九十節 化け物
真っ暗闇の中、人の気配に目が覚めました。
まだ深夜……いえ早朝ですね。
起き上がった兄上、綾人さん、昆明も、吉川団長も起きられています。
「今日行くのか」
綾人さんの言葉に昆明が「仕方ないよね」と小さく呟きます。
「光さんも付いて行っているようですね」
「念のため様子見に行くか」
兄上と綾人さんはそのまま起き上がり、そして吉川団長を見ました。
「悪いが成哉、昆明は頼んだ」
「承知」
そう綾人さんが言った瞬間、何故か私は綾人さんに首根っこを掴まれました。
「え?」
「お前も行くぞ、昌澄」
そのままあれよ、あれよと、連れて行かれた病院の屋上。
僅かに聞こえる光さんと澪さんの会話に、ちらりと見た兄上が何とも言えない顔になっておりました。
その瞬間に、トン、と澪さんが屋上から飛びおりた。
「昌澄、城壁に転移してくれ」
綾人さんの言葉に驚きつつ、兄上の視線に気づき、そして頷きました。
差し出された綾人さんの手を取り、多分、澪さんが向かわれるであろう城壁の上に転移します。
喜哉は夜の間は昆明の作った防衛結界が貼られています。
日の出とともに解除されますが、澪さんが知らなったら一大事ですもんね。
なんて思っていれば、空が白み始めた城壁の上に、真っ黒い軍服を纏う、黒髪の女性が現れた。
「あれ?昌澄じゃん。あと、そっちは……」
そう言いながら黒髪の女性、澪さんは笑いました。
「初めまして、だな」
「うん、初めまして……噂の『綾人にいちゃん』かな?」
ニッと笑いながら澪さんは綾人さんの目の前に立ちました。
「ああ、妹が世話になっているみたいだな」
「ふふっ、妹さんを必死に守っているのは満……光の弟だし、兄貴たちだよ」
「そうか……」
「まあ、安心してよ。香は『殿下』が、めちゃくちゃ大事に守っているから」
「殿下?」
「あ、第二皇子殿下の正光殿下。権力はないけど、優秀な人なんだよ」
ニッと笑う澪さんは何処か試すような視線を向けてきました。
「香が安全ならいい」
「ソコは安心して……冬の男は好いた女を意地でも守るからね」
澪さんの言葉に違和感がありましたが、そこはすぐに飛んで行っていしました。
綾人さんをジッと見つめる澪さんの目が、どことなく悲しそうに見えたからです。
「聞いてはいたけど本当に香と同じ色だね。
『紅茶色の髪と、業火の目』」
そう言ってニヤッと笑う澪さんを見て思わず息を呑みました。
忘れていましたが、冬の国の将校で雷魔法に精通し、剣術に優れた軍人がいました。
黒い髪と、紫の瞳。
「『雷帝・鷹司』に覚えられているたぁ、光栄だ」
「『業火の秋里』には敵わないよ」
ニッと笑う澪さんにゾッとしそうになった。
『雷帝・鷹司』と呼ばれ、一つ前の第二次全面戦争で春の国が勝利しきれなかった要因。
殿で春の国からの追撃を、たった一人で退けた怪物。
彼女が、その『雷帝・鷹司』だと理解してしまいました。
ただ逆に、冬の国の理不尽さも垣間見えました。
『雷帝・鷹司』と呼ばれた怪物ですら、婚姻すれば軍人であり続けられない。
なんとも勿体ない気がしました。
「なるほどな……単身で春の国に乗り込む自信があったわけか」
「ま、ヘマしたけどね」
「で、ウチの国はどうだった?」
ニヤリと笑う綾人さんに、澪さんもニヤッと笑った。
「最高に優しい国だね。私の正体も調べずに、偲とか千歳と同じ部屋に入れちゃうんだから」
「そこは光の腕を信じただけだな。光の腕ならお前を止められるだろ?」
「正解」
あ、なんでしょう。
胃が痛くなりそうです。
なんだか明るい世間話の明るさで物凄い事言っています。
お二方とも。
「ついでに言えば、お前の隣に千歳を置いたのも念のためだ。ああ見えて、千歳は春の国で一番早い」
綾人さんの言葉に、確かに初動という意味では千歳さんは我が国最速と言っても過言ではないでしょう。
「へえ、見かけによらないね。まあ、強そうだと思ったよ?何せ抱き着いた時に、身体の筋肉のつき方が、相当に鍛えた身体だったからね」
え、抱き着いた!?
