九十二節 首輪を嵌める
Side 天翔宮 朱子
ゴーン、ゴーン、ゴーンと三回の大きな鐘の音が鳴った。
処刑が終わった時の鐘の音だ。
この喜哉に要る罪人は私と百合しかいない。
だとしたなら、この鐘の音は……。
出そうになる涙を溢さないために、上を向いた。
私に泣く権利などない。
喜哉の城内にある貴族牢に入れ込まれて早六日。
私の処遇については何も聞こえてこない。
もしかすると、両親が処遇に困っているのかもしれない。
「早く、処刑を言い渡せばいいものを……」
思わず呟いた言葉は静寂に包まれる部屋に反響した。
すっとない腕の付け根に触れた。
私の右腕は治癒魔法ですら戻らなかった。
肩から下の腕は丸っきり無くなってしまった。
禁術を使ったからその腕はもう動かないのは分かっている。
でも、罰とでも言うように、右腕が無くなった。
残る左手には白石の腕輪が付けられている。
ただ、人間は最悪フォークでも死ねるというのを私は知っている。
「……もしも生かされるようなことになったら、自分で終わらせる」
だから、百合、瑠璃子、ちょっとだけ待っていてくれ、と小さく呟いた。
コンコン、と小さなノックの音が聞こえた。
返事をせずとも入ってくるだろうと、視線を向けるが入ってくる様子が無い。
「誰だ?」
そう尋ねれば、扉がガチャリと開く。
「姉上」
扉が開いたところで、その場に立っていたのは弟だった。
正装姿で、その後ろには四騎士団の団長・副団長が並んでいる。
つまり、私の処遇を伝えに来たのは弟――慈光宮 昆明だということだ。
「まだ、私を姉と呼ぶのか、昆明」
「ええ呼びます、姉上」
「お前は優しいな」
ただ、その優しさが、心を壊さないか心配だった。
弟はスッと顔から穏やかさを消して、王族の顔に変わる。
「天翔宮 朱子。此度の内乱に加担した罪により、王都の北塔への幽閉とする」
弟の言葉を、一瞬理解できなかった。
北塔への幽閉。
幼き頃、弟が幽閉された離宮。
「……ああ、なるほど。魔力を供給し続けろという事か」
複雑なことに、さっきまで死ぬ気でいたのに、私は一気にその決断ができなくなった。
罪人であろうとも、王家の血を引く私が北塔に居れば、姪や、弟が担う結界の負荷を減らすことになる。
この期に及んで死ぬことが出来なくなる首輪を嵌められるなど、思ってもいなかった。
「生かすのか?私を」
「ええ、生きて、王都の結界に魔力を充填し続けてください」
冷酷に言い切った弟に、思わず笑いそうになった。
その手が震えているのに気が付いていたからだ。
「あと……姉上に私は楔を打ち込もうと思います」
弟が急に言葉を和らげた。
「楔?」
「ええ、姉上が死ねないように」
どういう意味だ?と口にしようとした瞬間、進み出てきたのは第三騎士団団長。
私の婚約者だった、吉川 成哉。
「吉川団長が今回の功績で与えられる褒賞の代わりに願い出たことがあります」
弟の言葉に、多分婚約破棄だろうと思った。
私の免責で、成哉は新しい婚約者を探すのだと漠然と思った。
だから成哉に向かって笑った。
お前には未練などない、そう思わせるように。
「姉上との婚約継続と、自由面会権を吉川団長は望みました」
「は?」
昆明の言葉の意味を理解できずに私は成哉を見るが、彼は表情を変えない。
「こんやく、けいぞく?」
思わず呟いた言葉に、一気に思考が回った。
「何を馬鹿なことを!早急に破棄し、次の婚約者を見つけろ!」
「破棄もしませんし、次も考えません」
「お前は五家の次期当主だろう!責任を果たせ!」
「その次期当主は弟に継がせることが昨夜決まりました。吉川家の総意です」
ぴしゃりと言いきられた言葉に意味が分からなかった。
成哉が次期当主から降りた?
弟が継ぐ?
吉川の総意?
