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Pandora  作者: アカイヒト
帝国堕天篇
35/39

第三十三話 〜聖女の職務〜

「マリザ!」


その声に、マリザは現実へと引き戻された。


「今は考えないでください!」

パンが叫ぶ。

「この二人に何があったのか――それは後です!

彼らは今、“敵”です!」


マリザは再び二人へと視線を向ける。


その姿は、六百年前と何ひとつ変わっていなかった。


「……なぜ……ナイラー……オズ……」


二人は不気味に笑った。

ぎらつく瞳には、生者の光がない。


「先生……あんたは知らねぇ」

オズが歯軋りし、吐き捨てる。

「《アラハバキ(神封)》――あの術を使われた者の苦しみを!」


「六百年だ」

ナイラーが続ける。

「六百年もの間、俺たちは“あの場所”に縛り付けられていた」


「悪夢でしたよ」

歪んだ笑みを浮かべて言う。

「あなたが優雅に生きる世界の裏で、

我々は“テュポン”を封じる杭として在り続けた」


パンは一歩、後ずさる。


「マリザ……」

低く、しかし確かな声で言った。

「ここで戦えば街に被害が出ます。退きましょう」


――だが。


オズの方が、早かった。


「《テーミレス・レイ(裁きの光線)》!」


閃光。


パンは即座にマリザを抱え、跳んだ。


「ぐっ……!」


しかし、間に合わなかった。

パンの左腕が、音もなく消し飛ぶ。

焦げた匂いと白煙が立ち上った。


「《怪樹》!」


パンの呪文と同時に地面が割れ、巨木が噴き上がる。

歪にうねり、巨大な木の怪物へと変貌する。


「マリザ! しっかりなさい!」


だが、マリザは動かなかった。

視線は、ただ二人に釘付けだった。


「違うの……パン……」

震える声で呟く。

「彼らは……味方なの……」


パンは、消えた左腕を示す。


「……マリザ」

苦渋を滲ませて言う。

「これを見てください。彼らは、もう――」


「っ……」


マリザは言葉を失い、俯いた。


(駄目だ……この状態のマリザを連れては、逃げきれない)


パンは、決意を固める。


その瞬間。


ドンッ――!!


“怪樹”は粉砕された。

木片が雨のように降り注ぎ、パンの前に崩れ落ちる。


「こんなもんかよぉ!」

オズが笑い、見下ろす。

「伝説の騎士団ってのは!」


「……ならば」

パンは静かに言った。

「“伝説の力”というものを、お見せしましょう」


空気が、変わる。


パンの周囲に花が咲き誇り、

右手には神器《ユグドラシルの蔓》が顕現する。


オズとナイラーは、瞬時に距離を取った。


「オズ、油断するな」

ナイラーが警告する。

「相手は《パンドラ》だ!」


オズは口角を吊り上げた。


「やってみろよ……植物人間!」


 構えた、その刹那。


「《ニュクス(夜の帷)》」


パンの視界から光が、消えた。


(――視界だけじゃない。

全ての感覚を、奪われた……)


頭上からナイラーが襲いかかる。


「《キメラ(合成獣)》!」


ナイラーの身体は膨張し、異形へと変貌する。


「《デーモン・フォルム》!」


巨大な鉤爪が、振り下ろされた。


――バシュッ。


パンの身体は真っ二つに裂け、

音もなく地面へと崩れ落ちた。


ナイラーは元の姿へと戻り、マリザを見る。


「惨めなものですね、先生。

あなたのせいで、また一人死にましたよ?」


だが。


「誰が死んだんですか?」


二つに割れたパンの体から蔓が伸び、

元の姿へと再生する。


「今から殺すって意味だよ!」


背後からオズが飛びかかる。


その瞬間――

マリザは立ち上がり、目を見開いた。


「《グレイプニル(絶対拘束)》」


無数の鎖がオズの身体を絡め取り、その場に縫い止める。


「クソがぁ!」


マリザは、悲しげにオズを見つめた。


「……あなた達が敵だと言うのなら、

私は“聖女”としての職務を全うします」


ナイラーがマリザへと標的を変え、攻撃魔法を放とうとする。

だが――“聖女”の光が、一瞬早かった。


「《テーミレス・レイ(裁きの光線)》!」


眩い光がナイラーを包み込む。


「ナイラー!」


オズが叫ぶ。


マリザは、鎖に縛られたオズへと歩み寄る。


「……ごめんなさい……」


優しく、その頭に手を置く。

歯を食いしばり、声を絞り出す。


「《テーミレス・レイ(裁きの光線)》」


――だが。


オズは鎖を引きちぎり、光線を躱した。


その瞬間、異変が起こる。


身体が激しく震え、

瞳が白濁していく。


「ア……アンタヲ……

コロス……コロス……コロス......」


パンが即座に手をかざす。


――しかし。


激しい炎が、二人の間を引き裂いた。


炎の向こうに、人影が二つ。


「ここらで手打ちとしましょう」

静かな声が響く。

「それでは、また」


炎が消え去ると、

オズの姿は跡形もなく消えていた――。

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