九十三節 想い
時間というものは刹那の出来事。
そう、想わざるを得ないほど怒涛の一週間だったと言えます。
春の国の喜哉にはかつてないほどの緊張感が所狭し、と張り付いております。
明日の朝、春の国と冬の国は人質交換を行う。
我が国は王族の騎士団を除く、四騎士団全てが喜哉に集結しております。
逆に冬の国の国境の町、土門でも同じように四師団が集結しているのでしょう。
もう空には月が昇っております。
喜哉を守るように展開される結界。
私は眠れそうもありませんでしたので、城壁の上からその結界を眺めておりました。
「あれ、昌澄くん?」
響いた声に視線を向けましたら、小柄な女騎士の姿が目に入りました。
「千歳さん」
彼女はフッと笑いながら私の側に来ました。
「昌澄くんは見回り?」
「いいえ、眠れないので散歩にきました」
「あ、私と一緒だ」
そう言いつつ、千歳さんが見た先の建物。
私や兄上をはじめとする第一騎士団と第二騎士団の人間が泊っている宿です。
「光さん……帰っちゃうね」
千歳さんの言葉に私はただ頷きます。
ある程度魔力を感じられる人間ならば誰がどこにいるか分かるでしょう。
私は兄上と同じ部屋で寝泊まりしておりますし、千歳さんは光さんと同じ部屋で寝泊まりしております。
私と千歳さんは同じ気持ちで部屋を開けたのでしょう。
もう会えなくなるであろう二人に、最後の時間を与える。
「私さ、清澄様……じゃなかった」
千歳さんはそこで言葉を区切りました。
兄上をはじめとする騎士団長達から、千歳さんは『様』付けを止めるように言われたのです。
まあ副団長である千歳さんが『様』付けしてしまえば他人間たちも真似なければならない。
そう言われれば千歳さんも納得して直そうとしている。
「清澄くんにお似合いな女性って香様ぐらいしか想像つかなかったんだよね」
突然の千歳さんの言葉に、私も思わず頷いてしまいました。
綾人さんの従妹である秋里の姫君。
秋里 香。
才能、頭脳、家格、どれをとっても兄上に相応しいと言わざるを得ない方でした。
少し年下ですが、兄上と四歳差の彼女が兄上と婚姻し、朝比奈家へ来ると私も疑っておりませんでした。
ですが、兄上が見初めた方は敵国の将校であり……その香さんの実の姉である一条 光。
「でも、今は光さんの方がお似合いで、なんというか……二人が結ばれて欲しいと思うの」
千歳さんの言葉に、想わず頷きます。
ただ、私の脳裏には綾人さんと澪さんの会話が浮かんできます。
そして――兄上の穏やかな顔も思い出します。
「……もしかしたら、兄上と光さんは結ばれるかもしれませんね」
思わず、出てしまった言葉に、千歳さんが驚いて私を見てきます。
ジーっと見られることに気まずい気がして笑いました。
「冬の国が変わり、我が国と国交を結べば、可能性はあるかな、と」
苦し紛れで言った言葉ですが千歳さんは「そんな未来があれば、いいのにな」と小さく呟きます。
「私も、そろそろ実を固めなきゃだから困るんだよね」
突然の言葉に思わず隣をギョッとして見てしまいました。
千歳さんは何気なく言ったことですが、私にとっては物凄いダメージ受けそうな言葉です。
「身を?」
「うん。昌澄くんにはバレちゃったから話すけど、私の『血統魔法』は機密情報。今、私と父以外で、能力者は出ていないんだ」
千歳さんの言葉に、冷たい水を一気飲みしたように、胃がキュウっとしまったような気がしました。
『血統魔法』を持つ家の人間に必ず付きまとう責務。
次代を産み、能力を継がせること。
我が母は四人の息子を産み、四人とも『血統魔法』を継いだ子を産みました。
綾人さんの母上は命がけで子を産み、『血統魔法』を継いだ綾人さんを産みました。
子を産んでも能力が継がれない可能性だってあります。
ですから、千歳さんに掛かる重圧の深刻さを一気に理解してしまいました。
「本当は、もっとゆっくり探したかったけれども、そろそろ限界だし、今回の褒賞で旦那を紹介してもらおうかな、って思っている所」
ふふっと笑った千歳さんは何処か寂しそうで、思わず、彼女の手を掴みました。
ええ、ここで言わねばダメな気がしました。
「ん?どうしたの?」
キョトンとする千歳さんに、目の前で、その両手を掴んで真っすぐに見つめます。
コテンと首を傾げる動作は可愛いですが、私は全くと言っていいほど意識されていないのが伝わってきます。
「千歳さん、私では、ダメでしょうか?」
私の言葉に千歳さんは「え?」と小さな言葉を漏れ出して、そして固まりました。
ですが、抵抗しないことをいいことに、攻め切ろうと思ってしまいます。
ええ、我が家の家訓は『押してダメなら押し通せ』です!
