七十九節 決意
目の前で繰り広げられる交戦に流石、と言わざるを得ません。
第三騎士団の副団長、笠谷 偲の剣捌きを見ながら、思わずそう思ってしまいました。
笠谷先輩にいきなり担がれて最後尾から最前線に連れて来られましたが、
またなんというか、気持ち悪い状態になっている冷泉 百合子を確認します。
左胸から少しそれた場所から出てくる『蝕毒』。
場所を見るに左肺を貫かれているようです。
キラリと、その『蝕毒』の中心に赤黒い魔石が見え隠れします。
彼女の肺から湧き上がる触手は迷いなく笠谷先輩を貫こうと無数に襲い掛かっている。
さっきまで一拍遅れていた槍が、今は迷いなく笠谷先輩の喉を狙った。
今まで感じていた僅かな遅れが、消え去りました。
——ああ、今、『冷泉 百合子』の『自我』は完全に『蝕毒』へと堕ちたのでしょう。
ほとんど黒い色に包み込まれた彼女は絶望の淵に沈んだのでしょう。
でも、逆に言えば、まだ、色を持っているということは、『冷泉 百合子』は僅かですが、感情がまだ生きているということです。
でも時間の問題でしょう。
『蝕毒』から見える真っ黒な世界は、正直見ていて気持ちの良いものではありません。
そして、その色が無くなった瞬間、彼女は『魔獣』の『蝕毒』に成り果てるのでしょう。
視覚でその姿を確認しつつ、笠谷先輩に退避させられた千歳さんは立ち上がり、また参戦しようと一歩踏み出した。
「待ってください、千歳さんっ!」
パシッと咄嗟に彼女の左手を掴み、その動きを止めた。
「昌澄くんっ!行かせて!」
「いえ、千歳さんの魔法を借りねばなりませんので、待ってください!」
私の言葉に、千歳さんがやっとこっちを見ました。
浮かべた色は混沌として、様々な感情を浮かべている。
でも、その瞳には焦りが混じっております。
「千歳さん、教えていただきたいのですが、貴女の『血統魔法』は時間の逆戻しですか?」
私の言葉に、千歳さんの深草色の目が大きく広がります。
彼女が驚いている間も時間がありませんので、私は右手で魔法陣を書き進めます。
「なん、で?」
「推測です。王都で時計塔を守った魔法は『時間の逆戻し』。しかもソレについては綾人さんも昆明も何も言わなかった、というのは『秘匿魔法』ですね?」
『秘匿魔法』とは国が保護する対象の血統魔法のことだ。
千歳さんの魔法はその一種だと、想いましたので、直接ぶつけてみれば、千歳さんは諦めたように口を開きます。
「そうだよ。」
「どのぐらいまで時間を巻き戻せますか?」
私の質問に、千歳さんは驚いた顔をしました。何故か、浮かべた色が青色で、それに混ざり込むように黄色……そして家族に向けるような緑を浮かべました。
「……やろうと思えばどこまでも」
千歳さんは真っすぐに前を見たまま答えました。
「私の今描いている魔法陣は『老化』の魔法です。」
「老化?」
「そうです、コレによって、一気に細胞を朽ちさせます」
そう言いながらも描き続ける魔法陣に少しずつ魔力を加えていく。
「この魔法を剣に付与して、百合子先輩の『蝕毒』を朽ちさせます」
「え?」
驚いた顔の千歳さんの手に持つ剣に視線を向けます。
私の反応速度では『冷泉 百合子』の間合いまで行けないでしょう。
ですが、千歳さんの反応速度、剣の技術ならば、可能でしょう。
「私が彩眼で見る限り、まだ彼女は飲まれ切っていません。『蝕毒』の核になる部分をこの魔法を付与した剣で突き刺せれば、『冷泉 百合子』を死なせずに済むかもしれません」
私の言葉に、千歳さんは目を真ん丸にしたまま、私から自らの剣へと視線を動かしました。
「ですが、『老化』魔法と、朝比奈の水……つまり、治癒魔法は同時展開できません」
私の言葉で、千歳さんはハッと思い当たったのか、自分の手を見られました。
「……つまり、老化が終わった瞬間から、私が『血統魔法』で百合子先輩を『巻き戻せ』ばいいのね?」
「そうです!」
そう言いましたが、一つ懸念があるとしたならば、この魔法の展開の切り替えを失敗すれば、『冷泉 百合子』は『蝕毒』となって朽ちるか、『蝕毒』として無傷な状態に再生される。
