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Pandora  作者: アカイヒト
伝説再来篇
4/22

〜戦帝vs魔神〜

先ほど玉座の部屋の前に現れた男——《パンドラ》の団員、リート=ジン。


その存在を前に、皇帝カルライは内心、冷や汗を垂らしていた。


理由は単純だった。

この男が、少しも自分に威圧されていない。


聖アストリア帝国の皇帝は、代々「人を威圧する固有魔法」を受け継ぐ。

その力に耐えられる者など、これまで存在しなかった。


——だが、目の前の男には通じない。


(まさか……我より格上の存在なのか?)

そう思った瞬間、リートがゆっくりと口を開く。


「この肌を刺すようなピリピリした感覚……」

視線を皇帝に向け、部屋にゆっくりと入りながら言葉を続ける。 

「なるほど、アストリアの皇帝に伝わる固有魔法か。」


カルライはわずかに間を置き、堂々と答えた。

「その通りだ。これは《エンペラー・グレア(皇帝の風格)》、アストリア家に代々伝わる魔法だ。……それが効かぬとは、大したものだな。」


リートは唇の端を吊り上げ、ニヤリと笑う。

その態度が、かえってカルライの興味を煽った。

「だが、それだけで貴様が《パンドラ》の団員と証明されたわけではない。」


「おっしゃる通りでございます、陛下。」

リートはわざとらしい敬語を使い、皇帝の心を見透かすように笑った。


「では、どうすれば信じていただけますか?」


——カルライの目が光る。


「簡単な話だ。——私が見極める。」

その言葉と同時に、カルライの手には剣が握られていた。

すでに騎士団長ロロイが、次を読み剣を渡していた。


リートも腰の小刀を抜く。


「——《ヘル・ダガー(業火の短剣)》。」

瞬間、刀身が赤く輝き、炎が立ちのぼる。


その光景にカルライは高揚し、叫んだ。

「面白い! 受けてみよ!」

斬撃が走る。

皇帝カルライは幼少より剣を学び、民から“戦帝”と称えられる実力を持つ。


しかし、その渾身の一撃を——リートは片手で受け止めた。


「なっ……!」

リートは刃を押し返しながら、まるで雑談のように言う。

「まだやるか?」

カルライのこめかみに血管が浮かぶ。


「まだまだ足りぬわ!」

跳び上がると同時に叫ぶ。


「——《エンペラー・デイモス(恐怖の皇帝)》!」

己の魔力を極限まで高め、格上の者すら一瞬で封じる秘技。

玉座の間の空気が一瞬で重くなった。

リートの動きが一瞬、止まる。


(もらった——!)