「千歳さんよりも年下ですが、次男ですから婿入りできますし、弟たちもいますから私一人居なくなっても問題ありません」
「え、えっ?」
「これでも副団長務めておりますので、優秀な方だと自覚しております」
「え、えっと、充分、優秀なのは、知っています、けど?」
「『血統魔法』の能力が継がれるかは少々心配かもしれませんが、我が家は歴代子だくさんですから何人かは発現するでしょう」
「えっ!?」
急に千歳さんの顔がボンっと赤くなりました。
「え、えっ!?ちょ、え!?昌澄くんっ、ちょっと、冗談は!?」
「いいえ、冗談ではなくいたって真面目です。」
「えっ!?」
「士官学校二年生の時から貴女が好きです、千歳さん」
「えっ!?士官学校、二年!?」
「貴女に慰められて、私は自信を持ちました」
「慰めっ!?」
「千歳さんと話をするたびに、どんどんあなたを好きになりました」
「待って、待ってっ!?」
「待ちません。というより待てません」
「ちょっ、えっ!?」
「貴女のことが好きです千歳さん」
一気に言い切ったところで、千歳さんが涙目で真っ赤になって私から逃げようと手に力を込めているのが分かりました。
でも離したら逃げてしまいそうで……あと千歳さん、力無さすぎじゃありませんかね?
私、非力な方ですが、結構簡単に掴んでいますよ?
「ちょ、ちょっと整理させて!」
「ごふっ!」
その瞬間、急に腹に一撃が入りました。
みぞおちに入り込んだ蹴りが、思った以上に痛いです。
……ただ、急所を狙わないでくれたのは千歳さんの優しさだと思います、多分。
「えっと、え?昌澄くんって、私の事、好き、なの?」
動揺した声でそう聞いてくる千歳さん。
痛いですが、何とか気力を振り絞って答えようとした瞬間でした。
「次男坊はいっつも千歳しか見てなかったよ?」
「大体、分かりやすいほどアプローチしてたじゃねぇか」
突然の声に、思わず顔を上げました。
何故か、笠谷先輩と綾人さんが立っていました。
しかも、何かケーキらしきものをホールにフォークを直接差しながら食べている二人。
どういう状況でしょうか??
「偲先輩!?綾人団長!?」
千歳さんの叫び声が響きました。
「昌澄の兄上、ヘタレだから~」
「そうそう、偲さ~ん、綾人さ~ん、紅茶持ってきたよ~」
ついでに響いた双子の弟たち……遠澄と維澄の声。
弟たちが紅茶セットを持って、何故か喜哉の城壁の上で菓子パーティーになっておりまして意味が分かりません。
「千歳、とりあえず、僕の隣においで~」
真っ赤になった千歳さんがテクテクと笠谷先輩の隣にストンと座って、そしてぎゅうっと笠谷先輩に抱き着きます。
「追い打ち掛けるわけじゃないけどさ、次男坊は昔から千歳しか見ていないよ?僕に嫉妬していたぐらいだし」
「うぐっ!」
笠谷先輩の言葉に思わずダメージを受けました。
仕方ないでしょう、貴女のことを男性だと思っていましたし、今みたいに抱き着いている所を何度も見てしまったのですから。
「あと俺にも睨んできてたよな~」
「うぐっ!」
綾人さんからの追撃に、思わずまたダメージを喰らいます。
仕方ないでしょう、貴方のスキンシップ過多で、千歳さんの頭を撫でるのを何度も見てしまったのですから!
「昌澄の兄上、昔から千歳さんしか見ていないし~」
「あ、士官学校に入った年に『凄い可愛い子が居たんです!!』って父上に報告していたよね~」
「うぐっ!」
弟たちの黒歴史暴露に、私のライフがゼロになりそうです。
「ね~、千歳。このままだと次男坊が可哀そうなことになっちゃうよ?」
楽しそうな笠谷先輩の声にゆっくりと顔を上げました。
笠谷先輩に抱き着いていますが、耳まで真っ赤な彼女がチラリと私を見ます。
「……お、お友達から、で」
擦れる声で何とか言ってくれた言葉にその場でガッツポーズしてしまったのは仕方のないことでしょう。
まあ、私はこの後、ことあるごとに千歳さんをデートに誘うのですが、それはまた今度にします。
ただ、喜哉の城壁の上で、よく分からないティーパーティーは思いの外、楽しかったです。
明日、一章完結予定です!




