九十四節 終戦
明けない夜はない。
どんなに願っていても朝は訪れます。
兄上は第二騎士団の騎士団長たる白い軍服に、白い外套を纏いました。
そして宿のある部屋に向かいます。
そこにいたのは黒い軍服を纏う女性。
彼女は兄上の差し出した手を迷いなく取った。
歩き出したその先は、喜哉の城外。
高い城壁の門をくぐり、そして眼前に広がる対比するような色を見ました。
白と黒の軍旗が強い風に左へとなびく。
強い風は冬の匂いを吹き飛ばします。
大陸新暦175年。
間もなく春が訪れるこの時期に、第三次全面戦争は幕を下ろそうとしていた。
そして、彼女……光さんが春の国に来てから、もう間もなく三か月の時が過ぎる。
兄上が最前線まで連れて来た光さんの姿を確認した冬の国の軍団は、先ほどまで明確に春の国に向けていた殺気を抑え込んだ。
真っ白な我が国の軍服に、たった一人の黒い軍服。
異物感があるはずなのに、何故かそれを感じられなかった。
国境を越えた先を見れば黒い集団。
黒い集団の中に、ポツリと一人見える白。
ほとんど傷など見られないその女性。
白色に対して、我が国の騎士たちも同じ反応をする。
そして、兄上と共に歩く彼女も、ホッとしたような息を漏らした。
「あちらの白い軍服は間違いなく香さんですね」
兄上の言葉に彼女はコクリと頷きました。
「ええ……殿下が連れてきて下さったようです」
そう言って光さんが向けた視線の先は、白い軍服を纏う、我が国の軍人秋里 香。
と、その隣の、明らかに周りよりも装飾が細かい黒い軍服の男。
「ふふっ、本当に、あの御方は分かりやすい」
笑いながらそう言う光さんに、何故か国境を挟んだ反対側の人間たちがざわついていた。
まあ、こちらでも、同じことが起きていますが……。
ちょっと、殺気が凄いことになっておりますよ、綾人さん。
と、内心で思いつつ、ちらりと見たのは隣に整列する第一騎士団。
最前列でイライラを抑え込めない顔で相手方を見る綾人さんと、呆れつつ何かを言っている千歳さん。
唇だけ読むならば『落ち着いてください、ここでキレても香さんは帰ってきません』という感じですかね。
ふと、視線をすぐ横の光さんと兄上に向けます。
私と兄上が光さんを挟むように歩いておりましたが、光さんがふと兄上に視線を向けました。
「私を……一軍人として扱ってくださり、ありがとうございます」
光さんの言葉に、兄上は少し驚いた顔をしてからふわりと柔らかく笑います。
「当然のことです。貴女は素晴らしい『軍人』で『騎士』ですよ」
兄上の言葉に光さんは笑います。
彼女は胸ポケットから出したものに、つい目が行ってしまいました。
兄上が作った薔薇の形をした、人造魔石。
それを見ながら光さんが複雑そうな表情をしました。
「一つ、黙っていたことがあります」
光さんがその人造魔石を兄上に差し出しました。
「我が国では、男性が自分で作った魔石を、装飾して女性に渡すのは『求婚』を意味します」
なんとなく、そう思っていたので、驚きはしませんでしたが、兄上はそのまま差し出された光さんの手に人造魔石を握らせます。
「何となく、想像はついておりましたよ」
「よろしいので?」
「おや、三年以内来なかったら貴女を攫いに行くと言った、私の言葉を信じておりませんか?」
「ふふっ、信じていないどころか、本当にやりそうで困りますね」
光さんは嬉しそうに握らされた手の物を胸ポケットへと戻しました。
「清澄さん、なら私も貴方に残しましょう」
そう言った瞬間、光さんが反対側の手のひらを上に向けました。
ブワッと黒い靄のようなものが沸き上がり、一瞬にして周りの殺気がこちらに向いて来た。