もしも『蝕毒』として再生したならば、私の血統魔法の治癒で回復させてしまえば、百合子先輩も『川上 瑠璃子』と同じ運命を辿ることになるだろう。
「そう……させたくは、ないですね」
思わず呟いた言葉に、千歳さんがこちらを向きました。
「懸念事項があるなら先に言って欲しいな?」
私よりも頭一個半ほど小さな千歳さんはジッと私を見上げてきます。
その視線は弱弱しいものではなく、強く、そして信念の籠った強い目です。
この目が、昔から好きでした。
「……失敗すれば、『冷泉 百合子』は『蝕毒』として回復するか、『蝕毒』のまま崩れるかになります」
そう言いつつ彼女の剣の剣先を指させば、私が言う前に千歳さんは剣を私に向けます。
向けられた千歳さんの剣に、私は書き上げた魔法陣を付与していきます。
付与した魔法陣は私の魔力ではなく、周りに飛び散る魔力で循環するように、書き換えました。
自分が考え出した肉体を老化させ、土に返す魔法。
正直に言えば、禁術すれすれ――いいえ、もはや禁術の領域です。
「つまり、失敗すれば百合子先輩は死ぬってことね?」
「そう言う事です」
私の言葉に一瞬、千歳さんの剣が迷ったように動きました。
そこで私は笑います。
「……まあ、そうなったら、結界魔法で彼女を閉じ込めて絶命させます」
私の言葉に、千歳さんは覚悟を決めたように剣を握りました。
私も同じように前を見ます。
目の前で笠谷先輩がギリギリで回避しながら、触手が硬化した槍を弾いて対峙し続ける。
カンカンッと響く音は、完全に過酷な戦闘の音だ。
「人間、ここまで堕ちられるものですか」
ポツリと呟いてしまった言葉に答えはありません。
笠谷先輩に稼いでいただいた五分が、間もなく訪れそうです。
その額から流れる汗が、どれほど過酷な時間稼ぎをしていただいているのが伝わります。
「千歳さん、一気に駆け抜けてください。邪魔なものは私が通しません」
そう言いながら幾つもの魔法陣を多重展開する。
結界魔法、攻撃魔法、治癒魔法。
私が並行して使える魔法を展開し、用途に合わせて放つ予定です。
「信じているからね、昌澄くん!」
一瞬、澄んだ青を浮かべた千歳さんが、迷うことなく走り出しました。
想像以上に早い彼女の脚に合わせるように結界魔法を放ちます。
同時に私の背後に無数の魔法陣を展開させます。
水を極限まで細く、鋭く、そして強く強化した針のような水の攻撃魔法です。
一直線、無駄な距離など作らせずに、周りの邪魔者は魔法で砕き、攻撃してくる触手の槍は私の背後に展開させた水の攻撃魔法で縫い留めます。
千歳さんの速さが結界を追い抜きました。
そこに振り下ろされる触手。
ガキンッと金属が交わるような音を響かせたのは笠谷先輩でした。
「千歳、行け!」
笠谷先輩が作った道の先に、また結界魔法を作る。
千歳さんが迷うことなく走った先、その『蝕毒』がうごめく『冷泉 百合子』の胸を、千歳さんの剣が貫いた。
『ぎょああああああ!』
悲鳴とも、奇声とも、取れる声が響いた。
ぐったりとした『冷泉 百合子』の身体が起き上がり、その口からその声が響いた。
ブワンっと魔法陣が起動した。
魔力循環が始まった魔法陣が、急激に周りの魔力を吸い込むがごとく、千歳さんの剣に私の付与した水色の魔法陣に光を含ませていきます。
バタバタと暴れる触手が千歳さんを狙うのが分かりました。
咄嗟に千歳さんに結界魔法を貼り、同じく気が付いた笠谷先輩が周りの触手をいくつも切り落とす。
それでも暴れ続ける触手が、少しずつ、少しずつ、表面がボロボロと崩れていく。
まるで水分を無くした皮のように崩れていく触手。
その姿が赤黒い肉のような色から、だんだん干からびた白い色に変わっていく。
笠谷先輩が切り落とした触手も先ほどまでのような強度はなく、簡単に切り捨てられるようだ。
――老化は無事に効いているようです。
私は彩眼で魔法陣から漏れ出る黒い影を見ました。
「『一日、巻き戻れ!』」
千歳さんの声に応えるように、ブワンっと新たな魔法陣が浮かんだ。
その周りに薄く透け、歪んだ時計がいくつも浮かび上がる。
灰色のその魔法陣は淡い光が放たれて、ゆっくりと『冷泉 百合子』を包み込んでいく。
少し、魔法の切り替えが早い気がした。
