八十七節 決意
私が起き上がれるようになりましたのは、喜哉で起きた事件の三日後です。
私を含めます第一騎士団から第三騎士団の団長、副団長が軒並み重傷で、喜哉での戦後処理は第四騎士団の主導で行われることになりました。
「昌澄……この部屋割り、悪意を感じるんだけど!」
昆明の言葉に激しく同意したくなりました。
「まあ、警護の関係もあるかね。たまにはいいんじゃないか?」
兄上もにこやかに笑います。
「確かに、たまにはいいんじゃねぇか?だいたい、昆明。俺たち一人一人に警護付けたら騎士が可哀そうだろう?」
綾人さんの正論ですが、ポソッと隣のベッドで死んだ顔している吉川団長が「ここを狙いに来る猛者はいるのか?」と呟いておりました。
ええ、そうですよね。
ここに来たら逆に刺客の方の命が無いかもしれません。
ええ、ご想像の通り昆明、私、兄上、綾人さん、吉川団長の五名が同じ病室のベッドに押し込められております。
「それとも、昆明は女子部屋方に行きたかったのか?」
ニヤッと笑う綾人さんに「滅相もございません!」と叫んだ昆明。
女子部屋の方は千歳さん、光さん、澪さん……あと内緒ですが笠谷先輩が収容されております。
「じゃなくて、俺は部屋割りの話です!右、綾人さん!左、清澄さん!目の前、成哉さん!なんでこの部屋割り!?」
あ、ちなみに私の目の前は兄上、右に吉川団長です。
まあ、昆明の言葉に私たちは四人で目配せし合いました。
「「「「なんでって護衛でしょう(だろう)」」」」
「え?」
四名の揃った言葉に、昆明はポカーンという顔をします。
おい、王族。しっかりしろ。
と言いたいところですが、ガラッと開いた部屋の扉に、全員の視線が向きました。
「よお、元気か、悪ガキども」
ニヤッと笑いながら入ってきたのは騎士総長。
要するに、我々騎士団の最高司令官になられるお方だ。
思わず昆明以外の全員が立とうとしたが、騎士総長は手で制して「楽に」という。
「ご苦労だったな、お前たち。あと殿下もご無事で何よりです」
「ああ」
昆明は先ほどまでの陽気な顔から一転、『王族・慈光宮 昆明』の顔で騎士総長へ返事をしました。
「まず国王陛下より第一、第二、第三の騎士団長、および副団長に
『此度の件、よくやった』
とのことだ。」
騎士総長の言葉に我々は何も言わずに左胸に右手の拳を当てた。
昆明以外の四名の動きは揃っていただろう。
「続いて昆明殿下に国王陛下より伝言でございます」
「話せ」
「はっ!
『天翔宮 朱子は王都『北塔』にて幽閉。これは決定である』」
「っ、承知。」
昆明は言葉に詰まったようにそう答えました。
北塔。
そこは昆明にとっては思い出したくもない場所でしょう。
かく言う私のとっても思い出したくない場所です。
現に、昆明の握りしめる拳に、血が廻らなくなるほど指が白んでいる。
見た目は完全な離宮であるが、その場所の本当の目的は、そこに住まう人間の魔力を極限まで吸い取る魔の離宮。
その魔力は生かすギリギリまで奪い取り。王都の結界の維持に使われる。
幼き日の昆明が王都の結界維持の為だけに、幽閉された場所だ。
……だがその離宮は、昆明が術式を組み替えた。
罪人の為ではなく、一人で結界を維持しなくて済むように、王族が数日暮らすことで、結界を担う人間が王都の外に出られるようにしたのだ。
だからこそ、昆明は自分の善意が、人を裁く道具に変わることに動揺した。
「『冷泉 百合子については、冷泉家の嫡男より嘆願が届いて居る。
処刑ではなく、『毒杯』を与える。諸々は任せる』」
騎士総長が続けた言葉に、流石に我々も含めて息を呑んだ。
つまり、国王陛下は今回の首謀者を『冷泉 百合子』を含む一部貴族として、朱子殿下は御輿に担がれた存在だったことにするつもりだ。
