九十一節 悪友
翌日からの忙しさは目が回りそうでした。
ええ、何せ騎士団の一団に近い人数の謀反人が出まして、ついでに言えば、牢が足りない騒ぎで、転移魔法を使える私や兄上は一日に何往復も喜哉と王都を行ったり来たりです。
そんな生活も三日目になりまして、その日の朝、正装の昆明が私の部屋に来ました。
「悪いんだけど、今日は俺に付き合ってもらえない?」
ニコッと笑う昆明。後ろの兄上が何も言わないということは、決定事項なのでしょう。
「どちらへ?」
「地下牢」
あっさりと答えられた言葉に、どちらの地下牢を指すのかと思い、昆明を見つめます。
喜哉に残る罪人は二人。
冷泉 百合子と、天翔宮 朱子。
「両方とも。先に冷泉、あとから姉上」
昆明の言葉に、冷泉 百合子が『毒杯』を賜るという話を思い出しました。
つまり私は、その『毒杯』を作るための……そうは思っても、私は黙って頭を下げるだけです。
昆明の後ろを歩きながら喜哉の城の中に作られた地下牢へと階段を下ります。
貴人用の貴族牢と、一般牢に分けられるが、昆明が向かったのは一般牢だった。
騎士たちが立つその牢の前で昆明は足を止めた。
鉄格子が嵌められた石造りの牢。
一応ベッドは置かれるが、貴族であった彼女にはきつい場所かもしれない、なんて思いながら牢の中を見た。
白銀の髪に、シャツとズボンだけの女。
その赤い目が、私と昆明を捕えた。
「これは昆明殿下……どうやら私の処分が決まったのですね?」
ニコリと笑う彼女――冷泉 百合子は穏やかな声でそう言った。
カチャリ、と響いた音が白石の腕輪の音で、彼女は完全に魔力を封じられているのだと分かります。
「ええ、決まりました。『冷泉 百合子』。
貴女は処刑となります。本来なら、貴女は王都で公開処刑の予定でした」
「予定?」
「ええ。ですが、貴殿の弟君が自らの両親の悪行、家の悪行、全てを告発し、尚且つ『冷泉家』の貴族位を国に返納することであなたへの助命嘆願を行いました」
思わぬ言葉に彼女は驚いたように目を丸くします。
その唇が小さく『うそ』と動いたのも見逃しませんでした。
「ですが、事の重大性を加味しても、貴女を生かすことは不可となりまして、『毒杯』を与えることでまとまりました」
「ああ、だから朝比奈の次男がご一緒なのですね」
そう言った彼女は覚悟していたらしく、どこか穏やかに笑いました。
スッと立ち上がった彼女はズボン姿のまま膝をおって頭を下げた。
カーテシー。
なんとも美しく、毅然とした礼だった。
「ご恩情、感謝いたします。ありがたく『杯』を承りますわ」
彼女の言葉に、私が出来ることはせめて苦しまない『杯』を作ること。
そうするべきなのだと思い、ちらりと昆明を見ますが、昆明は私に指示を出しません。
「……ここからは貴女と取引をしようと思います」
昆明の言葉に私は驚きました。
ただ、この牢の前で警護する二人の騎士はまるで微動だにしない。
そこでハッとしましたが、この騎士たちの顔を私は知りません。
思わず昆明を見ますが、昆明は真剣な顔のままでした。
「取引?」
「そうです百合子さん」
ニッと笑う昆明の表情はいつものようなものではなく、完全に王族の顔でした。
「兄上の姫に『王族の血統魔法』が発現したのはご存じですよね?」
昆明の言葉に彼女は何も言わずに頷いた。ただ、昆明に対しての不信感なのか、紫色を浮かべた。
「そして来月発布の法があります。姫殿下への継承権が認められることになりました」
その言葉に、彼女ハッと息を呑んだ。
そう、来月、春の国全体に大々的に公布される事実。
『完全長子相続制度』
男であろうが、女であろうが、長子が家督を相続する制度。
「朱子、様の……念願が、叶ったのですね」
穏やかな顔で笑う彼女は罪人らしさなど全く感じられない。
むしろ、やり切ってしまった人間のような……明日を考えずにいるようにしか見えない。
「これにより俺……いや、『私』慈光宮 昆明の王位継承権は第四位から第八位になる」
昆明は迷いなく八位と言ったけれども、そのすぐ上の七位が朱子殿下を指すのだとすぐに分かってしまいました。
「これで、『私』は完全に王家の影に徹することができる」
昆明の言葉に、彼女が大きく息を呑みました。
「影?」
「国の諜報を専門とする機関。『月影』」
そう言った瞬間に、騎士二人が牢の方を向き、昆明へ『従属』表すように跪く。
