八十三節 凡才の戦い方
Side 吉川 成哉
目の前の生きて動く内臓の塊のような『蝕毒』を見ながら、なぜ俺がこの場に残ることになったか、理解できずにいた。
春の国の名家――通称『五家』と呼ばれる家の長男として生まれた俺は、同じ年の五家の長男に劣等感を抱き続けていた。
五歳にして『秋里の業火』に目覚めた秋里 綾人。
同じく五歳にして『朝比奈の水』に目覚めた朝比奈 清澄。
同じ年でありながら、俺が『吉川の突風』に目覚めたのは八歳。
それでも早いと言われた。
しかし、比べる相手が悪すぎた。
俺の劣等感が積み重なり、目の前で戦う二人と比べられ続けた俺は、どうしようもない滑稽な道化となっていた。
それでも見捨てなかったのは、朱子様だった。
『お前の努力は実るさ、必ず』
二歳年上の彼女は、まるで弟にでも言うかの如く、そう笑った。
あの日から、彼女は俺の太陽で、同時に守れる存在になりたかった。
でも現実は、あの人を守れず、あの人に頼られず、情けないままだ。
ゴオオオと業火の音が戦場を駆け抜けた。
我に返るように、俺は風魔法でその炎を包み込む。
「おい吉川!風魔法の出力上げらんねぇのか!」
「これでもギリギリだ!」
秋里 綾人の言葉に、すぐさま答えたが、本当にギリギリの出力だ。
目の前の業火の玉を、俺の風魔法でコントロールしようとするが、風が炎の勢いに負ける。
俺自身は魔力量に乏しい。
魔力量の多い秋里に合わせる魔力など、持ち合わせていない。
「綾人さん!貴方の魔力に合わせられる人間の方が少ないですよ!逆に出力を押さえてください!」
俺たちより前線で、幾重にも展開された結界魔法を足場に飛び回り、『蝕毒』の触手を何本も切り落とす一条 光が叫んだ。
華麗に『蝕毒』の触手を避けながら、切りつける速さは、俺の副団長である笠谷先輩や、同期のもう一人の天才――瞬木千歳よりも早い。
「綾人!コントロールは貴方がしないと吉川殿では魔力負けします!」
朝比奈 清澄が同じように叫びながら、一条の動き回る神速にも近い動きに合わせて結界魔法で足場を作り上げる。
タンッ、タンッ、タンッ、と次から次へと作られる朝比奈 清澄の結界を踏みしめながら舞うように『蝕毒』の振り下ろされる触手を減らす一条 光。
なんという紙一重の連携。
こんな切羽詰まった場面でなければ、本気で賞賛したい。
――が、言われてばかりでは、俺にもプライドというものがある。
咄嗟に、腰の救急バックに入れた魔力回復ポーションの瓶を手に取り、一気に煽った。
美味しいものではないが、「ぷはっ」と息を抜いてから、体中に巡る魔力を『吉川の突風』に注ぎ込んだ。
魔力負けしそうだった業火の玉を、風魔法で押し上げ、同時にコントロールを奪い取った。
「すまないが、これは一回きりしか使えない!補佐を頼む、朝比奈!」
こんな天才たちと肩を並べるなどこの先あるか分からない。
ならば、全力で挑むまで!
