七十四節 騎士3
Side 冷泉 百合子
さっきまで暴れ続けていた『蝕毒』たちは、自我を取り戻したのだろう。
瑠璃子と一緒だ。
「朱子……取り戻したのね」
小さく呟いた言葉は『蝕毒』の奇声にかき消された。
朱子が台本通りに悪役を演じきって、あのクズから瑠璃子を取り戻したのだろう。
そして瑠璃子を無事に天に送ったのだと理解した。
涙が出そうだ。
でも、泣くことは許されない。
一足先に逝っていてちょうだい、瑠璃子。
「ああ、本当に、貴女を尊敬するわ」
思い浮かべた親友は、どんな顔で笑っていたか、思い出せなくなっていた。
もう英雄譚は佳境。
あとは悪役が退場すれば、全部終わる。
嬉しいことに、台本では私は凶悪な悪役として、この舞台から退場できる。
そして英雄が生まれるの。
でも本物の『英雄』は誰にも知られずに、死んでいった。
『蝕毒』となって、それでも春の国に尽くした本物の英雄とこいつ等は、違う。
どれだけ苦しかろうと、どれだけ叫ぼうとも、お前たちの声はもう誰にも届かない。
努力もしなかったお前たちが、瑠璃子のように文字を書けるようになることはないと分かり切っている。
現に、急に『蝕毒』たちは戸惑うように動きが鈍くなった。
その隙に次から次へと第三騎士団、増援に来た第一騎士団、
そしてさらなる増援となった第二騎士団の騎士たちに討伐されていく。
「冷泉 百合子!」
戦況が、変わったところで私の名を呼んだ騎士を見た。
その腰につくサッシュが黄色なのを盗み見て、彼が第三騎士団だと分かる。
彼だけでなく、三人がかりで私に斬りかかるけれども、まだまだ弱い。
でも、第三騎士団騎士の三人組を相手にするのは、もう何度目か分からない。
半歩、一歩、と最低限の動きだけで、仲間を傷つけられ、激昂している騎士たちの剣を避けていく。
本当に、凄いと同時に思うわ。
三人で連携して斬り込ませることで、私が反撃できないように、『時間を稼いでいる』。
しかも、何回も違う三人組で私をこの場から逃がさないように攻撃されるのは、なかなかに体力を削られる。
ついでに言えば、この場所に『蝕毒』となった騎士たちを転移させた時点で、私の魔力は雀の涙程度になっていた。
だというのに、連続で体力を削られ、残った僅かな魔力は、自分の負った傷の回復魔法へと消えた。
今、手元に残るは己の剣技だけ。
このシステムを作ったのは、戦場を駆け巡って、負傷者を『蝕毒』としないようにコントロールする第三騎士団の副団長だろう。
なんとも、恐ろしいことを考えたモノね、と彼女の成長に笑いたくなった。
「余所見ですか?」
ヒュンっと明らかに剣筋の違う音が響いた。
軽く避けられないその剣を咄嗟に剣で受け止めた。
小柄ながら鋭い剣技だと、思わず拍手を送りたくなる後輩。
まるでポニーを思わせる栗毛に、冬を耐え抜く針葉樹のような緑の目。
見た目は可愛らしいが、その中身は本物の騎士。
腰につくサッシュの色は赤。
第二騎士団、第三席……いや、寸前の辞令で彼女が副団長になったのを思い出した。
瞬木 千歳。
士官学校時代に二歳年下の後輩だ。
「あら、貴女も強くなったわね、千歳」
そう言いながら、彼女の剣を弾いた。
この子との舞台を整えるために、斬りかかってきていた三人を一気に片付けようとした。
一人、二人、と切りつけたところで、三人目を斬りつける寸前に、小柄な彼女が割り込んで、剣を受け止める。
「邪魔だから退いて!」
千歳の声に、無事だった一人が切りつけた二人を両手に抱えてセーフゾーンまで一気に後退する。
……この子は、士官学校時代に身分に不相応な才能を持っていたが為に、周りから僻まれ続けた。
その度に偲が自分の方に『僻み』を向けさせて守っていたのに、小動物のようなこの子は、いつの間にか一人で立っている。
でも、負けるつもりなんてないわ。
「貴女一人で私に敵うと思っておりますの?」
「思っていますよ!これでも副団長になったのでね……背負うものが多くなっちゃたんです!」
そう言いながら剣を何度も打ち込んでくる千歳。
川上 敬という人間がいなければ、もうとっくに彼女は副団長になったでしょうね。
この子は見た目のわりに、剣筋が恐ろしい。
剣の打撃に重さはないけれども、スピード重視の鋭さは随一と言っても過言ではない。
今だって迷うことなく、首、心臓、太もも……どこか食らえば致命傷になる場所ばかりを狙ってくる。
「とっても良い剣筋だわ」
そう言いながらも、全部を剣で受け止めて捌いていく。
小柄な彼女に無くて、私にあるもの。
長身……生まれ持ったリーチだけは、彼女は防げない。
反転攻勢で彼女の剣を打ち返した。
普通の騎士ならば剣を手放し、吹き飛ばされるはず。
でもこの子は、吹き飛ばされやしないし、剣を手放さない。
「つっ!」
千歳の悔しそうな顔と、声。
剣を手放さなくても、私の打ち返しに、バランスを崩して脇腹が完全な『隙』になった。
「相手が悪かったわね、千歳」
そう言いながら横薙ぎで剣を滑らせる。
ガキンっと金属音が響き渡った。
