七十三節 騎士2
ジャリ、ガラッ、と歩み寄る音が響きます。
「ならば行きましょうか、城外へ」
兄上がニコリと笑いながら手を差し出します。
差し出された手に、光さんは迷うことなく手を乗せた。
二人は黒い靄の中に赤い稲妻を走らせた。
不信感と怒りを内包しながらも、二人は笑みを崩さなかった。
……光さんがドレスで、兄上が正装なら完璧なエスコートですよ、兄上。
なんて言いそうになりましたが、兄上がこちらを見てきましたので、お口にチャックです。
「昌澄、昆明殿下と澪さんは頼むよ。」
「承知しました」
私の返事を聞くや否や、兄上が転移魔法で光さんと消えられました。
私は両手を左右に出します。
昆明は慣れたように私の手を握りましたが、澪さんは「え?」と戸惑った声を上げました。
「転移するので手を握っていただきたいのですか?」
「いや、そうじゃなくて……」
そう言いつつも澪さんは私の手を取りました。
「何か?」
「光が男の人の手に自分から触れるのが意外なだけ。あの子が兄弟以外の手を取ったところ見たことなかったから驚いただけ。」
そう言いながらも澪さんの触れ方はまるでエスコートを受ける女性のように微かに触れる程度。
「それこそ、婚約者にすら触れないのにね」
ふふっと笑った澪さんが浮かべた緑色の意味を理解する時間はありませんでした。
瞬間、景色が変わります。
目の前に石積みの城壁。
喜哉の城壁の外へ出られたのだと分かりました。
「昆明、お仕事お願いします。」
「そう言うお前も、仕事しろよ、昌澄!」
昆明がかざした手の先。
まるで壁が下りて来るかのように黄色い結界が四方に張り巡らされます。
そして、そのコントロールを助けるために、私も『朝比奈の水』を展開させました。
「ああ、『光さん』は大人しくしていただけますか?」
「あ~……はいはい、ここで大人しくしていますよ。あ、でも、剣は貸してね?」
ニッと笑う澪さんは、どうやら意図に気が付いてくれたらしいです。
あちらで兄上と連携して戦う白の軍服を纏う光さんを、公式に認めるわけには行きません。
光さんの公式な扱いは『捕虜』です。
ですから、彼女が参戦してしまったことは認めることのできない事実です。
幸いにして『黒髪』で『黒い軍服』を着ている澪さんは、何も知らない春の国の人間ならば、『一条 光』だと勘違いするでしょう。
「ええ、構いませんが……念のためにお身体の確認をさせていただいてよろしいですか?」
そう言いつつ手を出しました。
あれほど華麗に動かれていたので忘れてしまいそうでしたが、彼女は死に掛けだったのです。
念のために確認した方が良いでしょう。
と、思ったのですが、何故か彼女は自分の身体を守るように腕を交差させて自分の肩を抱きました。
「あ、昌澄は手を出してくれれば体中、見られるから大丈夫だよ、澪さっ、ぐふっ!」
昆明が私の配慮を台無しにしそうでしたので、思わず肘でみぞおちを打ち込んでしまいました。
どうやら思いっきり入ってしまいましたが、流石昆明ですね、結界は一切ブレません。
まあ、何も言わずにニコリと笑って手を差し出しましたら、澪さんは恐る恐る手を乗せてくださいました。
「あ、そ、それなら、よろしく?」
乗った手から、魔力を流して全身を隈なく確認する。
少し栄養が足りていなそうな感じではありますが、大丈夫そうですね。
ただ……。
「キツイなら素直に座ってください」
私の言葉に彼女は苦笑いを浮かべました。
「バレたか!」
そう言ってドスッと地面に座った澪さん。
浮かび上がらせた色は赤に近い紫。
不服であり、怒りもある。
ちゃっかり彼女は私の愛剣さんを、地面に突き立てられて、いつでも抜けるようにしておりますね。
「魔力、ほとんど空ですね」
私の言葉に彼女は「はー」と長い息を吐きました。
「私は元々魔力が少ないのよ……。光の『共鳴』を止めるのに魔力、全部使っちゃったの」
悔しそうに頬杖を付きながら、胡座をかいて座る彼女。
行動は光さんとはまるで違うのですが、粗暴さを感じられません。
剣を握らない左手がしっかりと膝に置かれていますし、頬に当てられたその手はきれいに指が伸びている。
所々で所作が美しいと思ってしまいます。
「……その『共鳴』とは、危険な行為なのですか?」
思わず聞いた言葉に、澪さんはチラリと私を見ました。
そして彼女が浮かべた色は黄色。
信頼の色を浮かべてくれたことに少し驚きました。
