第二十八話 〜旅立ち〜
少し短めです。
クリウスは酒場の屋根に寝転がり、頭上に広がる眩い夜空を見上げて呟いた。
「俺は……弱いな……」
その時、瓦を踏む足音が近づき、リートが隣にどさりと寝転がる。
「悩み事かね、クリウス君よ。」
キセルから吐き出された煙が、星空へと溶けていく。
「リート、俺は弱いな。パトラン副団長に、手も足も出なかった。」
リートはしばらく空を見つめたまま、静かに口を開いた。
「そんなに気張るなよ。俺たちとお前じゃ、生きてきた時間が違いすぎる。
それにな、最初はみんな弱いんだ。だから、ここから強くなればいい。
焦る必要なんてねぇよ。」
クリウスも空を見つめ、リートへと問いかける。
「お前はいつから強くなったんだ?」
遠くを眺め、リートは煙をくゆらせる。
「さあな、“イフリート“としてなら、最初から強かったが、悪魔だしな。人間としては......俺もあんまり覚えてねぇんだ。」
クリウスは怪訝な表情を浮かべる。
「どういうことだ?人間の記憶がないのか?」
リートの口は笑っていたが、目は笑っていない。
その目を見て、クリウスは悟る。
これは覚えていないんじゃなく、話したくないのだろう。
リートと長く付き合っていくうちに、クリウスはだんだんと彼のことがわかるようになっていた。
「まぁ、なんだ。お前も強くはなってるんだ。お前には《パンドラ》の団員達がついているんだぞ?強くならねぇ訳ねぇよ。だから元気出せ!なにより俺がついてる。」
その言葉に、クリウスは少しだけ笑顔を見せる。
「……たまには、まともなこと言えるんだな。」
リートは苦笑しながら勢いよく立ち上がる。
「お前......俺のこと何だと思ってんだよ!」
二人は顔を見合わせ、ひとしきり笑い合った。
愉快な笑い声は、聖都の澄んだ夜空へと消えていった――。
***
聖都の城壁に朝日が差し込み始める頃、
リートとクリウスは酒場で出発の準備を進めていた。
「ごめんなさいね。“雲の馬車”は、私がいないと使えないの。」
マリザは申し訳なさそうに苦笑する。
「え……だいぶ、時間かかりますよね……?」
クリウスは縋るようにリートを見る。
「しょうがねぇだろ〜。
マリザじゃないと、聖都中にかかってる催眠魔法は解けねぇんだから。」
その言葉に、クリウスはがくりと肩を落とした。
「ははは、そんなに落ち込むな。
道中は、リート殿に鍛えてもらうがいいさ、お前の戦い方はリート殿に教わるのが1番いいだろうしな。」
ロロイの陽気な笑顔に、クリウスは苦笑する。
隣でパンも、穏やかに頷いた。
「そうですね……」
厨房から、コップを拭きながらギヨームが顔を出す。
「リートさん、どちらへ向かわれるんですか?」
「えっとな〜……秘密、かな!」
リートはニヤリと笑った。
その笑みを見て嫌な予感を覚えたのは、クリウスだけではなかっただろう。
「リート、ダイロスは多分“迷宮“に潜ってると思うわ、ここから先は言わなくてもわかるわよね?」
マリザはリートへと真剣な眼差しを向ける。
「あぁ、多分そこだろうとは思ってたさ。」
リートは深く息を吸うと、クリウスへと視線を戻した。
「そんじゃ、行くか。クリウス!」
「おうよ!」
リートは勢いよく酒場の扉を開ける。
その背中を追って、クリウスも外へ踏み出した。
《黒い羽根》、そして“六大魔王”――敵は多い。
それでも、クリウスの心は前を向いていた。
(ここからだ……ここから、力をつけてやる)
そう胸中で呟きながら、クリウスはリートの背中を見つめる。
リート・ジン――
この男と出会ってから、世界の歯車は確かに動き始めていた。




