六十二節 赤い喜哉5
Side 朝比奈 維澄
目の前で広がるのは言うなれば地獄絵図だろう。
あ~あ、なんで遠澄を送り出しちゃったのかな?
なんて思うけど、俺の役割はここで多くの仲間を回復させること。
死ななければいい。
俺が治せない人間なんてそうそういない。
だからこそ、俺は傷付くわけには行かない。
ジッと戦闘で戦う三人を見た。
朱子殿下の親衛隊・真紅隊。
朱子殿下と吉川団長の婚姻関係もあって、
どこよりも連携を取ったその隊が敵となった。
俺たちの所属する第三騎士団の騎士が戸惑っていたのも、
団長が戸惑っていたのも、肌で感じていた。
でも、その空気を吹き飛ばしたのは笠谷副団長だった。
あの細い体で、自分の傷をさらけ出してまで全員を奮起させた。
ある意味女神だな、あの人。
なんて思いながら、先頭の乱戦を見る。
真紅隊の隊長、冷泉 百合子。
と、真紅隊の騎士二人。
冷泉 百合子の強さは測ったことがない。
王族軍は騎士団の大会に出てこないから実力は測れない。
でも、強いのは知っている。
後二人の騎士も、強者だというのは、第三騎士団なら誰もが知っていることだ。
真紅隊の三人の連携はまるで隙が無い。
でもその三人と対等に打ち合うのは第三騎士団最強。
吉川団長、笠谷副団長、そして俺の双子の兄で三席の遠澄が連携しながら戦う。
遠澄が槍を握ったのは、ほんの数週前。
それでも、あのトップレベルで戦える遠澄が、少し遠い存在に見える。
団長と副団長が斬り込み、出来た隙を遠澄が槍でフォローする。
ここ数日、副団長と団長に、槍の指導頼んでいたもんね。
だからこそ、三人の連携は桁違いに隙が無い。
この三人に他の団員たちでは、乱入することが出来ない。
下手をしたら、三人の誰かを傷つけることになる。
誰もがそれを解っているから、乱入せずに、三人の邪魔をさせないように守っている。
せめて、俺がここから動ければ、あの均衡を崩せる!
でも、ここを動くということは、仲間を見捨てる事。
それは出来ない、と思いとどまる。
「っ!ごめんな、維澄。でもお前の分も、『蝕毒』を減らしてくる!」
そう言って駆け出すのはさっきまで腕を失っていた騎士。
袖の無くなった上着を気にすることなく、彼はまた戦場に駆けだす。
分かっている。
俺の役目は、ここで、誰一人死なせないことだ。
回復したばかりの彼が、人間ほどのサイズの『蝕毒』を切りつけて、
そして他の騎士と連携して『核』を破壊する。
ただ、妙だ。
何故か『核』を破壊すると、魔力の歪みのようなものが目に見える。
彩眼で見えるこの魔力の動きに、どうも違和感がある。
「こういう時に、昆明さんがいると助かるんだけどな」
なんて、ここに居ない人を思い浮かべるけど、やっぱり違和感が拭いされない。
水魔法を展開し続けながら、見てみよう。
幸いにして、『朝比奈の水』は寝ていても展開できる治癒魔法だ。
そうやって、俺たちは訓練してきた。
一度目を閉じて、ゆっくりと魔力を目に集中させる目がじんわりと熱くなるような感覚。
それを感じたところで、俺は目を開く。
底で見えるのは『色』だけの世界。
人間は全部人の形をした魔力の塊で、同じように『蝕毒』も肉の形をした魔力の塊。
『蝕毒』の中の核が隣の騎士と魔力と共鳴するように見えた。
その魔力は同じ心臓が、二つ脈打っているみたいだった。
一度目を閉じて、彩眼の能力を抑え込む。
俺も、遠澄も、彩眼の能力が強い。
コントロールして、抑え込まないと、見える世界が魔力だけになる。
人の顔も、髪型も、体形も、服の形も、服の色も、判別できない。
感情の色さえ、魔力の色に押しつぶされて見えなくなる。
――声と形と魔力の色だけの世界。
だから他の人と近い世界を見る為には、この彩眼を押さえないと判別できないのだ。
彩眼を抑え込んだ世界で見えたのは深紅のスカーフを付けた真紅隊の騎士だった。
つまり、『蝕毒』の『核』と共鳴しているのは真紅隊の騎士。
「なんで、『核』と共鳴しているんだ?」
もう一度、目を閉じて魔力を集める。
この世界は、正直に言えば恐ろしい。
顔も、仲間も、何もかもが魔力の色だけで、誰かも何かも判別できない。
判別できたのは、家族だけだった。
でもこの能力が怖くなくなったのは、第三騎士団の仲間たちのおかげだった。
全員が、彩眼で見る世界を理解して、魔力で誰か分かるまで俺たちの訓練に付き合ってくれた。
だから俺たちは、第三騎士団のおよそ百人を魔力だけで判別できるようになった。
大丈夫、俺は見間違わない。
そう覚悟を決めて瞼を上げる。
また広がるのは魔力と色だけの世界。
『蝕毒』の核がドクン、ドクンっと脈打つような魔力の波動を放つと、
同じように近くの騎士の魔力がドクン、ドクンっと脈打つ。
全く同じものが二つあるかのような光景。
契約魔法?それとも使役魔法?
