『番外編』〜鉱山の問題児〜
借金で捕まった後のリートのお話です。
ーー今日も労働が始まる……。
憂鬱な気持ちで、レーバンは硬いベッドから体を起こした。
ここはラージン公国とロゼッタ王国の国境に広がるプルト山脈。
鉱石こそ豊富だが、二国の争いに巻き込まれることもしばしばで、自ら好んで採掘に来る者などいない。
ここへ来る連中は決まっている。借金返済のために送られてきた者、あるいは訳ありの逃亡者。
レーバンも例外ではなかった。
朝日が昇り切る前、いつものように点呼が始まる。
「今日から新人が入る!」
現場監督ダントの野太い声が響く。
「リート・ジン君だ! みんな仲良くな!」
ニヤリと笑うダント。
その笑みに、労働者たちはうんざりした顔をした。
この採掘場では新入りは徹底的にいびられる。レーバンもここに来た時に地獄を見た。
ダントの横に、小柄で華奢な男が立っていた。
(……すぐ逃げ出すだろうな)
レーバンはそう思った。
ーーもっとも、この採掘場から逃げる方法などないのだが。
男は周囲を見渡し、爽やかに言った。
「紹介に預かった! リート・ジンだ。虐めたりしないから安心しろ!」
その言葉で、労働者たちの目に殺気が走る。
(ああ……こいつ死んだな)
レーバンは心の中でそっと手を合わせた。
「威勢がいいな、新人! さあ今日も労働だ、動け!」
ダントの号令で作業が始まるが、全員の視線はリートに集中したままだ。
レーバンも仕事に向かおうとした時、リートが近づいてきた。
「あんたも入って浅いらしいな! 仲良くしようぜ」
ニヤリと笑うリート。
「あ、ああ……」
レーバンは心の中で絶叫した。
(近づくな! 俺まで標的にされる!)
炭鉱の中で黙々と作業していると、やがて休憩の時間となる。
「休憩だぁ! さっさと休め!」
どこからともなくダントの怒鳴り声が響く。
労働者たちは思い思いの場所に腰を下ろし、まずい配給飯に手をつけ始めていた。
「一緒に食べようぜ!」
気づけば隣にリートが座っていた。
「おいあんた、あんな挑発みたいなこと言って……俺に近づかないでくれよ」
レーバンが言うと、リートは腕を組んで少し考え込む。
「いやぁ、あれはジョークだって。それより、ここを早く出る方法、ないか?」
レーバンはため息をついた。
「さあな……だが俺はまだ、一人も解放された奴を見たことがない」
リートは再び腕を組んで考え込む。
ーーその時。
「おい、新人!」
ダントと取り巻きの大男五人がやってきた。
「ん、なんだ?」
リートは視線も合わせず返事をした。
その態度に、ダントの額に青筋が浮かぶ。
「お前、俺たちを虐めないって言ってたよな?」
リートは遠くを見たまま動かない。
「ああ。仲良くしたいからな」
その言葉に、ダントは腹を抱えて笑った。
「だははは! “いじめない”じゃなくて、“いじめれない”の間違いだろ!」
そう叫ぶと、ダントはツルハシを振りかざしてリートに叩きつけた。
(おいおい! 本当に死ぬぞ!)
レーバンは思わず目を塞ぐ。
だが、次に目にした光景に息を呑んだ。
ダントと取り巻きが地面に這いつくばり、リートはツルハシの鉄部分を片手で握り潰していた。
「お、お前……何者だ……?」
レーバンがつぶやくと、リートはニヤリと笑った。
「そう……俺こそが“炎の魔神”! リート様だ!」
リートの掌に炎が灯る。
その瞬間、レーバンは鉱山に入る前に聞いた忠告を思い出した。
ーーこの鉱山には引火性ガスがある。絶対に火を使うな。
ドカァァァァァン!!
その日、プルト山脈の側面から黒煙が一日中立ち上ったのだった。