特に冬の国の軍は、光さんの魔法の色に、ほとんど人間が剣の柄を握っておりました。
ただ、光さんが制止するような仕草をしたので、冬の国の人間たちはそのまま止まりました。
シュルシュルとその黒が集まり、徐々に形を作っていきます。
兄上が作ったように、花の形が浮かんできました。
まるで椿のような形の黒い魔石。
宝石と言っても過言ではない黒曜石のような輝きに、思わず凝視してしまいました。
「男性から魔石を受け取った女性が、今度は自分で作った魔石を返すと『求婚を受けます』との意味になります」
そう言って差し出した黒い花を兄上はそっと受け取り、そして手のひらで転がしました
「三年以内に、終わらせます」
光さんの言葉には決意が籠っております。
浮かべる色が圧倒的な黄色……自信なのが彼女らしいです。
「ふふっ、そこまでは待ちますよ」
兄上の穏やかな返答。
浮かび上がる二人の色が混ざり合うようになっていくのが、非情に綺麗でした。
ただ、あの、すみません。
後ろにいる我が団の騎士たちも含め、全員、萌禿げそうで、ニヤケそうなのを必死にこらえております。
パンッ、と一発の空砲が空に放たれました。
冬の国からの空砲でした。
パンッ、とまた空砲。
今度は春の国からの空砲です。
両軍、準備が出来たのを示す音です。
「では、また会いましょう」
光さんはその言葉と共に、前に出ました。
同じように眼前の黒い集団から白い一人が進み出ます。
軍団から抜け出た二人は荒野の風を一身に受け、黒い髪と赤い髪が風に攫われるように靡きます。
二人の歩く音と、ビュービューと吹き荒ぶ風の音だけがこの戦場に響きます。
春の国も、冬の国も、言いようもない緊張感が走ります。
歩みを進め続けた二人が、足を止めました。
国境。
その場所が見えない線を引かれた、別れの場所。
見つめ合う二人が姉妹だと知っている。
黒色と紅茶色の髪。
黒と白の軍服。
対局のような色を持つ二人が、そのまま抱き合った。
誰も、何も言えなかった。
我ら春の国の人間は、白の軍服の彼女が姉と弟を探し続けた事実を知っている。
そして、黒の軍服の彼女が妹を探し続けた事実を知った。
チラリと横の第一騎士団を見た瞬間、ぐっと奥歯を噛み締めるような綾人さんの表情が見えた。
逆も然りだろう。
冬の国の人間たちは、黒の軍服の彼女が妹を探し続けた事実を知っている。
そして、白の軍服の彼女が姉と弟を探し続けた事実を知ったのだろう。
誰も何も言えず、ただ、二人の抱擁を見つめる事しかできない。
風が止んだ。
二人の靡くような髪が治まり、二人がスッと身体を離す。
互に振り向くことなく、国境を越えた。
こちらに向かってくる白い軍服の彼女は前を向いている。
でもまた吹き出した風に攫われる宝石のような輝き。
目から零れ落ちるものの意味はたくさんあるだろう。
そう、彼女は会えたのだ、たった一瞬だけだが、自分の探し続けた姉に。
零れた涙は止まらない。
彼女が真っ先に向かったのは綾人さんの所だった。
ボロボロと零れる輝きを隠すかのように、その胸に飛び込んでいくのだった。
ふと、視線を隣に向けました。
兄上は真っすぐに前を見ています。
同じように視線を向けた先で、黒い集団に吸い込まれる黒の彼女。
ふと、兄上の視線に気が付いたのか、光さんを迎え入れた集団の男たちが兄上を見ます。
次の瞬間、彼らは兄上にスッと頭を下げました。
軍帽をとり、そのまま頭を下げたのは全員黒髪でした。
彼らはすぐに頭を上げ、そして振り返ります。
そして私たちも振り返り、喜哉の城壁へと進み出ます。
第三次全面戦争は、こうして幕を閉じたのでした。




