六十六節 赤い喜哉9
Side 瞬木 千歳
転送ゲートから流れ込んでくる非戦闘員を見ながら、複雑な気持ちで王都のゲートを眺めていた。
大規模の転送ゲートは最初に座標位置を指定できる魔法士が道を作らなければならない。
たどり着く場所の座標を確実に検知しながら入口と出口を繋ぐ空間転移魔法。
魔力コントロールがモノを言う仕事だ。
しかも針に糸を通すレベルの緻密な作業。
この非常時の喜哉にいる魔術師で、確実に出入口を検知できるのは
私か、昌澄くんだけだった。
王家との交渉に、私のような弱小貴族の娘では話にならない。
昌澄くんは王家との交渉役の仕事がある。
だからこそ、私がその役目を負わないといけなかった。
確実に、非戦闘員が喜哉から逃げて来られている。
考えが正しければ、非戦闘員が『蝕毒』の栄養価になりかねない未来を防ぐための措置とも分かっている。
でも私は――出来るならば第三騎士団へと助力したかった。
自分の尊敬する先輩が、せめて楽に戦えるように背中を守りたかった。
傷だらけで立って前を見る彼女を、せめて物理的に守りたかった。
「おい、千歳。んなしかめっ面するな」
ポン、っと乱暴に頭の上に手を乗せられた。撫でるわけでもなく、肘置きのように置かれた手をそのままに、その顔を見上げた。
「なんですか、綾人様」
「千歳副団長」
ニヤッと笑いながら私の今の地位を自覚させに来る彼に、盛大な溜息を吐いた。
「なんですか、綾人団長」
「お前が気にしているのは第三騎士団か?」
「ええ……偲先輩がいる団ですし、死傷者が一番多い団でもありますから」
そう言いつつも、偲先輩を思い浮かべた。
あの人は昔から飄々としていた。
士官学校時代、不可抗力であの人が女だと知った。
それでもあの人は私を妹のようにかわいがってくれた。
『僕もね、先輩にこうやって可愛がってもらったんだ~』
珍しく楽しそうに喋ってくれた偲先輩はニッと笑った。
『で、何を返せばいいか?って聞いたら、その人は『後輩に還元すればいいわ』ってかっこよすぎだよね~』
そう言いつつ、彼女は私に恩を還元した。
だから、同じように後輩に還元した。
偲先輩の恩人が誰か――分かっていた。
だって、偲先輩はあの人と喋る時だけは素で喋っているようだった。
銀髪と亜麻色の髪の二人が、夕焼けが終わるまで全力で剣を打ち合う姿は、士官学校に居た人間なら、ほとんどが知っている話だ。
だからこそ、あの人を『殺す』側に回った偲先輩を想像して、胃がきゅっと縮む。
士官学校の時に見た楽しそうな打ち合いじゃない――。
命を取り合う本気の斬り合い。
もし、偲先輩が敵に回ったら、私はその決断が出来るか分からない。
ギリッと奥歯を噛み締めた。
剣を握っていない手に思わず力が入る。
「俺が言うのも変かもしれないけどな、笠谷副団長は大丈夫だろう」
綾人団長の言葉に思わず顔を上げた。彼はゲートを眺めながらそう言った。
「俺も、清澄も、天狗に成らなかったのは一個上に笠谷先輩がいたから。
あの人後輩だろうが、容赦なかっただろう?だから大丈夫だ」
そう言われて「ふっ」と笑いが零れてしまった。
士官学校に入ったばかりの十歳。
ずば抜けて天才だったこの人と清澄様は他に追随を許さないほど優秀だった。
でも、二人が天狗に成らなかったのは、偲先輩をはじめとする、優秀な先輩たちがボコボコに二人を打ちのめしたからだ。
あの時、半泣きで悔しそうにしていた綾人団長と、ニコニコしつつも内心で苛立っている清澄様を見た時、悪いけれどもスッとした。
今考えれば、二人も人間だと、親近感を覚えたのは、そのおかげだったかもしれない。
そして、私を三位の成績まで引き上げたのもその先輩たちだった。
でも、その先輩たちは偲先輩を遺して、みんな死んでしまった。
その先輩方の『死』が、今に繋がっている。
「敵討なんて考えるなよ?」
「考えていません。考えないように、しています……」
三年前、今の第三騎士団の騎士団長、吉川 成哉が率いた小隊が全滅した。
生き残りは、吉川と偲先輩。
死んだ中には同期が居た。
士官学校時代に、同じ部屋で六年も共にした親友だった。
後輩もいた。
一番多くは一個上の……優秀な先輩たちだった。
その中に、偲先輩の婚約者もいた。
秘密、といいながら教えてくれた恋バナは、今でも心を抉る。
結婚式、来てくれるよね?
