第三十話 〜聖女の思い出〜
マリザは目の前に立ち塞がる2人の敵を見て、昔の思い出が蘇っていた。それは、マリザにとって楽かったあの思い出、そして思い出したくもないあの思い出——。
――四百年前――
緑の草原に、神殿の残骸が点々と転がっていた。
風に揺れる草の海の中央で、一人の女が静かに立ち尽くしている。
遠くを見つめるその横顔は、何かを思案しているようだった。
「先生、どうしたんですか?」
背後から声がかかり、女はゆっくりと振り返る。
そこには二つの人影があった。
彼女こそ――
“聖女”と称される、マリザ=サイネリアス。
声をかけた二人は、彼女に弟子入りして七年になる弟子たちだった。
手前に立つ大柄な男がナイラー。
その後ろで落ち着きなく身を揺らしているのがオズ。
七年前、二人は魔法を学ぶためにアストリアの聖都から遥々とこの“神の眠る場所”へとマリザを訪ねてきた者たちだった。
「なあ先生! 今日はどんな魔法を教えてくれるんだよ!」
オズはぴょんぴょんと跳ねながら、マリザのもとへ駆け寄る。
「オズ……もう少し女の子らしくというか……
あなたは魔法以前に、教えないといけないことが多そうね」
マリザは苦笑しながらオズを見る。
「まったくだ。先生の負担を増やすんじゃない」
ナイラーがため息交じりに近づく。
「せっかく、あの伝説の《パンドラ》の団員だった先生に
教えを請うているんだ。もっと敬意を払え」
そう言って、ナイラーはオズの頭を軽く叩いた。
「ちょ、頭叩くな!」
オズが睨み返す。
そのやり取りを見て、マリザは思わず笑みをこぼした。
――この地に彼らが訪ねてきてから、七年。
最初はまだ騎士見習いの幼さの残る二人で、ろくな魔法も使えず、教えるのに苦労したものだ。
長い修行の末、今では見違えるほど成長している。
(本当に……大きくなったわね)
マリザは感慨深く息を吐き、小さく笑った。
「先生! 笑ってないで修行つけてくださいよ!」
オズが屈託のない笑顔で言う。
マリザは二人を見渡し、決意を宿した表情で口を開いた。
「オズ、ナイラー。
あなたたちに教えられる魔法は、すべて教えました」
その言葉に、二人は目を見開く。
「これから与えるのは、私からあなたたちへの――
最後の修行です」
「せ、先生……!
俺たちはまだ未熟です。もっと教えて――」
ナイラーの言葉を、マリザは静かに遮った。
「いいえ。あなたたちは十分、頑張りました。
師匠として誇りに思っています。自信を持ちなさい、ナイラー」
一拍置いて、マリザは続ける。
「明日の早朝。ここで、私に本気でかかってきなさい。
私を降参させることができたなら――
あなたたちの修行は終わりです」
オズの瞳に、涙がにじむ。
「……それが終わったら……
先生と私たち、三人での暮らしも終わるんですよね……」
マリザは優しくオズを見つめた。
「ここに留まる道もあるでしょう。
でも、あなたたちの力は、人々に希望をもたらす」
「聖都へ戻りなさい。
人々のために力を使う――
そのために、ここまで修行してきたのでしょう?」
オズは小さく頷く。
ナイラーは俯いたまま、絞り出すように呟いた。
「……でしたら、先生も一緒に……」
マリザは、ゆっくりと首を横に振る。
「私はこの地に残ります。
――まだ、やるべきことがあるの」
沈黙が落ちる。
その重苦しさを振り払うように、マリザは手を叩いた。
「そんな顔しないの。今生の別れじゃありませんよ」
そして、少し意地悪そうに微笑む。
「それに……あなたたち、本当に私を倒せるのかしら?」
オズは涙を拭い、力強く笑った。
「やってやりますよ先生!
覚悟してくださいね! な、ナイラー!」
ナイラーも、同じように笑顔を作る。
「はい。全力で行きます、先生!」
夕陽に染まる草原で、三人は静かに、そして楽しそうに笑い合った——。