いや、見えるのはもっと禍々しい何か……呪いか?
同じペース、同じ波動、同じ色の真紅隊の騎士と『蝕毒』の『核』。
共鳴の方がまるで『同一個体』だ。
その瞬間、違う色の魔力の人間が、『蝕毒』の『核』を壊したようだ。
この色は見覚えがある、第三騎士団の騎士だ。
パキッと『核』ヒビが入り、弾け飛んだ。
瞬間、『核』から魔力が放出された。
少しなんてものじゃない、大量の魔力だ。
思わず同じ波動を持った魔力の塊を見た。
その真紅隊の騎士は赤い魔力の塊。
空洞ができ始めていたその空間に、大量の魔力が吸いこまれていく。
見たことのない光景。
その魔力の塊の空洞は魔力枯渇を意味していた。
でも、目の前の魔力の塊は、空洞が無くなった。
意味することは――魔力の全回復。
赤い魔力の騎士から魔力の塊が渦巻くのが見えた。
瞬きで視界を、彩眼の抑え込んだ世界に変えて、魔力の流れがおかしい騎士を見た。
深紅のスカーフを首に巻いたその騎士は特大の炎魔法が展開している。
さっきまで魔力が枯渇しかかった真紅隊の騎士が、急にポーションでも飲んだかのように魔力が跳ねあがっている。
その炎魔法を展開する深紅のスカーフの騎士が――虚無な目で笑った。
涙を止めることなく流しながら、口は不自然に歪んで笑っている。
「下がれ!!」
思わず叫んだ瞬間、真紅隊の騎士は炎魔法を俺たちに向けて放った。
「ちっ!」
『朝比奈の水』を展開したまま、俺は水魔法で防壁を展開する。
俺の防壁に気づいた第三騎士団の騎士たちは防壁まで一気に下がる。
ド――――ンと爆音。
続いてくるのは熱波のような爆風。
俺は、咄嗟に、隣に居た第四騎士団から借りた魔法士の身体を抱きながら、結界魔法を展開し続けた。
キーンと耳鳴りがする中、セーフゾーン内にまだ自分がいることを確認した。
ぐわん、ぐわんと頭が鳴り響く中、周りを見渡す。
吹き飛んだ治療中の騎士が数名見えるが、まだ死んではいない。
働ききらない頭が、咄嗟に声と張り上げさせた。
「二班!セーフゾーンに負傷者を戻せ!三班!二班の補助を!」
俺の声に反応した二班の騎士は負傷者を回収し、三班の騎士が二班を守るように退路を作る。
団長、副団長、そして遠澄が戦う以上、俺がこの場で指揮するしかない。
指揮系統を乱すわけには行かない。
ハッと見た瞬間、先ほどの炎魔法を放った真紅隊の騎士が、地面に伏していた。
見える色がなくなり、僅かな波動もこと切れる。
彼の目が二度と光を映すことなく、亡くなったのを理解した。
魔力枯渇か、でもあの大魔法を放った瞬間、彼は生を終わらせた。
何故?『蝕毒』の『核』が破壊されると同じ波動を持つ騎士の魔力が回復する。
でも、彼が大魔法を放った瞬間、事切れたのは、何故?