その刹那、リートが低く呟いた。


「——《ヘル・ウォール(業火の壁)》。」

赤い閃光が爆ぜ、熱風が部屋中を焼く。

リートの全身から吹き出す炎が、カルライを包み込んだ。

衝撃で吹き飛ばされながらも、皇帝は剣を支えに立ち上がる。

そこへ歩み寄ったリートが、静かに問う。


「……これで、納得してもらえますか?」

カルライはしばし沈黙し、そして深く息を吐いた。


「たしかに……古代の文献に記されていた“炎の魔神”そのものだ。その力、間違いないだろう。伝説の騎士団の団員なのだ。寿命を伸ばす術でも持っていたのだろう。」

やがて皇帝は、ゆっくりと膝をついた。


「どうか、我らに力を貸してくれ。《パンドラ》の炎の魔神、リート=ジンよ。」

リートは微笑み、片手で炎を握り潰す。


「もちろんだ、陛下。」


         ***


ーー炎は静まった。


焦げた大理石の床から、まだ白い煙が立ちのぼっている。

玉座の間を包んでいた熱気が、ようやく現実の温度を取り戻していた。


カルライ=アストリアは、重い呼吸を整えながら立ち上がる。

視線の先には、まるで何事もなかったかのように立つ男——リート=ジン。

カルライは戦いを見守っていたロロイとクリウスに視線を向け、低く命じた。


「少し外してくれ。二人で話す——」

ロロイは無言で一礼し、静かに部屋を後にする。

それに続いてクリウスも部屋を出た。


扉が閉まる音が響くと、玉座の間には炎の残り香と静寂だけが残った。

カルライは再びリートへと視線を戻す。


「場所を変えたい。……ついてきてくれ。」

皇帝は背を向け、廊下へと歩き出した。

リートは無言のまま、その後に続く。


——長い石造りの回廊を抜け、二人は城壁の高みへと出た。

眼下には聖都デラークの街並みが広がり、朝の光が屋根瓦を照らしている。


「綺麗な景色だろ」

カルライは手すりに手を置きながら、静かに口を開いた。

「この景色が今見られるのも、貴様らが千年前に命を懸けて戦ってくれたおかげだ。……皆に代わって礼を言おう。」

リートは街を見下ろしたまま、穏やかに答えた。


「いや、感謝を述べるのはこちらです。千年前、俺たち《パンドラ》が戦えたのは、陛下の祖先——ネロ陛下のおかげですから。」

カルライはふっと笑みを漏らす。


「感謝しているのは我々だ。……謙遜するな。」

しばし、二人のあいだに沈黙が落ちた。

風が吹き抜け、衣の裾を揺らす。


やがてリートが、静かに口を開いた。

「陛下。……あなたは、まだ生きている《パンドラ》の団員を知っていますね?」


カルライの眉がわずかに動く。

「なぜそう思う?」


「そうでもなければ、突然現れた男が“千年前から生きている”などとは、信じられませんので。」

皇帝は目を細め、問い返す。


「だが、貴様が連れてきた見習い騎士は、信じていたではないか。」

リートは口元に笑みを浮かべる。


「あれは責任がない分、騙されていても“騙されていた”で済む。……ですが、あなたは皇帝です。あなたの判断は国家の決断となる。そう易々と信じるはずがない。」

カルライは思わず吹き出した。

「……なるほど。伊達に千年は生きておらんというわけか。」

リートも軽く笑い、そして問う。


「——マリザ=サイネリアスですね?」

その名を聞いた瞬間、カルライの表情が真剣に戻る。

「ああ……彼女は“聖女”と呼ばれるネフィリム(半人間・半天使)だ。天使信仰の厚いこの国では、皇帝のみがその居場所を知らされている。」

リートはゆっくりと頷き、遠くを見つめた。

「やはりそうでしたか。あいつは、この国の信仰そのものだからな……」

リートが続ける。


「それと陛下、各地で起こっている悪魔の襲撃——これがどういう意味か、お分かりですね?」

カルライは静かに頷いた。

「皆はわかっていないだろうがな……真実の歴史を細かく継承してきたアストリア家のみが、その重大さを理解している。」


それを聞いたリートが、重く口を開く。

「そう……魔界が“統率”されたようです。今現れている悪魔は、その先行部隊といったところでしょう。」

リートは視線をカルライに向けた。


「魔界と現世では時間の流れが違います。ですが——あと半年も経たないうちに、悪魔軍は本格的に現世へ攻め入ってくるでしょう。」

カルライは腕を組み、少し考えるような表情を見せた。

「……そのための対策として、《パンドラ》の生き残りを集めたい。そういうことだな。」


「ええ。」

リートが静かに答えると、カルライは深く息を吐き、続けた。

「急がねばならぬことは分かっている。“聖女”の居場所を教えよう。」

リートは軽く一礼する。


「話が早くて助かります、陛下。」

カルライは視線を遠くに向けた。

「彼女がいるのは、帝国領の南端——“神の眠る場所”だ。」


——夏の炎のように熱い風が、二人の肌をかすめていった。

それはまるで、これから燃え上がる運命を告げる風のようだった。

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