〜風の魔王襲来〜
朝日がのぼり始め、ラージン公国全土に光が差すころ、マリザとクリウスは“精霊の大樹林”の目前に立っていた。
マリザが結界解析を開始して六日。寝る間も惜しんで水晶玉と向き合い続け、予定より一日早く解析を終えることができた。
二人は神妙な表情で大樹林を見据える。
クリウスが息を呑む。
マリザはスッと手を突き出した。
「《ヤヌス》」
その瞬間、クリウスには見えていなかった“結界”が姿を現した。半透明の緑の蔦が壁のように果てしなく続いている。
クリウスが圧倒されながら見渡していると、二人の前の壁が波打つように歪み、ゆっくりと開いた。
「長くは持たないわ。早く入りましょう。」
額に汗を浮かべながらマリザが微笑む。
強力な魔法使いである彼女ですら負担がある結界。相当なものだとクリウスは悟った。
「はい!」
二人は滑り込むように結界内へ入る。
「な、なんだこれ……」
クリウスは呆気に取られた。
外からは普通の森に見えたが、中は別世界だった。巨大な樹木が天を突き、見たこともない生物が宙を漂っている。
美しいのに、どこか恐ろしい。
それが第一印象だった。
宙を舞う羽の生えたエビのような生物に手を伸ばすと——
「毒あるわよ。触らない方がいいわ。」
マリザが笑って注意した。
「うわ!」
クリウスはとっさに手を引く。
「マリザ様はここに来たことがあるんですか?」
マリザは懐かしむように遠くを見た。
「《パンドラ》を結成するときにね。父様がどうしてもパンを誘いたいって言うから、今と同じ方法で侵入したの。」
(父様……? パンドラの団員だったのか?)
“聖女マリザ“に関する伝説は数多く存在する。だが、誰が彼女の父親なのかは伝説には記載されていなかったのだ。
クリウスは興味心から疑問を口にした。
「マリザ様のお父様もパンドラだったんですか?」
マリザはきょとんとした顔で振り返る。
「当たり前じゃない。私の父様が作った騎士団だもの。」
パンドラの創設者、それは誰もが知っている人物だった——。
「創設者って...... “英雄デラク”のことですか!?」
クリウスは叫んだ。
「そうよ? 知られてないのね。」
マリザは興味がないと言うように、あっさり答えた。
「初めて知りましたよ! なんで教えてくれなかったんですか!」
「聞かれてないもの。ほら、急ぎましょ。」
まだ開きっぱなしの口を塞げぬまま、クリウスは慌ててついていく。
(知らないことばかりだ……)
二人は淡い光が差し込む苔むした森を進んでいった。
*****
歩き出してしばらく経った頃、マリザが口を開く。
「なかなか中心に辿り着かないわね。」
「この森に……中心なんてあるんですか……?」
クリウスは落ちていた枝を杖代わりに、慣れていない自然の道を疲れ切った足で歩く。
一方マリザは雲の上に寝そべり、汗ひとつかかない。
(俺も乗せて欲しい……)
そう思いながら雲を見ていると——森が開けた。
「デカすぎるだろ……」
クリウスは絶句した。
街を囲めるほどの太さを持つ巨木が、雲を突き抜けるようにそびえ立っている。
「これが《世界樹ユングラシル》よ。いつ見ても大きいわね〜」
マリザは大きく息を吸い込む。
「パァァァン!!! 出てきてぇぇぇ!!!」
聖女の絶叫にクリウスがビクッとした瞬間、草木が揺れ——周囲に半透明の人影が浮かび上がる。
「亡霊!?」
クリウスが焦ると、マリザは穏やかに笑う。
「精霊よ。危険じゃないわ。」
精霊たちは宙を漂い、二人を見つめている。
「あの、どの方がパン様ですか?」
マリザは目を走らせる。
「居ないわね……どうしてかしら?」
すると、一人の精霊が近づいてくる。
その精霊は緑の衣を纏い、美しい女性の姿をしていた。クリウスが見惚れていると、精霊は口を開いた。
「パン様はここにはおりません。悪魔の脅威が森を脅かしておりますので、各地へ出向かれております。」
マリザは悔しげに眉をひそめ、雲を叩いた。
「急いでるっていうのに!」
その時——突風が巻き起こり、二人の背後に強烈な気配を感じた。
クリウスは本能で悟った。これは良くないものだと。
精霊たちが一瞬で姿をくらます。
青空は曇り、先ほどまでうるさく鳴いていた鳥の囀りが消える。
マリザとクリウスが一斉に振り返ると——
「お久しぶりです、聖女。それに、あの時の若い騎士もご一緒ですか。」
そこには、酒場にいたあの男が立っていた。
黒いハット、鳥の仮面、そして古めかしい杖。
まさに“突然”そこに現れた。
マリザは鋭い視線で睨みつけ、言葉を発する。
「第五魔王——“風の王ベルゼブブ“。」
ベルゼブブは深く礼をした。
「すみませんが、闇の王の命令ですので……」
顔を上げると、仮面の奥の瞳に不気味な光が宿った。
「ここで死んでいただきますよ。」
忙しいので投稿時間バラバラなります。