と突っ込もうとした瞬間、何故か私の心を読んだかのように綾人さんが私の頭を叩きました。
その様子に「あははは!」と笑う澪さん。
「いやあ、春の国は優秀な将校が多いよね。ウチと違って実力主義」
「いや、ある程度は血族主義だぞ?」
「だとしたら偲は叩き上げでしょ?」
「なんでそう思った?」
「だってあの子……平民ぽいからね、所作が」
「へえ」
「逆に千歳は中級ぐらいだろうけど貴族。君はボンボン、昌澄もボンボン」
「合ってる?」と笑いながら聞いてくる澪さんに、意外とこの人は人間を見ているのだと感じさせられました。
「だいたい正解」
「ふふっ、私の目もまだ落ちていないみたいでよかった」
そう笑った瞬間に、僅かな風が吹いた。
風に攫われるように靡く黒髪が、妙に目につく。
「さっきの話、どこまで本気だ?」
「え~、どういう意味?」
「お前たちは革命を起こそうとしているのか?」
綾人さんの単刀直入な言葉に、流石の澪さんも驚いて目を丸くした。
「う~ん、それを決めるのは光だね」
はっきりと言い切った澪さんに、思わず私も、綾人さんも驚きました。
そして澪さんはニヤリと笑う。
「春の国はどうか知らないけど、冬の国は五家の当主が相当の権力を持つの。
そして今の暫定当主は光。来年に弟が成人するから光がそれまでは一条の最高権力者」
そう言いながら笑う澪さんはとても楽しそうで、とても不敵な笑みを浮かべた。
「光が『国を変える』と言えば、冬の国を支える頭脳集団、一条が全て動く。光にはそのカリスマ性があるからね」
ニコッと笑う澪さんも、多分、光さんのカリスマ性に惚れこんでいるのだろう。
「で、『殿下』が立つと決めた。御輿の準備は終わった。あとは担ぎ手が立つかどうか」
そう言いながら澪さんが見た先は喜哉の中の病院。
「ずっと自分を押さえてきた光が、自分の意志で動こうとしている。なら私も動くし、周りはみんな動く……冬の国の一条の姫君、一条 光はそんな存在なの」
「俺の従妹殿は恐ろしいな」
「ふふっ、光の一番怖いところは、彼女に魅了された一条一族の団結力」
「へえ」
「冬の国の経済、政治、宗教、どの分野にも必ず一条の頭脳が関わっている。
その一族全員が惚れこみ、圧倒的なカリスマ性を持つ光の指示が出れば……分かるでしょう?」
フッと笑う澪さんに、綾人さんもフッと笑う。
一条一族……聞いたことはありますが、私の認識では『一条の闇』という血統魔法についてだけ。
でも、綾人さんの反応と澪さんの言いっぷりからすれば、他にも違う側面を持っているようです。
……というか、光さんレベルの頭の切れ者がぞろぞろいる一族ってことでしょうか?
何でしょう、うすら寒いどころか、氷点下で寒中水泳させられるような気分になってきました。
「俺の親友は中々高難易度の相手を好いたようだ」
「私の従妹もそうだよ……光は自分の価値を下げちゃうかな?」
「おいおい、俺の親友を見くびるな……そんな手を使わずともアイツは光を手に入れるさ」
ニヤッと笑う二人に、何故でしょう、寒気がします。
「え、ヘタレ?」
「いや、アレは根っからの紳士だ」
「へえ、弟の方はヘタレっぽいのに」
何故か澪さんと綾人さんの視線が私に向きます。余計なお世話です。
「まあ、どの道を選んだとしてもね、茨の道だよ。でも光がやると決めたら、『殿下』の為の御輿はあっという間に作られる。光なら出来るからね」
「じゃあ、精々俺は、従妹殿がやる気を出すように唆せばいいわけか」
「必要ないよ……だって光はもう決めているもの」
澪さんの笑い方は少し寂しそうで、でも誇らしそうでもありました。
「恋する女は強いからね。」
ちょうどその瞬間、朝日が昇り始めました。
綾人さんの業火のような鮮やかなオレンジが喜哉を照らし、そして喜哉を囲う結界がゆっくりと消えていく。
「じゃあ、私は帰るけどね、『またいつか会える日を楽しみにしているよ』」
澪さんの言葉に綾人さんは「またいつか」と小さく答えました。
トンと、喜哉の城壁から飛んだ澪さんは颯爽と冬の国へと走っていきます。
多分、抜け道があるようで、国境のある方向とは少し違う方に走っております。
「全く……とんでもねぇのが紛れ込んだもんだ」
呆れたような綾人さんの言葉に、逆に私は二の句が紡げなくなった。
「……というか、澪さんが『雷帝』」
「冬の国は隠していたみたいだがな、『女じゃないか?』って言われていたんだよ」
「ま、国家機密だけどな」なんて言う綾人さんは何処か楽しそうだった。
「昌澄、帰るぞ」
「あ、はい」
そう言って戻ってきた病院。
面倒だったので、病室の中に転移をしましたら、
「うわっ!?」と驚く昆明と、
「帰られたか……」と呆れる吉川団長と、
「おかえり」と笑う兄上が揃っておりました。
冬の国との人質交換まで、あと一週間。
ただ、兄上の表情が少しだけ柔らかくなっていたのに、少し驚きました。