まだ、『冷泉 百合子』の胸には『蝕毒』が湧き上がっている。
完全にあの触手がうごめく『蝕毒』の老化が終わり切る前に、巻き戻しが始まった。
思わず息を呑みました。
その場で紫色が走った。千歳さんが『失敗』を理解したのだ。
彼女は優しいですからね、多分、『蝕毒』を消し去るよりも、『冷泉 百合子』の命を取ってしまったのでしょう。
ですが――。
このままでは、『蝕毒』も一日前の無傷の状態に巻き戻ってしまう。
失敗を察知して、私は完全隔離をする結界魔法の魔法陣を描きました。
瞬間、色が白く干からびた槍——ただ一本だけ、金属の名残のように黒く光った。
最後の抵抗、というように千歳さんに向かって槍を繰り出す。
「千歳さんっ!」
私の叫び声と同時に、
ドスッ、と鈍い音が響いた。
音がした方向を見れば、驚きで、目を見開いた。
同じように、千歳さんも目を丸くして、目の前を見ている。
飛び散ったその色は、赤色というよりも黒く、濁って見えた。
震える剣が『冷泉 百合子』の左胸を貫通している。
背後から突き刺されたその剣。
笠谷先輩が『冷泉 百合子』の背後から剣を突き刺している。
背後から突き刺された剣は、心臓を避けるように僅かに角度がついていた。
――殺すためではなく、生かすために、
『蝕毒』を葬ろうとしているのだと、分かりました。
剣先が抜き出ている左胸から、色を無くした『蝕毒』が最期の力を振り絞るように起き上がりました。
そしてその中から吐き出されるように、赤黒い魔石のようなものが転がり落ちます。
核――。
それが身体から分離されると同時に、『蝕毒』がビクッと大きく震え、ダランと力なくなったかのように項垂れた。
『な、で?』
奇声交じりの、声が響きます。
力が無かった彼女の身体……いいえ、彼女は顔を上げました。
口から出る赤い液体はポタリ、ポタリと地面に吸い込まれます。
その声が、少しだけ、私たちの知っている声に似ておりました。
『しの、ぶ?』
「百合子先輩!」
咄嗟なのだろう。
笠谷先輩は私たちが知っている呼び方で、『冷泉 百合子』を呼びました。
「簡単には死なせません。まだ、貴女に聞かなければならないことがあります」
グッと押し込まれた剣が引き抜かれ、赤い雨が降り注ぎます。
ビクビクッと動いた触手が剣に絡むように、刃先と一緒に身体から抜き出た『蝕毒』。
はく、はくっと『冷泉 百合子』の口が動きました。
まるで、何かを言ったかのように動いた口は、赤く染まったまま綺麗な弧を描いた。
ぽっかりと開いた胸の空洞。
そこに差し込まれた千歳さんの剣を中心に、魔法が展開される。
『冷泉 百合子』の胸の空洞を埋めるように、歪んだ時計が吸い込まれていく。
まるで再構築されるようなその光景は、治癒魔法とはまるで別物だ。
――傷が、元から『無かったもの』のように、綺麗になっていく。
ふと、千歳さんのブーツの先に、きらりと光る赤黒い魔石が目に入った。
「千歳さんっ!足元――分離した核を!」
焦るような私の声に反応した千歳さんは剣を引き抜き、足元に転がる魔石を剣で砕いた。
パキンッと綺麗な音が響いた。
サラサラと風に攫われる砂のように、周りの『蝕毒』が崩れ去っていく。
『ふ、ふふ、ふふふっ、いい……ね、しの、ぶ』
聞き馴染みある声が、見慣れた優しげな視線で笠谷先輩に向けられる。
彼女から浮かんだ色が鮮やかな緑。
――兄弟、家族に向けるようなその色が、笠谷先輩に巻き付いていく。
笠谷先輩の口が開きかけ、出そうになった言葉を飲みこむように奥歯を噛んだ。
そして浮かべた笠谷先輩の色は、表情よりも分かりやすかった。
深く、暗い、深海のような――青。
重く辛い悲しみが、彩眼を通して伝わってきました。
ずるりと体勢を崩した彼女はそのまま地面に倒れ込む。
真っ赤な液体に包まれ、白い軍服を紅色に変えていく彼女は、満足そうな顔で目を閉じた。
緑が、ゆっくり薄れていった。
――まるで、名残惜しいとでも言うように、若葉のようなその色は吹かれるように消えていった。
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