七節 しがない女騎士のお話
Side 第一騎士団の女騎士
どうも、しがない第一騎士団の女です。
名前も覚えて頂かなくて結構です。
モブな女騎士とでも思っておいてください。
歳は23歳で毎日、毎日、目の保養ばかりで困ってしまう職場勤務です。
しがないと言いましも私も貴族の端くれなので、礼儀作法は学んできた方です。
まぁ、貴族と言っても五家に息を吹きかけられたら吹っ飛んでしまうような末端も末端の弱小貴族ですが。
残念ながら末端の弱小貴族の名に相応しく?パッとしない容姿ですね。
背も騎士団の中だと小柄というかーーいえ、小人ですね!
さて、そんな私ですが、家は一人娘なのです。
つまりはお婿さんが必要で、手っ取り早い婿探しのため軍人になったのですがーー。
困ったことに全くと言っていいほど縁談が決まりません!
理由?ええ、分かっていますよ。
我が春の国の最高物件の二つがまだ絶賛販売中だからです!
では最高物件の一軒目から紹介いたしましょう。
我が第一騎士団の騎士団長にして、春の国の最高位の貴族、秋里家の当主でもある秋里 綾人様。
我らの団長です。
紅茶色の髪はふわふわの柔らかいくせ毛。オレンジ色の瞳には遊び心が隠れていて、名家の当主としての威厳を持ちながらも、気さくであるお方です。
ちなみに23歳でこのスペックはヤバすぎだと思います。
貴方は本当に私と同じ歳ですか?
イケメンです。本当に目の保養です。
難点と言えば妹君が大好きすぎる事ぐらいでしょうかね?
また、この妹君も見目麗しくて、秋里兄妹が並ばれて出席される夜会はほとんどの視線を奪い取ってしまう美しさです。
むしろ妹君と並んだ美しさを見せつけられたら並大抵の女では隣に行く勇気はありません。
ついでに言えば、春の国の最上位の貴族ーーつまりは五家と呼ばれる五つの名家ですが、直系の女性。
いわゆる『姫君』は秋里の姫以外居られないので、それより下の家から嫁を取るか、もしくは王族となりましてーー。
まぁ、要するに嫁取りが難航しているわけです。
でも一言言わせてくださいーー早よ結婚せぇ!
続いて二軒目の最上位物件をご紹介いたしましょう。
こちらは第二騎士団の騎士団長にして、五家の一つであります朝比奈家の次期当主、朝比奈 清澄様。
清廉な湖の水のような淡い青の髪を持ち、その髪はサラサラと絹のように流れるのです。先程話題に上げた綾人様は短髪ですが、対照的に清澄様は長髪であります。
何より印象的なのが白銀の瞳。
知性が宿るその目に浮かぶのは虹色の円環。
瞳を覗き見れば鮮やかな虹の輪が見えるのです。
私はまじまじとは見たことありませんが、見せてもらった友人がそう言ってました。
すごい勇気ですよね?
あの美形を至近距離で見る勇気を私は持ち合わせてまいません。
とにかくイケメンです。
この方の難点と言われれば、難点というよりは攻略が難しすぎるというか、その虹を浮かべる瞳ーー要するに彩眼でしょう。
彩眼は人の感情が色で見えてしまうのです。
好意を抱かれているのがまるわかりなのです。
まぁ、こちらについては内々に相手が決まっているようなものだと思われております。
先程、チラッと話が出ました秋里の姫君ーーこと、秋里 香様が彼に嫁がれるのでしょう。
なにせ秋里 綾人様と朝比奈 清澄様は幼き頃からの竹馬の友ですし、士官学校時代は6年間同じ部屋で過ごされた親友同士!
ちょっと、あの、男同士がお好きな方はそういう意味でも人気です。
話が逸れましたが、清澄様と香様が婚姻を結ばないのは綾人様の婚姻待ちだという噂です。
つまりはやっぱり団長が悪いということです。
まぁ人間というのは愚かで、僅かな希望に縋ってしまうのです。
いい条件に嫁ぎたい妙齢の女性はこの最高位の物件に飛び付きたい。
そこから溢れた高位の女性を嫁にしたい高位の男性。
その連鎖が続いて割りを食うのは我ら末端!
どこかに家継げないから貧乏末端貴族でいいから婿来てもいいよって言う次男坊、三男坊落ちていませんかっ!?