「……危険、だね。最悪の場合、その『共鳴者』に身体を乗っ取られる」
澪さんは頬杖をついたまま前を見た。
その視線の先は兄上と光さんに向けられていた。
私もその視線をなぞるように戦場を見た。
兄上が『蝕毒』の触手を切り落せば、光さんが突きで『蝕毒』を昆明の結界にぶち当てた。
ジュジュジュッと蒸発するような焼ける音が耳に届く。
光さんに向かって暴れるように振り落回される触手を、兄上が切りつけて、光さんが焼き殺すのを手助けする。
苦戦する他の騎士たちとは比べ物にならない速さで連携しながら『蝕毒』を屠っていく。
二人は、長年の相棒のように連携しながら戦い続ける。
まるで兄上と綾人さんが連携しているような感覚だ。
でもそれは、長年の『信頼』から積み重なったもの。
だとしたら、兄上と光さんは……。
ぎゅっと口を閉ざして意識を逸らす言葉を探した。
……焼きユッケという名のハンバーグを思い出したとは流石に言えませんね。
戦場でそんなことが浮かんでしまった自分に笑いそうになってしまいました。
思考が逸れきる前に、紫を浮かべた澪さんを見ました。
「身体が、乗っ取られるのですか?」
「そう。感情が同化し過ぎると、身体を取られちゃうんだって。詳しくは知らないけど、危険な行為らしい。」
「らしい?」
「私は一条の血を引いてはいるけれども、持って生まれたのは『鷹司の血統魔法』だからね」
澪さんは指先に小さな稲妻を走らせました。
『鷹司』と言う名は戦場で聞いたことがあります。
確か、『雷帝・鷹司』と呼ばれた男が居たはずです。
澪さんは、その方の血縁者でもあるのでしょう。
パチパチっと静電気ほどの小ささの稲妻ですが、魔法というのは小さく展開するほど難しいのです。
緻密なコントロールが必要となるその小さなを見せる澪さんが、どれほど魔力コントロールに優れているか、一瞬で分かってしまいました。
「光の『共鳴』については、知識としては知っているけれども感覚は分からない」
そう言いながら、澪さんは遠い目で光さんを見ました。
「光が、詳しいこと話したがらないからね」
そう言いながら澪さんはどす黒い紫色を浮かべ、不満そうな表情で兄上と光さんを見ます。
「あのクズよりも、よっぽどお似合いだよ。」
澪さんの言葉は聞かなかったことにしました。
その後に浮き上がらせた色は深い海のような青。
静かな悲しみを感じる色に、口を閉じます。
同じことを思っていても、私は口に出すことはできません。
「私さ……自分の旦那とはうまく行っている方だと思うの」
「急に惚気ですか?」
条件反射でそう口にすれば、ニッと笑う澪さん。
その浮かべた色は桜のような鮮やかな桃色。
「まぁ、そうね。でも光を見るとね、なんか困った。」
「困った?」
澪さんは地面に突き刺した私の愛剣を眺めました。
銀色の刃に映る紫色の目が、悲しそうに揺れた。
「私は幸せなのに、光は幸せになる未来が見えない。だから困った。」
澪さんはそう言いながら、澄んだ水のような青を浮かべます。
それが本音だと色で分かってしまった。
「でもね、あのオニーチャンと妹を見ていると……隣で歩いてほしいって思っちゃうぐらい、光が幸せそうな顔をしている」
そう言った澪さんの色が澄んだ青から、濁っていく。
青紫……幸福な者が持ってしまう残酷な感情なのでしょう。
その感情を言語化するほど、私は愚かではありません。
「そんな未来、来ないって分かっているのにね」
澪さんの声は沈んだように、重く、静かに消えた。
「……国が変われば可能かもしれない」
ポツリと呟かれた言葉に私も、澪さんも思わずその声の主、昆明を見つめました。
思わぬ言葉でした。
ただ、その言葉に澪さんは黄色……オレンジのような鮮やかな色を浮かべました。
「ふふっ、凄いこと言うねぇ、昆明は」
そう言って笑う澪さんが、少しだけ表情を明るくします。
そして、私も思ってしまいます。
もしも冬の国が変わって、我が国も変わって、啀み合う国同士でなく、手を取り合えるような国同士になれば、兄上と光さんにその未来はあるのではないか?と。
「でもね、時間が足りない。光は帰れば……。」
澪さんはそこで口を閉じました。
ええ、聞いております。
光さんは、冬の国に戻られれば婚姻が待っていると。
思わず出そうになった言葉を内に留めるために奥歯を噛み締めました。
ですが、如何しても兄の秘めたる思いが叶うことを、
願ってはいけないと分かっているのに、願ってしまうのでした。




