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Pandora  作者: アカイヒト
伝説再来篇
18/21

〜世界樹の怒り〜

大樹林に響いた低く柔らかな声。

その声ひとつで、世界そのものが深呼吸したかのように、空気が震えた。


振り返ったクリウスの目に映ったのは、

深緑のローブを纏い、肩まで伸びた淡い緑の髪を揺らす男。

その足元だけ、まるで季節が逆流したかのように花が咲き乱れている。


「“大樹林のパン“……」

クリウスの声は自然と漏れた。


「遅くなりすみません。ですが、この森に入った瞬間から、すべてを見させてもらいました。」

パンが振り返り、静かに、しかし確かな声でクリウスへ語りかける。

その声に、クリウスは我に返る。

「パン様! マリザ様が!」


パンはゆっくりとマリザへ視線を移す。

「マリザ、まだ立てますね?」


パンの鋭い問いかけに、クリウスは怪訝な表情を浮かべる。 

「見ての通り、マリザ様はもう動けません!」


しかし、その瞬間、マリザがふらりと体を起こす。

「結構しんどいんだけどね」


「えっ!」

クリウスは思わず声をあげる。

見下ろしていたベルゼブブの表情には、少しの驚きが混ざった。


「ほう、まだ動けるのですか。少し舐めすぎていましたね。」


マリザはパンの横へと素早く飛び退いた。

「選手交代よ」

ベルゼブブはなおも余裕の表情を崩さない。


「ふふ、面白い。いつでもどうぞ」


“大樹林のパン“は微動だにせず、一歩前へ踏み出す。

左手を前に突き出し、低く唱える。


「神器“ユングラシルの蔓“」


深緑のローブから腕をつたう蔓が、まるで生き物のように伸び、鞭の形へ変わった。


同時に、パンとベルゼブブは宙へ跳躍する。

「今度は容赦しませんよ」

ベルゼブブが魔法を放つ前に、パンのムチが猛スピードで迫り、相手を捉える。


バコォォン!


ベルゼブブは勢いよく叩きつけられるも、倒れることなく踏みとどまった。

杖を高く掲げ、宙を払う。

「《シムーン・アロー(死風の矢)》」


杖から放たれた無数の風の矢が、頭上のパンへ一直線に突撃する。

しかし、パンは微動だにせず、落下しながら掌を突き出す。

「《怪樹》」

突如、掌から異形の樹木が飛び出し、矢の奔流を払う。


「マリザ様……パン様だけで大丈夫なのでは?」

クリウスが隣のマリザへ問いかける。

「うーん、確かにパンは負けない。でも勝つとも難しいわね。」


「なぜです?」

クリウスの声には戸惑いが混じる。

その問いにマリザはあっさり返答した。


「ベルゼブブは本気を出してないもの」

クリウスは慌てて戦場へ視線を戻す。

(これが本気じゃないって……!?)


マリザはゆっくりと空中に浮かび、パンに呼びかけた。

「パン!」


パンは一瞬マリザに視線を移し、再びベルゼブブへ。


「らちがあかないですね。どうでしょう、ベルゼブブ、私たちの本気の攻撃を受けてみませんか?」


ベルゼブブは少し考え興味深げに笑う。

「んふふふふ、いいでしょう。やってみてください」


マリザとパン、二人の目が鋭く光る。


「《グレイプニル(絶対的拘束)》」

マリザの呪文と同時に、地面から無数の鎖が現れ、ベルゼブブを縛り上げる。


「ほう……」

ベルゼブブの表情に焦りはない。


「今よ!」

マリザが叫ぶ。


「《パンラス(世界樹の怒り)》」

パンが両腕を地に突くと、地面が激しく揺れだし、後方の“世界樹“が動き出した。

マリザはクリウスを素早く雲の上に引き上げる。


「早く離れるわよ!」

クリウスとマリザが空中に舞い上がると、城ほどの幅の巨大な”世界樹“の根がベルゼブブめがけて降り注ぐ。


ドガァァァァン!!


衝撃が収まると、ベルゼブブの周囲は荒地と化していた。

世界樹の根はゆっくりと地面に戻る。


「規格外すぎる……」

クリウスが漏らす。

マリザは静かに雲を下ろし、先ほどいた場所に降り立った。

クリウスが隣を見ると、何事もなかったかのように、パンも同じ位置に立っていた。

土煙が晴れ、視界がクリアになる。


「流石は“大樹林“……本当に危なかった.....」

身体中に傷を負い、両腕を失っても、ベルゼブブはまだ立っていた。

パンとマリザは瞬時に構える。


しかしベルゼブブはため息をつくと、疲れたように口を開いた。


「今日のところはあなた方の勝ちでいいでしょう」

突風が辺りを吹き抜ける。

クリウスが反射的に目を塞いだ。

再び目を開けると、“風の王“は消えていたーー。

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