と、もはや選り好みができないレベルになっている婚活中の女騎士が私です。
「うわ、めっちゃ美人」
「あれが冬の国の姫君かー。香様と比べると凛とした感じの美人って言葉が合う人だね」
「あっ、どうしよう。私、清澄様は香様一択だったのに、清澄様と冬の姫君もありだわ」
「その前に今まで綾人様と清澄様の掛け算も美味しいのだけれど、綾人様と昌澄様もありでは?」
おい、最後。腐った目で見ないでください。
そう言いつつ、話題に上がった昌澄様を見た。
清澄様の弟君で、第二騎士団の副騎士団長を務めるお方。有能な副騎士団長で、綾人様だけでなく第三騎士団、第四騎士団の騎士団長も彼を副騎士団長にしたいとアプローチ掛けられまくっているハイスペック次男様です。
本当に有能な方で、第一騎士団の書類整理が終わらずに綾人様が頼み込んで一週間だけ助っ人に来てくれることになりました昌澄様ですが、なんと3日で終わらせて帰っていきました。
本当に千手観音のような速さで手が動いておりました。
あまりに騎士団長から人気で一部の界隈では各騎士団長×昌澄様が流行っているとかなんとか。
つまりはハーレム……げふん、げふん。最近友人に毒されていますね、私。
さて、話を戻しましてあのキラキラ空間に違和感なく居られる敵国の姫君をチラリと見た。
正直に言えば情報過多と言わざるを得ない方でした。
名を一条 光様と申しまして、敵国の冬の国の名家の姫君だそうです。
彼女を捕らえた第二騎士団の騎士の話によれば、彼女は『冬の国で一番高貴な女性』だそうです。
確かに先程綾人様の前で披露なされた淑女の礼はこの場の女騎士や事務官達が息を呑むほど美しいものでした。
それこそ香様と比べたら甲乙つけられないです。
むしろ甲乙つけるのがおこがましいレベルです。
採点不可です。
この光様が困惑するのも仕方ありません。
いきなり綾人様に血縁があり、なおかつ香様の実の姉君だと暴露されたのです。
春の国では姫君である香様が何故、軍人になったかは有名な話です。
生き別れた姉君と弟君を探すため。
まさか、姉君も同じ立場で、同じことをしていたなんて、お二人は失礼ながら似ておりませんが、信念はやはり姉妹なのでしょう。
「えっ!?」
急に響いた声に視線を向けた。思わず口から悲鳴が出た。
清澄様が、光様を、お姫様抱っこ!?
しかも光様は清澄様の外套に身を包まれているので、ブカブカ萌え袖外套状態です。
「朝比奈卿!?歩けますから!?」
「胸元も切られたままでしょう。それにまだ身体は回復しきっておりません。おとなしく私に抱かれなさい。」
あ、また悲鳴が上がった。
『大人しく私に抱かれなさい』って、意味深に聞こえてきますわ!ついでに真っ赤になる光様可愛すぎますわ!外套の萌え袖状態で顔覆うのも反則ですわ!凛とされた方の赤面エモすぎますわ!
「兄上……」
頭が痛そうに目頭を押さえて下を向く昌澄様。そして顔を上げてニコリと笑う。
「どうせなら家に帰ってから言ってほしかったですね母上たちの前で」
あっ、とっても爽やかな笑顔。
昌澄様も我々側でしたか!
なんてみんなが思っていたところで、朝比奈兄弟は光様を連れて去っていった。野次馬が蜘蛛の子を散らすように、それぞれ日常の騎士団本部へと戻っていく。
ただ一人、部屋に残っていた団長が私を手招きするので近づけばニヤリと笑う。ポンッと頭に手を載せられてそのまま歩いていく団長。
「悪いが直しておいてくれ。すぐ使う。『鼠狩り』だ」
本当にやる事がことごとく勘違い製造機なんですよ。
私は絶対勘違いしないけど、勘違いして泣いた同僚を何人か見ている。
彼の言葉に頷いた。
分かっている、今は騎士団の内部でも怪しい動きが多い。
今回の件を利用して、確実に『冬の国の姫』を安全な場所に移したかったのだろう。
誰もいなくなったことを確認した上で、ボロボロに壊れた扉を見た。
見事に焼かれているし、扉は粉々である。
しがない弱小貴族の一人娘が何故エリート集団の第一騎士団にいるかと聞かれれば、私の血統魔法が関係している。
かざした手から魔法陣が浮かび上がって、時計ようなものが歪んで現れる。
「三時間前」
そう呟くと扉が元通りになっていく。3時間ならやはり問題ないか、と手を見た。寝起きぐらいのむくみの無い手に変わっていた。少しキツくなっていた編み上げの革靴も朝履いたときぐらいまでは戻っている。
この魔法陣のネックは引き戻した時間の3倍、自分が若返ることだ。
若返るのはいいことと考えるかもしれないが、下手すれば赤ん坊になりかねない。現に能力のことを知らなかった幼少期に三年の時間を戻してしまい、士官学校では苦労する羽目になった。
第一騎士団の上層部は私の能力を知っているが、デメリットが多すぎるために緊急時以外ほとんど使わない。
つまり、今は急を要するわけだ。
ただ、この時こっそり見られていたなど思いもしなかったし、それが団長の『計画通り』なんてことも思いもしなかったしーー。
ハイスペック次男を捕まえる未来が来るとは夢にも思っていなかったし。




