〜精霊王エデン〜
先程のベルゼブブとの激闘が終わり、森に静寂が訪れる。クリウス達はついに“大樹林のパン”との合流を果たしたのだった。
「パン様……あの、」
クリウスが口を開きかけると、パンは手を上げて制した。
「わかっていますよ。ここではなんですから、まずは私の家にいらっしゃい。」
マリザは雲の上にぱたりと倒れ込む。
「つかれた〜……っていうかパン、精霊界入っていいの?」
(精霊界?)
クリウスは興味をそそられる。
「精霊たちの住む世界ですか?どこにあるんです?」
パンとマリザは同時に微笑むと、“世界樹”を指差した。
「あそこ」
クリウスはぽかんとするが、次の瞬間、マリザに手を掴まれ雲ごと引っ張られる。
「え、どこ行くんですか!?」
パンは巨大な幹へと吸い込まれるように歩き去り、
マリザは何も言わず世界樹の枝へとふわりと浮かび上がっていった。
そして静かに着地する。
突風が枝の間を吹き抜け、
「ひぃ……!」
クリウスは思わず悲鳴をあげた。
見下ろせば大地は遥か下、小さくなっている。
「せ、精霊界に行くんじゃなかったんですか!?」
するとパンとマリザはくすくす笑い出した。
「ふふ、アストリアの人間は知らなくて当然ね」
マリザがパンに目を向ける。
「お願い。“精霊界の管理者”さん」
パンは世界樹の幹に触れ、低く呟く。
「……ひらけ」
ギィィィィーー……
幹がみるみる変形し、巨大な門が姿を現した。
「ようこそ、“精霊界”へ」
パンは楽しげに微笑んだ。
* * *
世界樹の門をくぐった瞬間、クリウスの視界が爆発するように広がった。
「……っ!」
そこは色彩があふれる異世界だった。
風は金色に揺れ、空気には光の粒子が舞い、
小さな精霊たちが蝶のように飛び交う。
中央には神秘的な緑の城がそびえたち、
その周りには切り株をくり抜いたような可愛らしい家が連なっていた。
「ここが……精霊界……?」
足元の大地は柔らかく、踏むたび草花がふわりと笑い声を上げる。
「綺麗でしょう?」
パンが微笑む。
マリザは雲をベッドのようにして伸びをする。
「いつ来ても落ち着くわねぇ」
「パン様がここを治めてるんですか?」
クリウスの問いに、パンは首を横に振る。
「いえ、私はただの“管理者”ですよ」
と、遠くから妖精が駆けてきた。
「パン様、精霊王がお呼びです!」
——どうやら精霊の長は別にいるようだ。
「早速ですね。すぐ向かうと伝えてください」
パンを先頭に、クリウスたちは中央の城へ向かって歩き出した。歩きながらもクリウスは精霊界の神秘的な光景を見渡し、感動していた。
「エデンちゃんと会うの久々ね」
とマリザが嬉しそうに笑う。
「精霊王エデン様……というのが、その……?」
クリウスの質問にパンが答える。
「えぇ、“精霊王エデン”。ラージン公国では精霊信仰が広まっているので有名ですが、天使信仰のアストリアではあまり知られていませんね」
やがて城門に到着する。
外壁は苔のようなもので覆われ、蛍のような光が瞬いている。
まさに“精霊王の城”だった。
門番の精霊が声を張る。
「パン様一行、ご到着です!」
すると扉が静かに開いた。
そこには整列した何十人もの精霊たち。
その中から一際輝く小さな女の子が駆け寄ってきた。
「パン様!おかえりなさい!」
新緑のドレスを纏う幼い精霊がパンに抱きつく。
(パン様の子供か?)
クリウスが疑問に思っていると、パンがそれを見越したかのように紹介をしだした。
「こちらが――“精霊王エデン”です」
「この女の子がですか!?」
クリウスは驚愕した。
(こんな幼い子が……王?)
だが次の瞬間、エデンがクリウスに視線を向けると――
圧倒的な威圧が、全身を貫いた。
「初めまして、人の子よ。妾がこの地を治める者――“精霊王エデン”である」
その荘厳な声に感圧され……だがクリウスは、
最後の言葉を聞く前に後方の光景に目を奪われた。
精霊達の後方で木にだらしなく寄りかかり、キセルをふかす見慣れた姿。
「……なんでお前ここにいんだよ!?」
そこには――
借金返済で働かされているはずの、“炎の魔神”の男がいた。
「よ!遅かったな!」