「あの、大丈夫です、から、」
まるで俺を現実に引き戻すかのように、小さな声が響いた。
自分が腕に抱えた女性がだした声だと気づき、咄嗟に抱えた治癒士の声だったと気づいた。
抱きしめっぱなしになっていた腕を解きながら、一応「ごめんね」と謝ってから言ってから前を見た。
「あの、すみません」
急に聞こえてきた声に、第三騎士団の人間を見慣れている俺からすれば、めちゃくちゃ小人感があるその子を見た。
昌澄の兄上の想い人の綾人さんの部下……っていうか、千歳さんよりも小人だな。
第四騎士団から借りている治癒士。確か、名前は――。
「汐治癒士?何か?」
「前線に、出てください」
ぎゅうっと、汐治癒士は剣を握った。
その手が震えているのが分かるけど、それでも彼女はジッと俺を見てきた。
「どう見ても、あの均衡を破るには維澄さんの力が必要です!
ここの治癒は任せてください!
『朝比奈の水』には負けますが、治癒魔法には自信があります。」
そう言いながら、彼女はぎゅうと握った剣を媒体に一気に治癒魔法の魔法陣を展開した。
青色の魔法陣の外周サークルが小波を立てるように回り、
さざ波のような淡い青の魔力は次々に負傷者を治癒していく。
ただ、展開している魔法陣は見たことのないものだった。
「見たことない回復魔法だ」
「それもそうです!第三騎士団に応援に来るようになって、『朝比奈の水』を解析しながら自分で展開できるようにした回復魔法です!」
そう言いながら笑顔を浮かべる彼女は震える手で剣を握りしめた。
「円環可動式の治癒魔法です!ついでに言えばぶっつけ本番です!」
彼女の明るい声を聞きながら見た青い魔方陣の魔力は安定している。
思わず彩眼で見たその魔法陣は外周サークルを回転させることで少ない魔力で大規模な治癒魔法を展開させているのだと気が付いた。
「なるほど、これで円環可動式。考えたね」
これが戦場でなかったら理論を聞いてみたいところだな。
比べる相手が悪いかもしれないが、昌澄の兄上レベルの緻密な魔力コントロールだと思った。
確かに、これなら俺は前線に出られる。
でも、どうする?
本当に平気か?
この子が倒れたら?
今だって、この子、手がめちゃくちゃ震えている。
「維澄、行け」
「俺たちは、その子を、信じる」
「大丈夫だ、汐さんは、ずっと、俺たちの治療をしてくれている」
治癒されている仲間たちがそういて笑った。
もう一度、彼女を見た。
綺麗な泉のような水色の髪に、深い海を思わせる青い目。
小柄なこの子が浮かび上がらせる色は鮮やかな青と、煌びやかな黄色。
魔法媒体にしている剣を握る手がブルブルと震えているけれども、
言っていることは真実だし、その考えにも絶対的な自信がある。
「ありがとう。ここは任せるよ、汐さん」
そう言って剣を抜いた。
ふう、と深呼吸をしてから戦場を見た。
覚悟を決めて、重心を前に向けて、走り出した。
トップスピードで、深紅のスカーフを目がけて、全力の『突き』。
俺の動きに気付いた遠澄がニヤリと笑いながら、その場所を空ける。
遠澄の槍が空けた隙を俺の剣がすり抜けた。
深紅のスカーフを裂くように、一人の騎士の首横を剣が通り抜けていく。
流石遠澄だよね。相手の急所を的確に開けてきた。
スカーフではない、赤黒い液体が、首から噴き出すように広がった。
悲鳴も上げられないように、真紅隊の騎士は倒れていく。
『よし!』と叫ぼうとした瞬間だった。
何故か、倒れていく騎士の口が高揚して笑うように歪んだ。
深紅のスカーフが首から離れて騎士が倒れていく姿を見ながら、
ニヤリと笑うのは団長でも、副団長でも、遠澄でもなく――。
冷泉 百合子、その人だった。
口角だけが上がった。
目は、氷みたいに動くことはない。
パンと一回の空砲が鳴り響いた。空を彩るのは青の発煙筒。
避難完了まで残り五分。
その吉報と思われる音と空の色を見た彼女は綺麗な黒の稲妻が混ざる赤を浮かべた。
憎悪、嫌悪――怒り。
「ありがとう。待っていたわ」
響いた声は、ぞっとするほど冷たかった。




