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Pandora  作者: アカイヒト
伝説再来篇
5/22

〜狼煙〜

「あぁーーーー……」


夜の帷が聖都デラークを包む頃、リートは机の上に寝転がり、退屈そうに大きなあくびをした。


「え……“聖女”を探さなくていいのか?」

向かいの椅子に座るクリウスが、眉をひそめて尋ねる。


「いやいや、クリウス君。今は“作戦を立ててる”ところだ」

寝転がったまま、リートは妙に真面目な顔をつくった。


「どこがだよ! ……てか、皇帝の協力も貰えたのに、なんで全騎士団で捜索しないんだ?」

クリウスはため息をつき、上を見上げる。


見上げた天井はひび割れ、雨漏りの跡がいくつも残っていた。

ここは城下町の外れにある、半ば忘れ去られた酒場。

埃っぽい空気の中に、古びた酒の匂いが漂っている。


「ここが拠点って……カルライ陛下、どんだけケチなんだよ」

ぼやくクリウスの隣で、リートはキセルをくるくると指で回す。


「捜索は他国にバレたらいけないからなぁ」

リートは天井を見たまま、気だるげに呟いた。


「なぜだ?」

「そりゃ、《パンドラ》は千年前、四大国が協力して作られた最強の組織だ。

そんなものをアストリアで再結成しようとしてるなんてバレたら――他の国が黙っちゃいない」

リートが上体を起こす。


一瞬、瞳の奥に燃えるような光が宿った。


「軍事転用でもされたら、世界が狂う。……それだけは避けたいんだ」

クリウスは黙り込み、考え込むように酒瓶を見つめた。


「でも、他の国が勘づくことはないと思うが……。

第一、千年前の団員が生きてるなんて夢にも思わないだろ?」


リートは口の端を上げ、にやりと笑った。


「甘いな。どこの国にもスパイぐらいいる。

この国で大きく動けば、周辺諸国の耳にすぐ届くさ」


「……だからって、二人きりってのは無茶じゃないか?」

クリウスは首をかしげた。

「これじゃ、国の協力なんて意味ないだろ」


リートはカウンターの奥から勝手に酒を拝借し、コップに注いだ。


「どうしても、マリザの居場所を最初に知りたかったんだよ、そのためにこの国の皇帝に会いたかった。」

そう言って、ぐいっと一口飲み干す。


「それに、見えないところで色々協力してくれてるさ」


「色々って?」

リートは懐から金色のペンダントを取り出した。


「まず、これ。帝国の紋章だ。これさえあれば、城内でも領主の屋敷や領地でも自由に通れる」

指先で紋章が光を反射する。


「それに――ここには二人しかいないように見えるが、

実際には城下の至るところに協力者がいて、情報を流してくれてる」


「なるほどな……」

クリウスは納得したようにうなずく。


「じゃあ、俺がここにいる理由は?」

リートは顔も向けずに答えた。


「話し相手が欲しかったんだよー」

「そんだけかよ!」

クリウスがすかさず突っ込む。


「それともう一つ、君に可能性をみたんだよ」

リートは笑いながらキセルをくわえ、火を灯した。


――嘘つけ、


「……で、なんで“聖女”マリザが最初なんだ?」

クリウスの問いに、リートは煙を吐きながら答える。


「あいつの神器アテナは、あらゆる術式や情報を解析できる。

誰が生きていて、どこにいるか――全部わかる。

だから、あいつさえ見つければ次が早いんだよ」

リートはふと窓の外を見た。

夜の街を渡る風が、静かにカーテンを揺らしている。


「……多分、今も俺たちのことを見てるだろうな」

「え? じゃあなんでここに来ないんだ?」

クリウスが驚いて天井を見上げる。


「さあな。あいつは気まぐれだからな」

リートは腰のベルトを締め直し、立ち上がった。


「――ま、会いに来いってことだろ」

キセルをポケットに差し込み、にやりと笑う。


「行くか」


二人は、軋む扉を押し開けて外に出た。

夜の風が、酒場の古びた匂いをさらっていく。


石畳の通りには、灯りを落とした露店が並び、

街角の路地裏からは、猫の鳴き声と酔客の笑い声が混じって聞こえた。


「で、どこに行くんだ?」

クリウスはリートの吐く煙を手で払いのけながら尋ねた。

「“神の眠る場所”だ」


「……は?」

クリウスは目を見開いた。

「何言ってんだ!? あそこは人が立ち入ってはいけない禁域だろ!」

リートは面白そうに笑い、煙をふっと吹きかけた。


「らしいな。でも本当は、“聖女”に会うため皇帝が代替わりの時だけ訪れる場所だ。

だから民衆が近づかないように“禁域”にしてるってわけさ」


クリウスは街灯の光を見上げながら呟いた。

「そうだったのか……。俺はガキの頃、あそこには化け物が住んでるって聞かされてたけどな」

「んなわけねぇだろ。古代じゃ、あそこは“聖域”だったんだぞ?」

「そんなこと、俺が知るわけないだろ」

クリウスはムッとしながら言い返した。


リートはひとしきり笑い、口を開いた。

「ま、細けぇ話はあとだ。――今から行くぞ」


「今から!? 朝まで待てないのかよ!」

「俺はじっとしてるのが嫌いなんだよ」

リートはそう言うと、夜風を受けながら歩き出した。


クリウスは心の中でため息をつく。

――やれやれ、こんな調子で毎回振り回されるのか……。


二人が城下町を囲む南門に着くと、リートは首にかけていた金のペンダントを取り出した。

帝国の紋章が刻まれたそれを、止まっていた馬車の御者に無言で見せる。


「“神の眠る地”まで頼む」

御者は短くうなずくと、馬車の扉を開け、二人を乗せた。


――本当に協力者がいるんだな。

クリウスは内心で感心した。


馬車がゆっくりと動き出す。

「こっからどのくらいかかる?」

「帝国領の最南端だ。半日ほどだな」

リートはうなずくと、いつの間にか酒場からくすねた酒瓶を枕に横になった。


「クリウス君、着いたら起こしてくれ」

そう言って寝息を立て始める。


クリウスはもう一度、心の中でため息をついた。

――大丈夫なのかこいつ……


二人を乗せた車輪の音だけが、夜の街に遠ざかっていく。

夜の街の音はいつしか聞こえなくなっていた。


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