七十五節 騎士4
Side 瞬木 千歳
目の前の人が、『最強』と呼ばれた世代の一角だと知っている。
天翔宮 朱子王女殿下。
冷泉 百合子。
そして――川上 瑠璃子。
士官学校で、他の追随を許さず、男よりも優秀な成績を残した異端児三人。
知っていますよ、貴女たちの背中を見て、私たちその背中を追い続けたのですから!
偲先輩が上段を斬りつければ、下が開く。
その下を自分の小柄を活かして切りつけるけれども、彼女、冷泉 百合子は偲先輩の剣を受けたまま、ひょいっと軽々身体を逸らせながら飛んで、宙返りしながら距離を置く。
止まることなく、今度は攻勢に出て、私を斬りつけに来た。
ガキッと剣の交わる音が響き、ジーンと遅れるように手に痺れが回るが、その一瞬の隙を偲先輩が横薙ぎで彼女の背を切りつけようとした。
その瞬間、ニヤリと赤い唇を歪ませて、足を一歩引く。
ザッと蹴り上げた土、その瞬間、地面の砂が撒きあがり、偲先輩の視界を奪った。
「しまっ!?」
「甘いわよ、偲、千歳!」
私の剣を薙ぎ払い、そのまま腹部に入れ込まれた蹴りが、呼吸を止めそうになるほど、大きな衝撃で後ろに吹っ飛ばされた。
見える視界の先で、砂で一瞬遅れた偲先輩がギリギリと剣と剣を交えたまま、何とか耐えているのが見える。
すぐに戻らないと!
そう思った瞬間、横から赤黒いものが振り下ろされた。
咄嗟に斬りつけたソレが触手と気が付き、そちらへ向ければ、騎士がゆらゆらと立っていた。
その騎士の心臓辺りから広がる赤い染み、とその場所から無数に広がる幾つもの、触手。
「邪魔しないで!」
迷うことなく、その騎士の形を保った『蝕毒』の心臓を貫いた。
パキンッと割れたような音が響けば、『蝕毒』は緑色の光を放ちながら、まるで最初からいないように灰に形を変えて風に攫われた。
コロ、と落ちたのは、真っ二つに割れて、光を失った緑の魔石のカス。
ゆらゆらと落ちていくのは白い軍服と赤いスカーフ。
「つっ!人の命をなんだとっ!」
人の命を何だと思っているんだ!と叫ぼうとした瞬間、また次々に同じような騎士の形を保った『蝕毒』がこちらに来る。
チラリと向けた視線の先では、偲先輩が彼女と剣を打ち合っている。
グッと奥歯を噛み締めた。
私に、偲先輩を斬れて、言っているようなものだ。
させたくない、させたくなのに、こうやって邪魔が入る!
「退いて!」
次から次へと群がる『蝕毒』の触手を斬り、核を片っ端から貫き続ける。
触手を刻めば噴き出すのは人間の血と同じものなのに、その感覚が薄らぎそうだった。
なんで、こんな惨いことを出来るんだ!
この人たちは仲間じゃないの!
叫びそうになる気持ちをグッと噛み締めた奥歯の奥に抑え込んで、群がる騎士の形をした『蝕毒』たちを次から次へと屠っていく。
幾重にも重なる血濡れた白い軍服と赤いスカーフの数は数えないようにした。
「おい、千歳。少し落ち着け」
急に、冷静な声が響いた。
ほぼ同時に、目の前の無数の『蝕毒』が一瞬にして炎に包まれた。
戦場だというのに、優雅にコツコツと歩いて来たその男は、次から次へと『蝕毒』を焼いていく。
その炎に焼かれた騎士の形をした『蝕毒』は、高温で黒焦げになりながら、様々な色の魔石にヒビが入り、全てが灰になっていった。
「綾人、団長」
「飲まれるな。アレはもう人間じゃない」
どこか寂しそうな声で綾人団長はそう言った。
目の前に群がる『蝕毒』を血統魔法の業火で焼き尽くす。
「……あの魔石の色、それぞれの属性魔法の色なんだな」
少し悲しそうな綾人団長の言葉に、ハッとした。
綾人団長が向けた視線の先にいる騎士の形をした『蝕毒』は、数か月前まで私たちの第一騎士団にいた騎士だ。
水魔法を得意とした彼の姿の『蝕毒』の核は、濁った青をしていた。
ゴオオオッと綾人団長の炎が彼を包んだ。
彼の表情が、一瞬安堵のものに変わったように見えた。
気のせいかもしれないけれども、そう見えた。
「行くなら、行け。こっちは俺が受け持つ」
綾人団長の視線の先には、魔法と剣を駆使して、『蝕毒』を斬り続ける第一騎士団の仲間たち。
「お願いします」
そう言って、走り出す。
いつの間にか距離が離れてしまった偲先輩と彼女。
その戦場を走り抜けて、誰も近づけなくなっている場所に向かった。
偲先輩と彼女が剣を打ち合っている。