「紛らわしいので清澄で構いませんよ!」
そう言いながら、朝比奈 清澄が俺の周りに結界魔法を展開する。
俺が魔法をそのまま『蝕毒』に投げ飛ばせるように作られた一本道。
同時に足元に展開された魔法陣は若干、青さが白に近い魔方陣だった。
「吉川団長!魔力の補佐をします!多少のブレは私が補正します!」
後ろから聞こえた声に、前を見たまま頷いた。
朝比奈 昌澄。
五家の次男でありながら、兄を凌ぐとも言われる鬼才。
彼の怖さは純粋な強さではなく、手持ちの武器を数十倍の威力に変える頭脳。
現に、彼の魔法陣が足元に展開された瞬間から、俺はこの炎の玉のコントロールが容易になる。
「恐ろしいな……」
思わず口にした言葉に答えなどないが、俺はそのまま風で威力を増した業火の玉を『蝕毒』に向けて放つ。
ゴオオオっとこの世の音とは思えない炎の轟音が地面にマグマのような足跡を残しながら『蝕毒』にぶつかった。
『ギョオオオオオアアアアアアアアアア!!』
奇声が衝撃波と共にこちらに向かってきた。
ただ、地面から巻き上がった瓦礫のような石たちが俺たちの前に届く前に、目の前に結界が貼られた。
少し薄色の青の魔法陣。
朝比奈の次男・昌澄の結界だとすぐに分かった。
なんという反応速度で魔法を展開するのか……。
才能の差というものをこうも見せつけられると、嫉妬心も吹き飛んで、逆に感心してしまう。
『ぎょああああ、あああ、あ?』
急に、奇声の質が変わった。
目の前の衝撃波によって起こされた突風が戦場を駆け抜け、そして塵のようなものを吹き飛ばした。
クリアになった視界の先で、おぞましいものを見ることとなった。
「ああ、神経毒は効くのですね」
一人、冷静にそんなことを言ったのは、この戦場で一番冷静な男だろう。
「昌澄、何をしたんだい?」
呆れたように、弟の奇行を理解しようと尋ねる朝比奈 清澄に、俺は思わず秋里を見たが、
『慣れろ』みたいな顔で左右に首を振られた。
「神経毒が効くかどうか分かりませんが、打ち込んでみたのです」
彼の言葉通りに、目の前の『蝕毒』はまるで体から液体が流れるように肉のような状態の表皮がどろどろと地面に落ちていく。
そして見えてくるのは筋肉のような筋と、骨らしき骨格。
ただ、身体の形はめちゃくちゃで、まるで適当に混ぜ込まれたような姿だ。
「なるほど……筋肉と骨の癒着を取るための神経薬を通常の三十倍程度でしたが、どうやら連結の組織が剥がれるみたいですね」
サラッと、恐ろしいことを言ったものだから、思わず彼の兄である朝比奈 清澄を見た。
物凄い好い笑顔で笑われた。
そのまま秋里 綾人を見てみれば、言葉には出さないが、口だけが動く。
『黙っとけ』。
最後に思わず一条 光を見たのだが、彼女は苦笑いで『慣れませんよね』と口が動いた。
「さて、みなさん、良ければ私の策に乗っていただけませんかね?」
ニヤリと笑った朝比奈の次男、昌澄に俺は冷たい汗が背中を伝った。
この男の作戦に乗るのが良いことは頭では理解しているのだが、やらされようとすることが、異常なほど恐ろしい予感しかしない。
『ぎょああああああ!』
『蝕毒』が奇声を上げる。
ただその間も崩れ落ち続けるその身体からキラリと、薄暗い緑色の魔石が見え隠れする。
「核を破壊するのが絶対条件でしょうが、動きを抑えることは出来そうなので、出来ればご協力お願いできませんか?」
ニコッと楽しそうに笑う次男に、俺の胃痛が増した気がした。
『だんちょー、俺たちはまだ可愛い方ですよ~』
『そうそう、昌澄の兄上に比べたら、全然マシ』
『『ねーー!』』
俺の団にいる双子が、ニコニコと笑いながら言った言葉を、こんなタイミングで思い出す。
「まず、光さんに突っ込んでもらって、吉川団長に風魔法で補助しながら光さんに闇魔法で核まで掘削。
核が出たところで綾人さんに業火で焼いてもらって、兄上には触手に神経毒を打ち込んでいただきましょうか。
あ、防御は気にしないでください。
どれだけ攻撃されようとも守りますし、回復させますので」
ニコニコと笑う朝比奈 昌澄に俺はヒクっと口の端が変な痙攣をおこしてしまうのだった。




