〜帝国最強の男〜
「走らなくてもいいだろ!」
クリウスは息を切らしながらリートへ叫んだ。
「体力つけてんだよ。弟子は黙ってついてこい!」
リートがさらにペースを上げる。
酒場から二人が飛び出して、聖都の中心部にある騎士団宿舎へ向かっていた。騎士団宿舎とは、帝国騎士団の本拠地であり、訓練場と団員の居住区域が併設された帝都最大の軍施設である。
「まじで勘弁してくれよぉぉ!!」
クリウスの嘆きは空へと響いた。
「弟子よ、着いたぞ」
リートがニヤリと笑い、地面に這いつくばっているクリウスを見下ろした。
「お前……どんだけ体力あるんだよ……」
しばらくして息が整ったクリウスが立ち上がる。
「ここで稽古してくれるのか?」
「あぁ、街中で振り回すわけにはいかねぇだろ」
リートが門番に例のペンダントを見せると、二人は中へ入った。
すると近くにいた男が手を上げる。
「おや、リート殿。どうされたのですか?」
偶然遭遇した男――ロロイが声をかけた。
「あー……ロロイ、だっけか?」
リートが適当な口調で返すと、ロロイは苦笑して自己紹介した。
「はい、騎士団長を務めています。ロロイ=カルベルトと申します」
「団長さん、ちょうどいい。訓練場借りていいか?」
リートがにっこり笑う。
「いいですが、何に使うのです?」
リートはクリウスの背中をポンポンと叩いた。
「こいつが俺の弟子になったからよ。鍛えてやんだ」
ロロイはクリウスへ視線を移す。
「ほう、《パンドラ》の団員に直接稽古をつけてもらえるなど、滅多にないぞ。期待している」
クリウスは頭をかきながら苦笑した。
「ええ、”見習い”卒業できるよう頑張ります」
***
リートがクリウスへ木刀を放り投げる。
「まずは構えからだ。よく見ろ」
リートはクリウスが見慣れた無駄のない姿勢で剣を構えた。
「真似しろ」
クリウスは姿勢を低くし、同じ構えを取る。
「こうか?」
リートはニヤリと笑った。
「いい構えだ。あとは実践あるのみ。かかってこい!」
(やっぱこうなるよな……)
どうやらリートは“教える”という行為に慣れていないらしい。
――だが。
「やるなら勝つ気でいくからな!」
クリウスは地を蹴った。
「そうでなくちゃな!」
リートは右へ左へと攻撃を交わした。
「おりゃあ!」
クリウスは必死に振り続けるが、木刀は掠りもしない。
「踏み込みが甘い。そのままじゃ一生当たらねぇ!」
リートがふっと姿勢を崩したかと思うと、木刀を下から突き上げる。
刃先がクリウスの顎を捉え、クリウスは空へと跳ね上がった。
「そこまで!」
訓練場に響き渡る声。
ロロイが現れた。
「クリウス。まだまだ剣の扱いが甘い」
「す、すみません……」
ロロイはリートへ振り返る。
「リート殿。私も試してみたい。《パンドラ》にどこまで通じるのか」
挑むような笑み。
「いいぜ、団長さんよ」
リートも不敵に笑った。
***
リートとロロイはお互いに向き合い、構えを取る。ロロイは落ちていた木刀を拾い、無駄のない構えを取っていた。
――瞬間。
クリウスの目から、二人の姿が“消えた”。
カンッ!
木がぶつかる音が訓練場に響く。
リートとロロイは鍔迫り合いをしていた。
だが、押していたのはリートだった。
「すまんね、団長さんよ」
リートの姿が消え、ロロイの死角へ出現。
刃が届く――。
「あれ?」
リートの攻撃はあたらず、木刀は空を切った。
「完全な死角のはずなんだがな。……固有魔法を使ったな」
リートが視線を向けると、ロロイは少し離れた場所に立っていた。
「許してください。こちらも必死なんですよ」
ヒュンッ――。
リートは言葉が終わるより速く、鋭い突きを繰り出す。
だが、ロロイは難なく回避する。
リートの背後から声が響いた。
「私の固有魔法、《フォーシー(予見)》。発動中、私には“これから起こる動き”が数秒先まで見えます。」
ロロイが木刀を振りかぶる。
刃先がリートの腹に直撃し、リートは吹き飛んだ。
「私は帝国最強の騎士、と言われていますので」
だがリートは何事もなかったかのように起き上がった。
「なるほど、強い魔法だな」
「全力で振りましたが……さすがです」
ロロイは冷や汗を流し、ニヤリと笑った。
「ですが、私にあなたの一撃は届きません。どうしますか?」
リートも笑った。
「団長さん、固有魔法使っていいんだよな?」
掌に炎が灯る。
次の瞬間、未来を見たロロイが目を見開く。
「くそっ!」
ロロイが後方へ跳ぶ。
「もう遅い……」
リートが炎を突き出す。
「《マース(火の星)》」
ゴォォォォォォ!!
訓練場いっぱいに火球が膨れあがり、“それ“はまるで炎でできた星のようだった。
その熱気は凄まじく、遠く離れたクリウスにも届いた。
「団長を殺す気かよ!」
クリウスが叫ぶ。
その瞬間、火炎は一瞬で消えた。
呆然と立つロロイ。
「中の熱は抑えた。安心しろ」
リートが親指を立てる。
「伝説には敵いませんね」
ロロイが歩み寄り、深く頭を下げた。
「お手合わせ、ありがとうございました。リート殿」
二人はガッチリ握手を交わす。
「いつでも挑戦してこい!」
リートが笑う。
「もう懲り懲りですよ……」
ロロイは苦笑した。
「さあ、クリウス。稽古の続きだ」
リートが振り返る。
クリウスはそっと一歩下がった。
(マジで……俺、死ぬんじゃないか……)
クリウスは青ざめたーー。