なんて笑う偲先輩を今でも思い出せる。
だから、吉川が嫌いだった。
お前がみんなの未来を奪ったんだ!
叫んでしまいたかった。
でもしなかったのは、彼が偲先輩を騎士団に戻したからだ。
どんな形であれ、偲先輩に前を向かせたのはアイツだ。
「結局……私たちは朱子殿下の手の上で転がされているってことですよね」
「まあ、そうなるな……」
綾人団長は何とも言えない顔でゲートを見た。
転がされていると分かっていても、私たちはあの人たちを『生かす』のが仕事だ。
今朝、綾人団長の所に情報提供者が現れた。
彼曰く、『姉を止めてくれ』と土下座しながら資料や、証拠を持ってきたという。
あの人は――どれだけ自分が人に影響を与えていたかなんて知らないのだろう。
自分を虐げていると思っていた弟が、どれほど苦心して姉を守っていたか知る由もない。
でも同時に、『ならば何故!心が壊れる前に救いの言葉を入れなかった!』と叫びたくなった。
自分よりも年下の青年に、そんなことを言うのはお門違いだと分かっている。
それでも、彼が勇気を出して、あの人を止めていれば、彼女は、偲先輩と戦う必要なんてなかった!
「それで、冷泉家の……資料はどうしたのですか?」
思い出したように綾人団長を見ながらそう聞いた。
「ああ、国王陛下に献上した」
綾人団長は何でもないような顔でそう答えた。
今朝、冷泉家の長男、冷泉 親芭が慌てるように綾人団長の家に駆けこんできた。
『第一騎士団の綾人団長と会わせてくれ!お願いだ!』
となりふり構わず、門の前で這いつくばって声を上げたらしい。
彼は使用人が処分しようとしていた資料を見て、それを奪い取って走ってきた。
暖炉から燃やされかけの資料を素手で取って火傷まみれの手、
這いつくばった所為か、膝には煤と土、
焦げた服もそのままに、彼は秋里邸へ慣れない馬で走り込んできたそうだ。
そして彼がもたらした資料は、全ての根幹を揺るがした。
でも、何より驚いたのは、冷泉 親芭は冷泉 百合子をボロボロになるほど大切に思っていたことだ。
大切ならば何故、事が起こる前に腹を割って話さなかった!
明日が必ず来るとは限らないのが騎士だ。
彼が勇気を出していれば、変わった未来かもしれないと思えば、歯がゆい気持ちが湧き出てくる。
間に合わなかった後悔は、いつも生き残った側の胸に刺さる。
ふと目を閉じれば、私も親友のぼやけ始めた笑顔が脳裏に浮かぶ。
今、冷泉 親芭は証人として王宮牢に監禁されている。
本人は抵抗することなく、ただ静かに、待っているらしい。
「全く……破天荒な人だって知っていたけどな、あの人は結局破天荒なんだよな」
呆れたように綾人団長はそう言った。
綾人団長が思い浮かべたのは太陽のようなあの王女殿下だろう。
「……百合子先輩は、止めるべきだったと、思います。」
思わず口に出た言葉に、綾人団長は「ははっ」と乾いた笑いを漏らした。
「親友っていうのは……そう言う存在だろう。理解していても、その道が正しくもあれば、自分も同じ道を突っ走る」
「……綾人団長にとっては清澄様ですか?」
「ああ、違いねぇな。俺にとっての清澄。昆明にとっての昌澄。お前にとっての」
そこで綾人団長は口を閉ざした。
言われて見て、彼女が生きていたら、私も同じ道を選んだかもしれない、と思わず笑う。
「そう言われると、朱子殿下を止めなかった百合子先輩が分かる気もします」
「だからと言って、自爆覚悟で邪魔者を消すっていうのは正しいと思えねぇ」
「私もです」
「だから、避難が終わったら、すぐに喜哉に飛ぶ。」
そう言いながら住民の一人が、私の顔を見て走ってきた。
「騎士様!こちらを渡すように言われました!」
若い女の子が私に折られた紙を差し出す。「ありがとう」と言いながら開けば、思っていたよりも喜哉は混乱の渦に落とし込まれたようだった。
『旧領館より大型蝕毒出現。
王都に出現した個体とほぼ同サイズ。
昆明殿下と朝比奈昌澄第二騎士団副団長および黒髪の冬の国の軍人が交戦。一条光が助力していると思われる。』