周りでは他の騎士も彼女の隙を狙っている。
でも、この間合いに入れるほどの技量持つ騎士は、居ない。
互いに譲らず、互いに退かず。
カンカンッと響く剣同志の交わる音は早さを増していく。
チャンスはあるはず、見逃すな。
そう自分に言い聞かせた瞬間だった。
偲先輩が彼女の剣を弾いた。
バランスを崩した彼女。
偲先輩の剣を防げば、下ががら空きになる。
咄嗟に、低い体勢で走り出した。
私の影に気が付いたのか、偲先輩が下方向に隙間を作りながら剣を振り下ろす。
偲先輩が作った隙間から走り抜けながら、彼女のわき腹を狙って剣を横薙ぎした。
突然の乱入に、彼女は気が付くのが一瞬遅れたようだ。
グシャっ肉を断ち切るような不気味な音が剣を通して伝わってくる。
『蝕毒』の触手を斬った時と同じ、赤黒い液体が錆の匂いをまき散らしながら、溢れていく。
ゆっくりと、驚く顔で、赤をまき散らして彼女はゆっくりと崩れ落ちていく。
何故か、その顔が誇らしげで、優しかった。
「百合子先輩っ!」
切りつけた瞬間に見えてしまった偲先輩の顔は、やっぱり泣きそうだった。
「ぐっ!」
でも、目の前の彼女は倒れ込まずに堪えて立った。
赤い血が白い軍服を染めて、そして地面に赤黒い水たまりを作り出す。
「最高だわ、千歳」
よろよろとしながら立っていた彼女はニヤリと口紅ではない赤に染められた口を歪ませて、笑った。
「騎士道に反するとか、言われなくて良かったです」
「ふふっ、何故?戦場ではそんなもの、役に立たないわ」
「ええ、それを教えてくださったのも、貴女でしたね」
そう言いながら、彼女は笑い続ける。
ちらりと見た偲先輩はやはり、表情を消していた。
「ああ、そうね。戦場で騎士道なんて役に立たないわ。生き残れば勝ち。
だから、この勝負は貴女と偲の、勝ち」
そう言いながらも、彼女は剣を地面に突き立て、立ったまま出血する脇腹を押さえて笑う。
「なんでっ、笑っていられるんですか!」
湧きあがってくる怒りをどうしていいかわらかず言葉にする。
でも、彼女は笑うだけだ。
「笑うしかないじゃない。自分が育てた子に殺されかけているなんて、滑稽で仕方ないわ」
「ふざけないで下さい!貴女に育てられたのは否定できませんが、笑い事ではないです!」
「笑いごとよ、ここまで下準備して、『兵器』まで用意したのにね」
平然とした顔で『蝕毒』を見ながら『兵器』という彼女に、本当の殺意が湧いてくる。
握りしめた剣に纏わりつく錆の匂いに、怒りで、涙が零れそうだ。
「人間を何だと思っているのですか!」
「人間は人間よ。でも『蝕毒』は『兵器』よ。みんな、尊い犠牲よ」
そう言いながらニコリと笑う彼女。
『捕縛』命令であるのに、私はこの人を、本気で殺したくなった。
「まあ、でも。これで、終わりだと思う?」
そう言った彼女の唇が綺麗に弧を描いた。
「ふふっ!あはっ、あはははははは!
もう、最高だわ。人間を何だと思っている?、ですか……」
そう言った彼女がボタボタと垂れ流しになっているわき腹から手を退かし、地面に突き刺した剣から手を離して背筋を伸ばした。
「貴女は優しいわね、千歳。でも甘いわ」
両手を広げて天を仰ぐような仕草は投降する人間には、見えなかった。
「じゃあ、頑張ってちょうだい?」
ドスッと鋭い音が響いた。
目の前で、触手の棘が彼女の胸を、貫いている。
それに続くように、ドスッ、ドスッと続けざまに彼女の胸を貫く棘。
彼女の背に居た『蝕毒』が、彼女の胸を貫いたのだと、理解した。
コポッと口から出た赤い液体に、ぞわりとした感覚が背筋を走った。
「ふふふ、ありが、と、ヒュー、がん、ば、て」
ニヤリと笑った彼女のその胸から、ドバドバっと触手が沸き上がった。
「ふふっ!ふふふ、あはははははは!」
高く響き渡る笑い声。
銀色の髪が結ばれた紐が切れたか、ばさりと広がる。
彼女の赤い目の焦点が合わなくなったのを血の気が引くような気持で見た。
ゴポッ、ゴポッっと口から漏れ出る赤い液体と、胸からわらわらと湧き上がる触手。
ガクンと力がなくなったように首が垂れ、手足も力を失くすように、だらんと落ちる。
なのに、身体が崩れない。
胸から湧き上がる触手が、その身体をそのまま支えている。
「ざあ゛、だいに、ラウンド、よぉおお!」
彼女の声が、魔力の混じる奇声へと、変化した。




