘に力を入れてもらおうかと考えているんだが」
エマは耳をそばだてた。
(そうだわ。この人は竜騎士でもあった……)
彼女としてはすっかり彼を単なる飼い主として認識していたが、彼の職務のひとつに〝竜騎士〟もあるのだ。
ユリウスの顔が引き締まった。
「そうですね。この竜もいることですし」
「そろそろ魔族との大規模な戦闘を計画している。こんなことは考えたくもないが、もし君が落命してしまった場合──その時は私がこの竜を引き受ける」
エマの胸がぎゅっと痛くなる。
ユリウスは答えた。
「はい。竜も陛下に飼われれば本望でしょう」
エマは苦し気に首を横に振った。
(ないないっ。そんなこと、絶対に……!)
コルネリウスは驚きの表情でエマを見てから
「ははは。何だこいつは、人の言葉が分かるのか?」
と笑う。
「竜には犬並みの知能がありますからね」
とユリウスはお決まりのように言って、エマの頭をわしわしと撫でた。
コルネリウスが衛兵に何事か告げられる。ここで謁見時間は終了のようだ。
「ではユリウス。新種の紹介、ご苦労だった。先ほどの天空蝶と虹色蜥蜴は温室で大切に飼わせてもらうよ」
「はい。でも、しばらく新種探しの旅はお預けですね」
「魔族の力が削げて世界の旅路が安全になったら、君にはまた国費で旅をしてもらう。五年前のように」
「かしこまりました」
短い邂逅だったが、再びユリウスは竜に飛び乗った。
「では陛下。失礼いたします」
「また会おう、ユリウス」
竜騎士は大空へと飛び立つ。
竜のエマは上昇気流に乗りながらも、今回の謁見で自分が今後どのように扱われるかを理解してしまい、げんなりしていた。
雲間から、光る蝶が何匹か舞って来るのが見える。
ユリウスがそちらに指をさして言った。
「おっ、珍しい……。おい、101号。あれは月光蝶だ。月光蝶を見た者は幸せになれるらしいぞ。最近は気流が変わったらしくて、ああいった異国の蝶がここでもたまに見られるんだ」
一方、エマは内心こう考えていた。
(いつか、名前で呼んで欲しいな~)
体は竜になったのに、心はいつまでも人間のままだ。
(私も、この人を〝ユリウス〟って呼んでみたいな……)
エマは自分の中に新しい気持ちが芽生えていることに気づき始めていた。
(はー。こんな気持ち、今すぐなくなっちゃえばいいのに)




