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Pandora  作者: アカイヒト
帝国堕天篇
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第二十九話 〜師と弟子〜

夏の日差しが聖都を照らす頃、クリウスとリートは酒場を後にし、そびえ立つ城壁を見上げていた。


「なあリート。入る時に使った抜け穴、あれを使った方がいいんじゃないか?」


城壁を仰ぎながら、クリウスが尋ねる。


「いや、それはダメだな。」


リートは視線を上に向けたまま答えた。


「巡回に見つかったら、俺たちの拠点がバレるだろ? だから昨日のうちに、マリザが魔法で塞いだ。」


確かに、人が通れる穴が不自然に開いていれば、調べられるのは時間の問題だ。

そう納得しかけたところで、クリウスの脳裏に一つの疑問が浮かぶ。


(……ギヨームさん、どうやってバレずにあそこまで掘ったんだ?)


考え込んだその瞬間、リートが遮るように声をかけてきた。


「クリウス。俺の背中につかまれ。」


「……お、おう?」


状況が飲み込めないまま、クリウスは言われるがまま背中にしがみつく。

次の瞬間、リートの足元から炎が噴き出した。


まさか――


——ボンッ!


炎は勢いを増し、二人の体がふわりと地面を離れる。


「お前……飛べんのか!?」


クリウスの叫びに、リートはニヤリと笑った。


「今日、初めて試してみた! 何事も挑戦だろ?」


「勘弁してくれよぉぉぉぉ!」


クリウスの悲鳴を置き去りに、炎はさらに加速する。

二人はそのまま城壁を越え、勢いに任せて壁の向こうへと消えていった。


炎の尾を引きながら落下する二人の眼下に、青く茂る地面が迫っていた。

風を切る轟音に混じり、クリウスの悲鳴が一拍遅れて響く。


やがてリートは炎を絞り、地面すれすれで衝撃を殺すように着地した。


「ほらな、生きてる。」


震える膝のまま、クリウスは仰向けに倒れ、空を見上げる。


「……なんとかな……」


リートはニヤリと笑い、服についた土埃を手で払った。


「よし。時間がねぇ、急いで行くぞ。それと道中、修行もつけてやる。戦力は一人でも多い方がいいからな。」


その言葉に、クリウスは勢いよく起き上がる。


「本当か!? 頼むぜ、師匠!」


歩き出す二人の背中は、少しずつ聖都から遠ざかっていった――。


    ***


リートとクリウスが聖都を発った頃、酒場ではパンが一人考え込んでいた。


(……何かが引っかかる)


その違和感を確かめるように、パンはこれまでの出来事を振り返る。


(リートの言葉どおりなら、“六大魔王”は少なくとも一年は侵攻を始めないはずだ。それにもかかわらず、《黒い羽根》によるアストリアでの革命。さらに、“六翼の使徒”たちが魔王の力を使えるという事実……)


パンは隣に座るマリザへ視線を向ける。

彼女も同じ疑念を抱いているのだろう。水晶を覗き込み、何かを調べていた。


「マリザ。魔王の力を使うには“契約”が必要です。ですが、それは双方の同意がなければ成立しません。」


マリザは水晶から目を離し、パンを見る。


「ええ。私もそこが気になっていたわ。侵攻は一年先のはずなのに、すでに力が使われている。それに、《黒い羽根》は大きな宗教団体とはいえ、勢力を拡大する速度が異常すぎる……」


宙に向かって溜まった思いを吐き出すように、剣の素振りをしていたロロイが口を挟む。


「私も同じ考えです。カルライ陛下も《黒い羽根》には注意を払っておられましたが、ここ一年で急激に力をつけました。今では有力貴族の中にも、信者が多数いる状態です。」


パンは考え込むように視線を落とす。


その時、三人に食事を運んできたギヨームが足を止め、真剣な表情で言った。


「――《黒い羽根》を裏から操る黒幕がいる。そう考えるべきではないでしょうか?」


その言葉は、三人が薄々感じていた結論だった。


ロロイが静かに口を開く。


「副団長の……パトランでしょうか?」


だがパンは、ゆっくりと首を横に振った。


「いえ。彼女では無理です。いくら帝国騎士団の副団長でも、そこまでの影響力は持てません。もっと大きな力を持つ“何か”がいるはずです。」


マリザは小さく咳払いをし、立ち上がった。


「少し、外を見てくるわ。」


「お気をつけて。」


ギヨームとロロイに軽く手を振り、マリザとパンは酒場を後にした。


二人はしばらく無言のまま歩き続けた。

まるで、酒場から――いや、戻れない場所から遠ざかるかのように。


やがて人の気配が途絶えた裏路地に辿り着いた瞬間、マリザとパンは同時に足を止める。


「……来ます。」


パンの低い声と同時に、蔦の鞭が手元に具現化する。

次の瞬間、闇の奥から二つの人影が静かに姿を現した。


深いローブに身を包んだその姿から、隠す気のない異質な気配が滲み出ている。


一人が一歩前に出て、淡々と名乗った。


「流石は《パンドラ》、私たちに気づくとは、《黒い羽根》が誇る“六翼の使徒”が一人――

“不落の使徒ナイラー”です。お見知り置きを、“大樹林のパン“よ。それに......」


続いて、もう一人が歪んだ笑みを浮かべる。


「同じく。“幻惑の使徒オズ”。

久しぶりだな、先生。」


パンは即座に間合いを詰めようとするが、横に視線を走らせて動きを止めた。


――マリザは静止していた。


いつもなら即座に魔法を構える彼女が、目を見開いたまま二人を睨みつけている。

その表情には、怒りよりも先に、強い動揺が浮かんでいた。


「……なんで、生きてるのよ……」


絞り出すような声だった。


パンは警戒を崩さぬまま、静かに問いかける。


「……お二人と、お知り合いなのですか?」


マリザは一瞬唇を噛み、やがて答えた。


「この二人は……

昔、私が魔法を教えていた――弟子よ……」

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