六十八節 反転攻勢2
いや、兄上と光さんの参戦は大きいです!助かります!
なんて本音は泣きたいほど嬉しいです。
まあそう思いつつも、次から次へと魔法陣の術式を書き換えていきます。
私と昆明の思考が正しければ、この魔法陣で、『蝕毒』はある程度、動きを止めると思われます。
「さて、どういたしましょうかね?」
兄上が結界魔法を前に貼った状態で光さんと澪さんに尋ねます。
兄上の結界の向こうに立たれる白と黒の軍服を纏う光さんと澪さんは、
対になるように背中合わせで剣を構えていた。
「十分はいいとして、注意事項はありますか?『昌澄副団長』」
皮肉気にニヤッと笑いながら、冷たい目で『蝕毒』を見据えている光さんと。
「先に言ってくれないと、好き放題暴れちゃうからね!」
豪快にニッと歯を見せて笑いながら、同じく冷たい目で『蝕毒』を見据えている澪さん。
剣の構え方で分かりますが、お二人とも本当に強いです。
これが世にいう阿吽の呼吸ですね。
……私の愛剣さんはどうやら澪さんに使いこなされていて、しかも刃こぼれとかされていないようで、なんとも言えませんね。
愛剣さん、私が持っている以上、こんなに使ってもらえることないと思いますので、
この際に大活躍されてください。
「とりあえず、触手を斬るだけに留めていただきたいですね。
核への攻撃は出来ればしないでいただきたい」
私の言葉に三人ともニヤリと笑われました。
頼もしいですね、攻撃型の方が増えるのは。
「さて、昆明。さっさと終わらせますよ!」
「は~……俺なんで喜哉に来たんだろう」
そう言いつつも、昆明は解析と並行で魔法陣の書き換えを続けている。
私と昆明があの『蝕毒』のおかしいと思った点はただ一つ。
――異常なまでの超回復。
切っても、切っても回復し、魔法で焼こうが、凍らせようが、切り刻もうが、その『魔力』が空気中に溶け出してまた再生する。
まるで人間の身体の再生を高速で見ているようだった。
あの『蝕毒』が何らかの実験で遺伝子変異させられた『魔獣』と解釈するならば、もしかすると、超再生は『蝕毒』の寿命を縮める形で行われているのではないか?
そう結論付けたのですが、残念ながら澪さん一人で前衛を防いでいただいている状態では、私と昆明が新しい魔法を組み替えるほど余裕がありません。
「本当に、兄上と光さんが来てくださって助かりました」
「……俺としては『蝕毒』に同情しそうだけど」
私の言葉に昆明は起動前の魔法陣を見ながらそんなことを呟きました。
『ギョアアアアア!アアアアアアア!!』
ズシュッ、ドシュッ、ブワーッ。
切断音、衝撃音、粘液音
と、耳に届く音がスプラッタ状態で何と言っていいか分かりませんね。
チラリと見上げた戦場では、右から光さん、左から澪さんが確実に『蝕毒』の触手を切り取っております。
兄上がまるで建築工事でもしているのですかね?というレベルの結界魔法で足場を作っておりますし、結界魔法で触手を切り落とすなんて器用な芸当もやっておられます。
兄上の足場職人技術が神掛かっております。
その足場を高速で走って、飛んで、使いこなす光さん、澪さんも神掛かっておりますね。
強い人間たちって、どうしていきなり息の合ったような連携が出来るのですかね?
不思議です。
うわー、
兄上強―い!
澪さんも強―い!
光さんも強―い!
なんて現実逃避をしながらとりあえず、手を動かします。
時間稼ぎを確かにお願いしましたよ?
十分あればいいとも言いましたよ?
ちょっとオーバーキルで『蝕毒』が可哀想になってきました。
同情する気はありませんが。
ふう、と息を抜いてから視線動かします。
『飛んで火に入る『蝕毒』』用の魔法陣を見上げました。
私と昆明の背丈ほど大きく描かれた魔法陣。
詳細に展開させる魔法を指示するために、これほど大きくなってしまいました。
一般的な魔法陣が手のひらサイズで済むのですが、今描いている魔法陣は言うなれば壁画並みですね。
これだけ大きくなったと考えればこの魔法陣で起動する魔法が、どれほど精密かつ緻密か、見ただけで分かるでしょう。
……時間があれば、こういう魔法陣を何個も解読する方が私は好きなのですがね。
「昌澄、あとは『朝比奈の水』を組み込めば、理論上は完璧だと思う。」
昆明の言葉に私は魔法陣に手のひらを当てました。
キュウッと手のひらから魔力がその魔法陣に吸われていく。
指先から、寒気のようなものを感じる。
氷で一気に冷やされたように、指先が冷たくなってきた。
身体に変化を感じるほど、この魔法陣は私の魔力を必要としている。
私の魔力を帯びた魔法陣は、徐々に書き込まれた線は私の心音と共鳴するようにドクッ、ドクッと青い光を満たしていく。
「上手く、起動しましたね」
「ああ、考えが正しければ、コレで、『蝕毒』の『超再生』を逆手にとって、
上手くいけば『蝕毒』自体の機能を停止させられる」
私の言葉に、昆明が頷きました。
「『蝕毒』が生物の遺伝子組み換えされたものだとしても、必ず細胞には分裂できる回数が決まっておりますからね……なら、その回数がゼロになるまで、回復させてしまえばいいのです」
そう言いつつ見た魔法陣の八割ほどは青の魔力で満ちました。
しかし――。
「……やっぱり昌澄の魔力だけじゃ足りなそうだな」
昆明の言葉通り、魔力が足りていない。
彼は私が魔法陣に触れた反対の左手を握りました。
同時に、雷を落とされたか?というぐらいの激痛が身体を突き抜けました。
「痛たたたたっ!?」
「えっ!?」
急激に流し込まれた昆明の魔力に思わず叫んでしまいました。
ついでに、条件反射で昆明の手をベシッと叩きながら放しました。
手は放されたのに、帯電するかのように、まだビリビリしてくるようです。
「アホですか!急にそんなに魔力を流し込む馬鹿ありますか!」
「え、ええ?これでもゆっくりやったよ?」
「私だったから良かったですが、普通の魔力量の方でしたら気絶レベルですよ!」
そう言いつつももう一度手を出して、昆明がパシッと手を掴んだ。
「私が主導で魔力を奪い取ります。」
「抵抗しないからもってけ!」
昆明の魔力を自分の魔力に変換して、それを魔法陣にぶち込みます。
中心から端部まで、ゆっくりと青の光は満ちていきます。
「……昆明」
「なに?」
「ところで、この魔法陣、『蝕毒』に当てるにはどうしましょう?」
「考えてなかったの!?」
「ええ、魔法の原理は考えたのですが、どうしましょうか?」
「言われても困る!?俺だって起動するところまでしか考えてないよ!?」
どうしましょうか?とりあえず投げてから考えますかね?