意味が分からず頭の中がグルグルしている。
ただ、その間にすぐ近くまで昆明が来ていた。
「あと、百合子さんは生きています」
ポソッと言われた言葉に思わず昆明を凝視した。誰にも会話が聞かれないように、防音魔法を展開しているのが分かった。
「彼女は姉上の為に名も、身分もすべて捨てて『月影』に入ることになりました」
弟の言葉に息を呑んだ。
『月影』。
王家の影。
王族直属の諜報部隊。
時と場合によってはその身体すらも任務に使われる人権など存在しない王家の『闇』。
「指揮権が移ったのを姉上は知らなかったでしょうが、今の『月影』の責任者は俺です。百合子さんは『月影』として生きています」
昆明の言葉に何も言い返せなかった。
生きている、と果たして言えるのか。
『月影』がどんな部隊か、知識としては知っている。
昆明が責任者ならば、意に添わぬ命令はしないと思いつつも、王族の務めとして昆明自身が意に添わぬ命令を下さざるを得ないときがくる。
「百合子さんが『月影』に入ったのは、姉上を生かすためだ。その気持ちを無下にするようなことを、姉上は出来ない」
昆明の言葉にグッと奥歯を噛み締めた。
もし、私が死を選んで楽になっても、百合は隷属契約で死ぬことも出来ずに使い古される。
私が生きることで、百合への希望になるというのが、昆明は分かっている。
「悔しいが、お前の方が上手だったな、昆明」
「ふふっ、姉上を出し抜けたのは初めてですね……まあ、この策の土台を考えてくれたのは昌澄で、俺はそこから肉付けしただけです」
「だとしたら、昌澄のような友を持ったお前が凄かったな」
思わず笑ってしまった。
完敗だ。
何も言えなくなった私に昆明が真っすぐな視線を向けてくる。
「姉上、これより王都の北塔へ姉上の身柄を護送致します。第二騎士団の団長、副団長が担当いたします」
昆明の言葉に清澄と昌澄が頭を下げる。
私はゆっくりと二人の方に歩き出した。
何か言いたそうな成哉に、私は何も言えずに視線を逸らした。
清澄と昌澄に両脇を挟まれて目を瞑った瞬間に来た場所はうすら寒いその場所に、パチパチと炎の跳ねる音がした。
私をこの場に連れて来た二人は頭を下げてからまた転移魔法で消えていく。
二人が消えた先に見えたのは暖炉だった。
パチパチと跳ねる火の粉は、少しずつこの部屋を暖めていく。
「朱子様、お待ちしておりました」
青年の声が響いた。
下げていた頭が上がった瞬間、私は息を呑んだ。
銀色の髪と、赤い瞳を持つ少年と青年の間の男。
その表情は暗く、瞳には生気がない。
「冷泉……」
「その名は捨てました」
ぴしゃりと言い切った彼は私を見ながら複雑そうな表情をしていた。
「家名は捨てました、昆明殿下の恩情により第三王子付きの事務官となりました親芭と申します」
すっと頭を下げた彼を見て、少し吊り上がった目が、彼の姉である百合とよく似ていた。
「百合の……」
「ええ、弟でございます」
家名のことはすぐさま否定したが、百合の弟であることは否定しなかった彼。
「姉上は……苦しまずに逝けたでしょうか」
「……分からない」
苦しまずに、居られるか、本当に分からない。でも彼は何も言わずに笑った。
「足りないものがありましたら手配いたしますのでお申し付けください。まだ使用人等の手配が追い付いておりませんので、二日ほどご辛抱ください」
そう言った彼はそのまま部屋を後にした。
「……なあ、百合……お前、勘違いしていたんじゃないか」
ポツリと呟いた言葉に答えはない。
『弟は私を姉なんて思っていないさ』
百合の言葉が胸に突き刺さる。
なあ、百合。
お前の弟、どうみてもお前を慕っているし、尊敬しているぞ。
それに、誰よりもお前の『死』を悼んでいる。
そう言いたい言葉を押し込めて、誰も見ない暖炉の前で、私は涙を溢した。