これだけの大惨事を引き起こしたと思えば、やむを得ないとも考えられるが、部屋の空気は氷点下ほどまで冷え切った。
何か言わねば、と思った瞬間に、昆明の言葉が漏れた。
「……諸々?」
昆明の確認するような言葉に騎士総長はニヤリと笑われた。
「ええ、『諸々』」
その言葉に、昆明が笑った。
「承知しました。『諸々』処理したいと思います」
「ははっ!陛下は『昆明ならわかるだろう』と言っておりましたが、流石ですな!大きくなられた、殿下も、お前たちも」
そう言った騎士総長は何とも言えない顔で笑った。
「ああ、明日には全員この病室から出られるそうだから、今日までの休暇を楽しんでおくといいぞ!明日からバリバリ働かせるからな!」
あははは!と豪快に笑う騎士総長はそのまま病室から出られる。
シーンと静まり返った病室で、真っ先に声を上げたのは吉川団長だった。
「昆明殿下」
響いた吉川団長の言葉に、昆明は「はい?」といつもの調子で返事をした。
「……朱子様が幽閉される『北塔』とは?」
「ああ……魔力を限界まで奪い取られる離宮だよ。王都の結界維持の補助に使われている」
吉川団長はハッと息を呑んだ。
彼も昆明が嘗て幽閉され、魔力を搾り取られ王都の結界を維持したその場所は知っていたのでしょう。
色々と考えているようですが、国王陛下の決定を無下にすることは出来ないでしょう。
「……俺……私の、今回の功績を基に、朱子様を降嫁は出来ないでしょうか?」
必死で考えて言葉を出す吉川団長。
しかし、それは無理だと即座に思いました。
「無理だよ。姉上のしたことは大きすぎる。多分、成哉さんの婚約も『破棄』される。姉上の免責で」
昆明の言葉に息を呑んだ吉川団長。
昆明はそんな吉川団長を見ながら笑いました。
「成哉さん。姉上のことは諦めてください。貴方は五家の次期当主。『吉川の突風』を子供に継がせなければなりませんから、姉上の代わりに誰かを娶ってください」
冷たく突き放すように昆明が言った言葉に、吉川団長はグッと膝に掛かる布団を握りしめる。
昆明なりの優しさであるが、吉川団長は諦めきれないようだ。
ふと、向けた視線の先に、兄上が同じような顔をしているのに気が付きました。
ああ、そうか……兄上も『五家の次期当主』。
回りまわって、同じことが兄上にも言えるのだ。
「……一つ、吉川団長へお尋ねしてもよろしいですか?」
私は、思わず言葉を口にしました。
「なんだ?」
吉川団長は私を見ながらそう答えました。
「まず吉川団長はご兄弟がおられましたよね?八人」
「ん?ああ、居るが?」
「では、その中で血統魔法の『吉川の突風』を持つご兄弟は?」
「俺を含めて五人だが?」
「なるほど」
そう聞けば、可能性はあるな、と思わず思ってしまいました。
「続いて聞きますが、吉川団長。最短でも十七年、朱子殿下を待てますか?」
私の言葉に吉川団長が物凄く驚いた顔をしましたし、昆明がなんか嫌な予感がする、みたいな顔で私を見ますし、兄上と綾人さんが呆れた顔で私を見ます。
「……子供の問題さえなければ、待ちたい」
吉川団長の言葉に嘘はありません。
その後ろに鮮やかな青色を浮かび上がらせるからです。
「なるほど。あと『五家の当主』の地位へ執着はありますか?」
「元より、興味はないが……長男という理由だけで俺は特に気にしていない」
一瞬だけ、彼の後ろに紫が浮かびましたが、それはその色以上の鮮やかな薄紅色に塗りつぶされます。
その色だけで、吉川団長の朱子殿下への想いは本物だと確信します。
「なるほど」
「本当に御輿に担がれたのは俺の方かもな」
吉川団長の思わぬ言葉に驚きました。