彼女の脇腹をしっかりと狙ったつもりだったのに、肉を切る音ではなく、響いた金属音。
「楽しそうなことをしていますね!」
私の剣を受け止めながら、カタカタと剣同志を鳴き合わせる乱入者。
亜麻色の髪に、細められた群青色の目は私をしっかりと捕らえていた。
「偲先輩!?」
「あら、偲。よく来たわね?」
「ええ、来ましたよ!」
ニコリと笑いながら、剣と剣の交わる音がカタカタと鳴り続ける。
チラリと視線を動かせば、一瞬呆然とした千歳は絶望した表情になっていた。
それでも剣を構えた千歳を見て、何故、千歳が私に単身で挑みに来たか理解した。
「ふふふっ、優しいのね。千歳。」
「優しいでしょ?僕の後輩は、僕の心を慮って、貴女を斬ろうとしたんですよ!」
そう言いながらもカタカタと剣の刃が交わり続ける。
千歳が私に単身で挑んだのは、偲に、私を斬らせないためだと理解してしまった。
本当に、優しい子ね。
そう口には出さずに笑った。
「あら、でも良いの?貴女がここに来たら、他が死んでしまうかもしれないわよ?」
「ご心配なく!周りの指揮を団長に押し付けてきたのでね!」
口を歪ませながら、偲は私の力に競り負けずに剣を保っていた。
……本当に、瑠璃子と同じ色なのよ、貴女の目は。
負けん気の強さを宿すその深い青色は、何にも汚されない高潔な色。
瑠璃子も、貴女も、同じ色で、同じように私を見ていたわ。
「あら、成哉様もお可哀想に。あまり指揮官向きの方ではないのに」
「ウチの団長を過小評価しないでいただきたい。
吉川は誰が何と言おうと、第三騎士団の指揮官ですよ!」
カンッと剣を弾いて私を一歩後退させる。
連撃で切りつけてくる偲を見ながら、本当に強くなったと思わざるを得ない。
「それにっ!第三騎士団の『誰一人死なせない』システムは、吉川が考えた!
僕はそれを補完したに過ぎない!」
カキンッ、ガンッ!と偲の剣を受け止めるが、その度に手に痺れが走る。
それほど強い打撃を、彼女が加えてきているのだと、理解した。
いや……それだけではない。
何人とも相手させられた第三騎士団の名も知らぬ平騎士たちの何度となく続けられた私への時間稼ぎが、ここにきて、私の腕に負担を掛けている。
「貴女こそ、何を考えているのですか!」
偲のはっきりとした問いかけに、言葉を返せなかった。
剣を止めることなく、偲が打ち込んでくる。
予想よりも強い打撃に、私は受けるよりも、受け流すことに変える。
柄を握る手に僅かな痺れを感じさせられていた。
そして私は笑いながら、台本を思い浮かべた。
「何を?朱子を女王にすることしか考えていないわ」
ニコリと笑いながら、台本通りに言葉を紡ぐ。
「ありえない!」
条件反射のレベルで、偲に否定された言葉。
失礼だけれども、私の方が驚いてしまいそうだった。
ヒュン、ヒュンと偲の剣が打ち込まれるのを、剣で受けつつ受け流し続ける。
「ありない?何故?」
「貴女と『瑠璃子』先輩は国を守ると言い続けていた!
朱子殿下だって、『姪っ子』の即位を望んでいた!
貴女がそんなこと望んでいなのは分かっているんですよ!」
この子はっ!と叫びそうになるのを抑え込んで笑う。
朱子の望んだ未来を、この子が聞いていたなんて、思っても見なかった。
でも、その未来を掴むために、私たちは行動した。
「いいえ、望んだ未来よ。私たちは自分たちの手で、未来を選ぶことにしただけ」
そう言って、偲の打撃の勢いをそのまま活かして剣を跳ね返す。
一歩踏み出ようとした瞬間に、偲の前で構えた千歳を見て、分が悪いと思い、足を止めた。
偲と千歳の二人がチラリと目配せをし合って、剣を構えた。
前に出た千歳と、後で構える偲。
偲の深い青色の瞳が殺気交じりで私を見てくる。
「貴女が望む未来は絶対に違うはずだ!」
偲の叫ぶような声に少しだけ、この道を選んだことを後悔した。
私よりも早い千歳と、私よりも力のある偲。
私が、育てた!って言いきれる後輩。
この二人を一気に相手するとは……と、思わず笑った。
「ふふっ、ふふっ、あははは!」
漏れてしまった笑い声が、思ったよりも綺麗に戦場に響いた。
傍から見たら、私は狂人でしょうね……。
でも、嬉しくてたまらないわ。
最期の最期で、私はこれからも国を守り続ける騎士と、手合わせ願えるのだから。
しかも、二人よ。
一人だって、舞台の役者には充分なのに、二人。
こんなに、心躍る一世一代の舞台はないわ!
「私たちは何も変わっていないわ」
これは本心。
そう、私たちは何も変わっていないのよ。
魔力はもうカラカラ。
転移で逃げる魔力も一切残っていない。
体力だって、群がるように斬りかかってくる第三騎士団の騎士を相手にしていたのだからキツイわ。
曖昧な終わり方は、誰も救わないわ。
だから悪役は、派手で、確実で、華麗に綺麗に消えるの。
そう思いながら、ぐっと握る剣に力を込めた。
手の痺れが少しずつ増している。
この状態で偲と千歳を相手に戦わないとならない。
この舞台で踊るのは、これが最期。
さあ、終幕よ。
悪役として華麗に、綺麗に、最期まで踊り切って魅せるわ。




