第二十二話 〜闇に沈む聖都〜
雲の馬車が消えてから数分後――。
クリウスたちは固く閉ざされた城門の前で足を止めていた。
いつもなら朝早くから人や騎士が行き交うはずの門前には、妙な静寂だけが漂っている。
嫌な予感だけが、じわりと胸に広がっていく。
――帝国で、何かが起きている。
クリウスは無意識に拳を握りしめた。
「マリザ、空から入れないか?」
リートが振り返りながら尋ねる。
「無理ね。“精霊の大樹林”並みの強力な結界が張られているわ。」
リートは腕を組み、唸るように言う。
「入れないことには、何が起きてるのかも分からないな……」
その時だった。城門の右側から声が飛んできた。
「おーい! 皆さん、こちらです!」
クリウスは声の方へ視線を向ける。
「ギヨームさん!」
急いで駆け寄ると、ギヨームは城門の脇にある小さな穴から顔を覗かせていた。
「マスター! でかしたぞ!」
リートがはしゃぐ一方、マリザは怪訝な表情を浮かべる。
「マスター、あなた……どうやって結界に穴を開けたの?」
確かに――一般人のギヨームが、こんな強力な結界に抜け穴など作れるはずがない。
「私がやったわけないじゃないですか。『協力者』の一人に魔法使いがいまして、その方に開けてもらったんです。」
ギヨームは笑って答えた。
「さあ、急ぎましょう!」
一行はギヨームに続いて城壁の穴へと潜り込んだ。
「狭いですね……」
背の高いパンは窮屈そうに身を折りながら進む。
「この方はどなたです?」
パンが尋ねると、リートが答える。
「ああ、俺らが拠点に使ってる酒場のマスターだ。仲良くしてやれ。」
薄暗い穴の中で、リートが指先に灯した小さな火だけが頼りだった。
その時、ふと先ほどの疑問が頭をよぎる。
「あ、ギヨームさん! どうして城門が閉じてるんです? アストリアに何かあったんですか?」
しかしギヨームはすぐには答えない。しばらく進んだところで立ち止まり、重い表情で振り返った。
「……話は、拠点に戻ってからにしましょう。」
その言葉に一同は黙り込む。
――何か、とんでもない事が起きている。
三十分ほど暗い通路を進むと、ギヨームが立ち止まった。頭上の蓋のようなものを外し、地上へと這い出ていく。
「皆さん、着きましたよ!」
次々と地上に出ると、そこは見慣れた酒場の地下――酒蔵だった。
「こんなところに繋がってたのか……」
クリウスが感心していると、リートは樽に腰を下ろし、低い声で言った。
「話せ。何があった?」
ギヨームは顔を曇らせ、ゆっくりと語り始めた。
「……リートさん達が聖都を出発して二日後、内乱が起きたのです。」
パンが眉をひそめる。
「おかしいですね。アストリアの皇帝は民衆に慕われていると聞いていましたが……」
「確かにそうなんですが、《黒い羽根》という悪魔信仰の組織が、民衆を煽り、皇帝に関する根も葉もない噂を流して……」
リートの表情がわずかに険しくなる。
「《黒い羽根》か……」
クリウスが尋ねる。
「知ってるのか?」
「ああ。何十年も前からある宗教団体だ。悪魔信仰ではあるが、こんなことをするような連中じゃなかったはずだが……」
ギヨームはさらに言いづらそうに口を開いた。
「陛下は行方をくらましてます。それと……ロロイ団長は、投獄されてしまわれたと。」
「……ロロイ団長が?」
クリウスの胸に熱い怒りが込み上げる。
「なんでだ! ロロイ団長が何をしたって言うんだよ!」
「落ち着きなさい。クリウス君。」
パンが慌てて制止する。
ギヨームは続けた。
「《黒い羽根》が民衆に発表した話だと、彼は国家転覆を働きかけたと。そして三日後には……」
深く息を吸い込むと、重い声で告げた。
「――公開処刑だそうです。」
クリウスの頭が真っ白になる。
ロロイ団長が……処刑?
崩れ落ちる膝。震える拳。
その瞬間、リートが立ち上がった。
「よし。助けに行くか。」
クリウスが顔を上げる。リートはいつもの笑顔を浮かべているが――その目は燃えていた。
「殺させやしないさ。そうだろ? クリウス君よ。」
「……ああ。絶対に殺させない!」
マリザは優しく微笑む。
「私が“アテナ”で情報を集めておく。その間に準備して。すぐに助けに行くわよ!」
クリウスの胸に再び希望の灯りがともる。
(団長が国家転覆なんてするわけがない。処刑なんて絶対にさせない)
一行は決意を固め、それぞれ準備に取りかかった。
その重い足音が、クリウスに勇気を与えていた。




