〜六魔集うは虚の間〜
先程の激闘が終わり、
ベルゼブブは荒地となった精霊の大樹林を見下ろし、深いため息をついた。
「やれやれ、とんだ災難でしたよ。」
ベルゼブブは無くなった腕を交互に見る。
だが、腕の断面からは黒い闇が生え、腕の形となり、一瞬で完治した。
(これだけやられたのです。言い訳にはなるでしょう。)
ベルゼブブは先程の戦闘を思い出し、マスクの下で笑みを浮かべる。
「おや、会議に遅れてしまう。」
闇を展開すると、ベルゼブブの体は現世から姿を消した――。
♦︎
闇に沈んだ視界が反転し、静寂が訪れる。
“魔界”――
六層からなる、悪魔たちの根城であり現世とは別の次元。
「遅くなりました。」
ベルゼブブが椅子に座ると声が返る。
「本当に遅かったな、ベルゼブブ。」
第三層《深海層》の支配者、
“大海の王”フォルネウス。
彼の椅子から滴る黒い水は、大地を腐食していた。
「まあまあ、フォルネウス。魔王がこうして集うこと自体が異例ですから。」
そこへ、翼の生えた女が不機嫌に口を開く。
「で、ベルゼブブ。やっぱり生きてたわけ?」
第五層《幻夢層》の支配者、
“幻惑の女王”リリス。
ベルゼブブは愉快そうに応じた。
「ええ、生きていましたとも。“煉獄の王”イフリートは健在ですよ。」
ドガッ!!
「何が“煉獄の王”だ!!今は俺が《煉獄層》の王だぞ!!」
椅子を蹴り上げて怒号を上げた悪魔、アモン。
魔王たちは冷ややかな目を向ける。
ーーイフリートのおこぼれで魔王になれただけの“偽物“が......
ベルゼブブは心の声を押し殺し、穏やかに言葉をだした。
「落ち着きなさい、アモン。もっと大事な話があるでしょう」
ベルゼブブが促すと、アモンは渋々座った。
その奥で巨椅子が軋み、声が響く。
「干渉せぬはずの魔王が集っている。無駄話は不要だ。」
第六層《重落層》の支配者、
“不落の王”ベヒモス。
ベルゼブブは姿勢を正し、口を開いた。
「……“闇の王”からの伝言です。」
ベヒモスの視線を受け、冷汗が流れる。
「“魔界が満月に照らされる刻、再び現世へ”――とのこと。」
リリスが脚を組み直し、笑う。
「じゃあ、現世の時間で一年後ってとこかしら。」
フォルネウスが腕を組む。
「なぜそんなにも要する?」
ベヒモスが低く問う。
「偽りではなかろうな?」
「……はい。」
ベルゼブブの返答で場の空気が変わる。
魔王たちの表情に“警戒”が浮かび始めた。
リリスが探るように言う。
「本当に“闇の王“が言ったの?
ねぇベルゼブブ……何か隠してない?」
「隠すことなど。
ただ……“我らの王“が戻るのなら、準備が必要でしょう。」
フォルネウスが瞳を細めた。
「“我らの王“か、サタン様は滅んだ。残るのは“代行者”か……“器”だな?」
ベルゼブブは沈黙した。それが答えだった。
アモンが吠える。
「ふざけんな!器は千年前に全部壊されたんだろ!今さら――」
ズ……
魔界が震える。
ベヒモスが立ち上がっただけだった。
「黙れ、小僧。千年前の“記録”と“真実”を混同するな。」
アモンは悔しげに黙った。
ベヒモスは全体へ告げる。
「もう話すことはない。各々、準備を進めろ。」
魔王たちは次々と姿を消していく。
最後に残ったベルゼブブは、小さく呟いた。
「これでいいのですね、イフリート」
ベルゼブブは椅子に深く座り直す。
「いえ、“リート=ジン“でしたっけ?」
魔界に突風が駆け抜け、音を鳴らす。
まるでこれから起こる悲惨な運命への悲鳴のように——。