確かに、彼が朱子殿下の婚約者として、かなり周りから甘い言葉をかけ続けられたのを知っております。
ただ、そう言うような皮肉めいた言葉出てくるのに、驚くのは私だけでなく、昆明も、兄上も、綾人さんも一緒でした。
「でしたら、一つ、策があるのですが……」
私の言葉に部屋中の視線がこちらに向きました。
「まず、今回の褒賞を辞退して『朱子様の婚約の持続』と『北塔での朱子様の面会権』を確約します。」
私の言葉に昆明はすぐに思い当たったのか「あっ!」と叫びました。
どうやら兄上も呆れつつも思い当たったようですが、綾人さんと吉川団長はまだ頭の上に?マークを浮かべ続けております。
「で、吉川団長は『吉川の次期当主』の権利を弟さんに譲ります。そうすれば……」
「なるほど、子供を作らねばならない圧力は弟に向く」
「あ、ちなみに弟さんに相手のあてはありますか?」
「婚約者と仲睦まじいから心配もいらない。気弱な正確な次男だが、俺と違って周りとバランスを取れる。……俺より向いているかもな」
この辺りで綾人さんが「まじか」と呆れた顔になりました。
「まあ、幸いにして俺は八人兄弟だ。他の兄弟もいるし問題はないだろう」
「ああああああああ!?」
そこで盛大に昆明が叫びました。
余りの大音量に全員の視線がそちらに向きます。
「第一王女の立太子か!?十七年って!?」
昆明の言葉にニヤっと笑いました。
「その通りです、昆明。今、八歳であられる王太子殿下の長女であらせられる姫殿下が二十五となられれば立太子となるでしょう」
「ああ、兄上の立太子も二十五歳。姪の立太子が叶った時には兄上が国王陛下になられる」
「ええ、その通りです。では、昆明。国王陛下が即位されるときにあるのは?」
「祝賀赦免!姉上の罪がそこで清算される可能性がある!」
「ええ、ついでにそこで再度、吉川団長が朱子殿下の降嫁を願い出れば?」
「可能性は高い!そこまで吉川団長が何度も褒章代わりに姉上を求め続ければ大清算で降嫁される可能性が高い!」
これなら!と叫ぼうとした瞬間、急に口に水が入ってきました。
私と昆明がヒートアップしているのを、どうやら兄上が強制的に水魔法で口を塞いだようです。
「二人とも、落ち着きなさい」
兄上の落ち着いた声と反対に、ゲホゲホ咽まくっている昆明。
流石に綾人さんが昆明の背中をさすりながら、「こわ」と呟きながら兄上を見ておられました。
ええ、この有無言わせぬ魔王モードの兄上はめちゃくちゃこわいですよね。
「まず成哉に尋ねますが、昌澄と昆明の言うように姫殿下が二十五歳となられる十七年。
貴方はその意思を突き通すことが出来ますか?」
兄上の言葉にハッとした吉川団長はすぐに強い視線を吉川団長に向けました。
「無論」
「もしかすると『赦免』が認められないかもしれませんよ?」
「なれば、俺が朱子様の罪の分まで功績を立てるまでよ」
迷うことなき即答に、兄上はフッと笑いましたし、綾人さんも笑います。
「ならば朝比奈の私が手を貸しましょう」
「俺も貸すぞ。なんせ、俺は『五家筆頭の秋里当主』だからな!次期当主より権力あるぞ」
ニヤニヤと笑う綾人さん。
ですが、二人の目は冗談めいたものではなく、真剣なものだと気が付きました。
「ああ、感謝する」
そう言った吉川団長の目は真剣で、そして強いモノでした。
「……そうと決まれば早速動こう、明日からだけど」
昆明の言葉に力が抜けるようでしたが、少しだけ、明るい未来が見えそうでもありました。
ただ、私はこの時、兄上の何とも言えない顔を見ておりませんでした。
兄上の視線が喜哉を越えた隣国の地を見ていたなど、知りもしませんでした。
その顔を見ていたのは綾人さんだけです。
私は兄上の秘めた思いを推し量ることなど、全くできませんでした。




