八十八節 いきぬき
Side 瞬木 千歳
なんでこんなことになっているのか……。
なんて叫びたいけれども、逆に警護する側なら、私だってこうすると思った。
喜哉の病院の一室で私はベッドに寝転んでいる。
私の隣のベッドには染色魔法を落としていない、金髪姿の光さん。
目の前には黒髪で肋骨が四本も折れていた澪さん。
その澪さんの隣……まあ光さんの目の前には偲先輩。
なんというか、私が物凄く場違い感のある部屋割りだ。
いや、私が第一騎士団の副団長になったから仕方ないのだけれども、どうしても慣れない。
「ああああ、暇!」
急に叫んだ澪さんに、ビクッと反応してしまった。
「澪、ステイ」
そう言いながら、暇つぶしらしき本を読む光さんは視線を本有向けたままそう言いました。
「でも暇なのは分かる。僕も暇」
そう言うのは偲先輩で、彼女は手慰みなのか、編み物をしていた。
偲先輩の編み物姿が似合わなすぎて、思わず二度、三度と見てしまう。
「ってか、偲は編み物上手いね~」
ジーと目の前の偲先輩の編み物を続ける姿を見る澪さん。
「昔は自分で編まないと服無かったからね。まあ、実際やるのは久しぶりだけど、まさか暇と言ったら毛糸と編み棒を渡されると思わなかったな」
苦笑いしながらも、手が動き続ける偲先輩。
「私も渡されたけど、編み物苦手~」
ケラケラと笑う澪さんに、私はなんというか、不思議な気分になっていた。
だって、考えてみて欲しい。
光さんの従姉とは言え、私と偲先輩は澪さんとこの病室で初めて会ったのだ。
しかも、互いに意識はなく、目が覚めたら同じ部屋。
偲先輩のコミュニケーション能力の高さと、澪さんのコミュニケーション能力の高さと、光さんのスルースキルの高さで、何故かこの部屋が和気あいあいとしている。
なんというか、士官学校時代の旅行の夜のような気分だ。
「そうだ、一つ聞きたいんだけど、一条さんは僕が女だっていつ気付いていたんだい?」
偲先輩の編み物をする手が止まった。
同じように光さんは読んでいた本から視線を上げ、偲先輩を見た。
「最初から、ですね」
「最初?」
「笠谷さんは手袋をしていませんから」
光さんの声に、偲先輩が編み棒を持つ自分の手をまじまじと見た。
「千歳さんには話しましたが、女性と男性は手の骨格が大きく異なります」
「ああ、確かに男の手は大きいね」
「ええ、なので最初から笠谷さんは女性だと思いました」
光さんの言葉に、喜哉の夜を駆け抜けた女剣士を思い出しました。
光さんは『女性の手』をよく見ているようにも感じました。
「へえ、それだけ?」
「ええ……あと、男装した女性を見慣れていたからですかね?」
そう言いながら、光さんがニコッと好い笑顔で澪さんを見ました。
ギクッと肩を揺らしてソーっと視線を逸らす澪さん。
「ん?澪が関係ある感じ?」
今度はニヤニヤと笑う偲先輩がジーッと澪さんを見ます。
「この馬鹿は従兄に変装して、第四師団の新人騎士たちボコボコにして、興味を持った従兄の親友が見に来たら、澪を見初めてそのまま婚約者にしちゃったからね」
「光!?」
「しかもこの馬鹿は最初に怒られると思って私の名前名乗った所為で、あわや私が篠宮さんの婚約者になりかけるわ、顔合わせさせられたら『お前誰だ』って威圧的に怒られるわ、私としたら澪と篠宮さんに巻き込まれて踏んだり蹴ったりだったらかね」
「ちょ!?」
「あと、私の名前語ってあっちこっちで悪戯したの、忘れてないからね?」
ニコッとすごくいい笑顔で澪さんを見る光さんは、めちゃくちゃ綺麗だけどめちゃくちゃ怖かった。
咄嗟なのか、澪さんが隣のベッドの私に抱き着いて来た。
「ちょっと、千歳!?光がいじめる!?」
「あ、澪。言っておくけど、千歳さんは澪より年上だよ」
「はっ!?」
「義貞とか篠宮さんと同じ年だって」
「え!?兄貴と成継と!?」
驚き続ける澪さんが、とんでもないことを口走ったのはその直後でした。
「待って、こんなロリロリな子が私より年上!?」
「ロリロリって何よ」
思わず、我慢できずに突っ込んでしまいました。
「いや、だって……」
その言葉に続いた視線が明らかに私の胸に向いている。
悪かったな幼児体形で!と叫ぼうとした瞬間、「そう言えばさー」と違う声が聞こえた。
その声の主、偲先輩に全員の視線が向いた。
「千歳に前々から言おうと思ったんだけどね?」
「はあ?」
偲先輩の切れ長な細い目が、急に鋭く私を見て来た。
「スットンっていうのはね、僕みたいな胸を言うんだよ!」
急な力説に、私も、光さんも、澪さんも、目が点になっていた。
「あのね、千歳はまだ市販でブラジャーあるでしょ!?」
「え、ええ、まあ」
余りの勢いに思わず返事をする。
世の中にはAカップは存在するし、確かに市販で買える、うん。
「僕は、ブラジャーいらないんだよ!というか、AAカップですら、埋まらないんだよ、僕の胸は!!」
衝撃的なことをいきなり言いだした偲先輩に、私はポカーンと開いた口が塞がらなくなった。
「周りの肉集めると、少しは盛れるよ?」
澪さんが空気を読まずというか、そんなことをキョトンとした顔で言う。
「僕には、集める肉がまず無いいんだよ!」
「はあああ!?そのスレンダーな腰持っててどんな贅沢な悩みよ!私なんて、逆にブラジャーババ臭いベージュとか黒とかしかないんだからね!」
「でもそれだけいい胸持っているじゃないか!」
「私はその引き締まった腰の方が欲しいわ!」
二人の言い合いがヒートアップしたところで、光さんが「はー」と大きなため息を吐いた。
思わず見てしまった光さんのご立派な……双璧。
「ひ、光さんもブラジャー、苦労しそうですね」
思わずそう呟けば、光さんはニコッと笑いました。
「ああ、私は高くても完全オーダーメイドで作っているので……」
「お、おーだーめいど」
なんか、セレブすぎる発言に開いた口が塞がらなくなってまった。
「澪だってそう言うの選べばいいのに、選ぶのがめんどくさいだ、なんだって言うから市販になるだけなのにね……」
「え?」
「伯母様も澪がちゃんと身体にあったの使わないって嘆いていたし……」
「はい?」
「まあ、その内、澪の旦那が自分好みの下着を送るんじゃないですかね、多分」
呆れたような光さんの言葉に、何というか、殿上人の一端を見た気がした。
まあ、この時は他人事のように思っていたが、そう遠くない未来で、自分が光さんの言っていた通りの経験をすることになるのだが、今は記憶の片隅に追いやっておけばいいと思う。
パタン、と本を閉じる音が響きました。
光さんの太陽眼が見た窓。
その先が喜哉の城壁で、彼女が見ているのは冬の国なのかもしれない、と秘かに想った。