「彼らは月影の隊長と副隊長。そしてここから『冷泉 百合子』、君との取引だ」
余りに冷たい昆明の声に、私は何も言わずに口を閉じます。
王族としての昆明を知っております。
ですが、『月影』を私の前で語るというのは、私が昆明の『共犯者』として選ばれたのだと、心なしか嬉しい気持ちもあります。
何もかも背負おうとする親友は、どうやら私を少しだけ頼ってくれているようです。
「君の『転移能力』を我ら『月影』が欲している。ここで働くならば、君を生かそう」
昆明の言葉に冷泉 百合子は目を真ん丸にして驚いていた。
「生かして……どうするのですか」
小さく聞こえた彼女の声は、微かに震えていた。
「隷属契約……俗に言う奴隷魔法で君を縛る。『私』の命に逆らえないように……」
そう言った瞬間に、跪いていた片方の騎士が、首のボタンを取り、シャツを緩めて首元を見せる。
赤黒い魔方陣がその首に浮かんだ。
「ふふっ、私を生かしたい理由は何ですの?」
少し震えながら、冷泉 百合子は尋ねました。
その質問に、昆明の表情に少しだけ影が落ちます。
「……姉上の、罪悪感を軽減させたい」
昆明の言葉に彼女はハッと息を呑みました。
「はっきり言う。俺と成哉さんは姉上を諦めない」
昆明の強い言葉に、彼女は驚きを隠せないでいた。
「成哉さんはこの先、十七年だろが姉上を待ち続けるつもりだ。でも、その時、姉上が自分だけ幸せになる道を選ぶわけがない」
はっきりと言い切った昆明の言葉に、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
「だから、俺の独断で、貴女を別人として生かそうとしている。『冷泉 百合子』の名を捨て、表に出ることは出来ない。それでも生きてれば、姉上の罪の意識は軽減される。だから俺は貴女を生かす」
昆明の手が、微かに震えているのを見ないことにしました。
だから私も、すまし顔でその流れを見守ります。
「冷泉 百合子。その命を姉上の為に捨てるな。『私』、慈光宮 昆明の元で、新たな人間となって、生きよ」
昆明の言葉に少し震えた彼女が、臣従するように膝を付きます。
心臓を捧げる意味で右手を左胸に。
この動きだけで、彼女が昆明に忠誠を誓ったのが分かります。
昆明が何か空中に魔法陣を書き始めました。
その魔法陣の文字の意味を理解してしまえば『従属』。
浮かんだ魔法陣がそのまま『冷泉 百合子』の首元に浮かびます。
「『我、慈光宮 昆明の名において、汝、冷泉 百合子の魂を束縛す。』」
昆明の言葉に反応するように、その魔法陣は彼女に首を突き刺すように飛んでいった。
「うぐっ、っ!」
苦しそうな彼女の声が響きます。
それを確認した昆明は踵を返して地下牢に背を向けます。
「後は頼んだ」
昆明の言葉に跪いていた二人が立ち上がり、地下牢の鍵を開けました。
チラリと見た彼女は、床に倒れておりました。
昆明が歩き出すので、その半歩後ろを歩きます。
正装をする昆明との約束事です。
「なあ、昌澄」
「なんでしょう」
「もしも、俺が死んだら『月影』はお前に任せる」
急に言われた言葉の意味を理解しきれずにしばらく考え込んでしまいました。
「はっ!?」
理解したところで出た言葉は、そんなところです。
「実は『月影』を俺が継いだのはつい最近。それまでは宰相閣下が務めていた」
「え?宰相閣下は……王族ではありませんよね?」
「ああ、亡くなられた伯父様の親友だったらしい」
そこでハッとしてしまいました。
国王陛下には三歳年下の弟君がおられました。
確か、八年前に亡くなられているはず。
「宰相閣下は伯父上と約束していたらしい。相応しい王家の子を見定めて、『月影』を託すと」
昆明の言葉に、今日私がここに来た本当の理由を理解しました。
「……もしも、『殿下』に何かありましたら、王太子殿下の御子で相応しい子が現れるまで、私が預かりましょう」
「うん、昌澄ならそう答えてくれるって信じてた」
「まあ、昆明が死なないように守りますよ」
「はは、頼もしいや」
そう言いながらも昆明の頬から落ちたモノを見ないことにしました。
ええ、彼が恋心を抱いていた相手が誰か知っている。
「お前は……さっさと千歳先輩を落とせよ、昌澄」
昆明の震える声を聞きながら、私は何も答えずに彼の頭をポンと叩きます。
私は、隣に並ぶことで彼の親友に戻るのでした。