『喜哉、城壁外、真紅隊出現。冷泉 百合子隊長を除き、全ての団員が蝕毒へ変貌。
現在人型程度の大きさ。第三騎士団が交戦。』
『避難完了まであと5分』
簡潔に書かれたその紙を見て、綾人団長にも見えるように差し出した。
「おいおい、従妹殿なにやってんだ」
呆れたように言う綾人団長は、光さんが大人しくしていないのにムッとしたような表情だった。
でも、私はその情報に違和感があった。
このお手本のように綺麗な字は清澄様のものだ。
彼はかなりの達筆で、実はきれいすぎて読みにくいと不評でもある。
なのに、光さんだと、断定していない。
「って、違うな、これ」
そう言って綾人団長が紙を掴んだ瞬間、青い魔力で文字が浮かび上がった。
『どうやら昌澄と昆明と一緒にやり合っているの、光さんの従姉の『篠宮 澪』のようだよ。
私は昌澄を助けに行くから、第三騎士団はよろしく。』
「あ」
思わず零れた声に、綾人団長は苦笑いを浮かべた。
「俺限定で分かるようになっているわけだな」
「そう言う事でしょうね。」
「篠宮 澪って……従妹の従姉か?」
「ややこしいですね、とりあえず親戚ですか?秋里のご関係者って、破天荒な方ばかりなのですかね?」
「いや、そっちは一条の関係者だろう」
「ついでに言えば、清澄様も結構ブラコンですよね?」
「それは否定できない。『よろしく』って軽過ぎだろう」
「ところで、清澄様はなんでわざわざ、こんな回りくどいことをするんですかね?」
「そりゃ、俺たちを混乱させないためだ。
『外交』的には、『不法入国者』が暴れているより、『捕虜』が暴れているってことにした方がいいんだよ」
そう言う綾人団長はめんどくさそうな顔をした。こういう時、綾人団長と清澄様は何というか、国の上層部の方だと思わざるを得ない。
カンカンカンカンカンカン!
鐘の鳴る音が響いた。
最後の非戦闘員が喜哉のゲートをくぐった音だ。
その音に反応するように、一歩前に出た綾人団長は団長の証たる長い外套を靡かせながら第一騎士団と対面するように振り返った。
「じゃあ、第一騎士団全団員に告ぐ!」
綾人団長の声に私を含めた全員が、ザッと足を揃え、右手を左胸に当て、背筋を伸ばした。
その動きは誰一人乱れることなく、統一された。
「喜哉に入り次第、城外で『蝕毒』と交戦中の第三騎士団と合流する。
我らの目的はただ一つ、『蝕毒』の殲滅!」
誰もが綾人団長の声を静かに聞いていた。
「そして、我が国を守ろうと闇に落ちた同胞の救出!
——まだ、帰ってこられる可能性がある者を、斬るな。
天翔宮 朱子『殿下』、ならびに冷泉 百合子を何としても生きて捕らえよ!」
「「「「「はっ!!」」」」」
ゲートから、人の列が途切れた。
ここからが私の仕事だ。
安全に人を運ぶならば、私が喜哉に着いてから王都から喜哉へのゲートに第一騎士団が入るべきだろう。
でも、時間は一秒たりとも無駄にできない。
迷うことなく入り込んだゲートの中は様々な色が混ざり合った虹のような世界。
そこに一歩踏み入れた瞬間から、繋がっている出入口の魔力方向を反転させる。
私が先頭でゲート内を歩いて行けば、続いて綾人団長、第一騎士団の団員が次々に続いて来る。
確実に、正確に、でも最短距離で、ゲートを王都から喜哉に繋ぎ変えていく。
蜘蛛の糸で繋がれた道を手探りで探す感覚だ。
私が座標の位置を読み違えれば、ここの百人がこの異空間のような場所に取り残される。
タラりと、汗が額から頬を伝って落ちていく。
でも、第一騎士団の仲間は、私を信じて歩いてくれる。
だから、私も、私を信じて喜哉へのゲートを歩く。
歩いた先に見えたのは眩い光。
一瞬、目をしかめた先に見えたのは高い石積みの城壁。
青い空にパンと空砲の音が鳴り響いた。
戦いへの道が、繋がったのだと理解した。
「綾人、第三騎士団は任せました。」
「ああ、そっちも殿下は頼んだ」
「ええ、そちらも捕縛優先で」
綾人団長と清澄様はすれ違うように走り出した。
続くように、第一騎士団は城壁の外に向かって、走り出した。
私も、城壁の外へと転移魔法で一足早く向かうのだった。