「どうしたんだい?二人とも」
急に響いた声に、私も、昆明も互いに見合ってからその声の人物に目を向けました。
「申し訳ございません、兄上。魔法を起動することまでは考えていたのですが、コレを『蝕毒』に投げる方法を考えておりませんでした。」
私の素直な言葉に「ぷっ」と噴き出した兄上は私が魔力を注ぎ込み続けている魔法陣を見ました。
「なるほど、この魔法陣をどこに展開させればいいのだい?」
何処と聞かれれば、『蝕毒』を閉じ込めて、逃がさない場所。
そうなると――。
「頭の上ですね」
即答で応えれば、兄上は触手を切り落とし続けている光さんと澪さんを見上げられました。
二人とも、ちらりと視線をこちらに向けて、そして阿吽ように口を開いて笑う澪さんと、口を閉ざして笑う光さん。
「原理として……私でも起動し続けられるかい?」
兄上がそう言いながら魔法陣をジッと見られました。この魔法陣は『朝比奈の水』を繋ぎのベースにしております。
つまりは、我が家の血統魔法である治癒を使えさえすれば、起動可能です。
「ええ、兄上ならば可能です」
「つまり、光さんと澪さんは不可ということだね」
そう言いながら兄上が魔力を魔法陣に込めた。
展開の主導権が、兄上に移ったらしく、氷のように熱を奪われた指先に一気に暖かみが戻ってくる。
――魔法陣の青色が少しだけ濃くなって見えた。
「なかなかに……魔力を食いそうだね」
そう言った瞬間、兄上は一度深呼吸をします。
兄上の表情が少しばかり曇りましたが、すぐさま走り出した。
走った先に、三段の結界魔法を展開する。
『蝕毒』は何かを察したのか、兄上の飛ぶ先に、触手を振り回そうとした。
けれども、振り回される触手は動く前に、光さんと澪さんに斬り落とされた。
「えっぐ」
昆明の声が、妙にはっきりと聞こえました。
兄上が飛んだ先、そこで兄上の魔力が満ちたまま起動している魔法陣を展開させます。
周りの魔力と、『蝕毒』が漂わせた魔力を循環させた魔法陣は、『蝕毒』の頭上に大きく描かれた。
『蝕毒』自身の魔力を使って『超再生』を限界まで繰り返させて細胞を劣化させる。
――要は魔法陣の下にあるものすべてを『老化』させるということだ。
あれ、兄上たち、まだ攻撃するつもりで振り返りましたね?やばっ!?
「あ、兄上!!魔法の発動が始まると一気に超回復されて、兄上たちも老化してしまうので魔法陣から逃げてください!」
私の叫び声に、兄上、光さん、澪さんが、一瞬動きを止めました。
「「「はっ!!?」」」
いや~、素早いですね、御三方。
光さんは瓦礫の上から静かに、でも正確に魔法陣から逃げられて、
澪さんは瓦礫を崩しながら豪快に、慌てるように魔法陣の外に逃げて、
兄上は『蝕毒』の頭上から結界魔法で足場を作ってすぐに逃げ出しました。
「さて、昆明、仕上げですよ」
「……どっちが悪役か分かんねぇ顔しているんだけど」
そう言いつつも、昆明はその魔法陣の円形に合わせて展開した結界魔法で、
『蝕毒』を魔法陣の檻に閉じ込めます。
展開された頭上の魔法陣、そして周りの結界の檻に閉じ込められた『蝕毒』はだんだんと色が黒ずんでくるように見えました。
まるで、新鮮な肉が、酸化していくような……。
『ギャアアアアアアア!』
何故か、声が急に奇声から悲鳴のような声に変わりました。
まるで泣き叫ぶ女性のような甲高い声。
その声が、妙に人間のようでゾワゾワッと背筋が寒くなります。
『イヤアアアアアア!ヤダアアアアア!』
その叫び声を上げながら、ボコボコと『蝕毒』が形を変えていきます。
何故かその変わっていく形が、見覚えがある構造なのです。
ゴクリ、と唾を飲みこんでしまうのは、仕方のないことでしょう。




