六十一節 赤い喜哉4
ウネウネとユッケ地獄再び!みたいな状態ですが、流石に笑えませんね。
というか、本気で笑えません。
大きい『蝕毒』一体ならばあと十分耐えきれる自信はあった。
けれども、これでは――。
やはり、次のポーションを飲むべきか?と悩みながら前を見た。
「ダメだ、魔力は供給されているんじゃない……これ、絶対におかしい」
静かな昆明の声が響きました。
ふと見た昆明の顔は真っ青になっておりました。
「何度やっても、解析しても、供給源が、見つからない
……まるで息をするように、魔力を、吸収しているようで」
昆明が解析を間違えるとは思いません。
だとしたら、『蝕毒』はどうやってあの大きさを維持しているのか。
「ねえ、昌澄」
急に響いた凛とした声。
ふと横を見ると、黒い軍服で黒い髪を靡かせる澪さんが一点を見つめている。
真っすぐに見る澪さんに、光さんが考えがある時の顔と重なりました。
「なんでしょう、澪さん」
「君が今、ポーションを飲むのを悩む理由を教えて?」
澪さんの言葉に、小さな溜息を吐きました。
「私の身体の魔力許容量はポーション七本です」
「七本!?君、本当に人間!?」
「ええ、魔力量はちょっと人間離れしております……が、三本目からは酩酊が始まるので、戦闘でまともに動けるのは実質二本までです」
「つまり酔っぱらっちゃう体質か……」
「ええ、魔力の残量を考えると飲むべきですが……」
「なるほどね。確かに君の頭脳でのフォローは私も無くしたくない」
そこで澪さんは少し悩んだような表情をしました。
「人造魔石の予備は持っていないの?」
いきなり言われた言葉に「へ?」と間抜けな声が出てしまいました。
「人造、魔石?」
「自分の魔力の塊!アレで回復すれば酩酊しないんじゃない?」
キョトンとした顔で言う澪さんに、私と昆明は目をパチパチと瞬かせました。
「え?」
「え?」
「え?」
私、昆明、そして澪さんと困惑の声が揃いました。
「もしかして……知らない?」
澪さんの困ったような声と、紫の困惑の色で、困惑の仕方、光さんと同じですね、なんて言いそうでした。
「じゃあ、魔石持っていないのか……」
悩んだような澪さんに、昆明が「人造魔石?」と困惑した声を出しました。
「ああ……先日、光さんに教えていただきましたが、冬の国では魔力で魔石を作る文化があるそうです」
私の言葉に昆明が「え、ええ?」と更に困惑した声と顔をしました。
私たちのやり取りを見ていた澪さんが「まさか……」と呟きます。
浮かべた色が紫で、何となく考えていることが分かりました。
「光さんにも話しましたけれども、我が国では人造で魔石を作る文化はありません。ついでに言えば、昨夜光さんに作り方を聞いたぐらい初耳情報です。」
「うー、まじか……私、水の素養持っていないし……」
私の言葉に『ガーン』と言葉を付けてあげたくなるほど、落ち込まれた澪さん。
人造魔石……あれ、そういえば、なんて思いながら腰に付けた空間魔法が付与されたポシェットに手を突っ込みます。
突っ込んだ手が、その感覚を見つけました。
出して見れば、光さんに言われたままに作った魔石が手の上をコロンと転がりました。
「えっと、魔石なら持っています、これ」
「違う違う、普通の魔石じゃダメなの、人造魔石。自分の魔力とか、人の魔力で作った魔石」
「あ、いえ、コレ、私が作った人造魔石です」
「「はっ!?」」
澪さんと昆明が驚いた顔で声を揃えました。
「いや、なんで作ってんの!?」って叫ぶ昆明と、
「いや、なんで作れてるの!?」と叫ぶ澪さん。
「光さんに作り方を教えていただきました」
素直に作った経緯を話せば、澪さんが明らかに落ち込んだ灰色を浮かべました。
「えぇー!?私、初めて作った時屋敷破壊して、両親と兄貴にこっぴどく怒られたのに」
そう言えば、そんなことを光さんが呟いていたような気がしましたね。
ただ、コレをどうするべきか分からずに前を見ました。
『蝕毒』がウネウネと動き出しております。
「騒いでいる時間はないようです、コレをどうすればよいのですか、澪さん!」
「えっと、割る!」
「は、割る!?」
「剣でも、何でもいいから割る、割れば、魔力が戻る!」
よく分からないでいれば、澪さんが「あ、剣私が使ってんだった!」と言いながら、私の手に乗る魔石を奪い取って、剣でガツンッと割りました。
シュルシュルっと青い魔力が私の身体を包み、吸い込まれるように消えていきます。
からっぽだった井戸に、まとめて水をぶち込まれたみたいに、魔力が一気に満ちていく。
全身の血管に一気に熱湯を流し込まれたみたいで、一瞬だけ指先がじんと痺れた。
不思議な感覚ですが私の魔力が全快しておりました。
「全快、しておりますね」
「うん、全快しているな」
私の困惑と、昆明の困惑を余所に、澪さんが笑いました。
「人造魔石は破壊されると何故か魔力が多いところに吸い込まれる習性があるんだ。
自分で作った魔石なら自分の属性に惹かれるから自分の所に帰る確率が高い。
他の人からの譲渡する手もあるけど、回復量は自分の魔石から見ると少ないんだ」
キラッと見えた彼女の首元に掛かる緑色の魔石が装飾されているネックレス。
つい、それを見てしまいました。
「ん?コレ、気になる?」
キョトンとした澪さんがそう聞いてきました。
「ま、まあ」
素直に答えれば、澪さんが今まで見せなかった柔らかな顔で、赤……ではなく、それに近く、穏やかな色を浮かべました。
「旦那の作った魔石。この人造魔石は作った人間に何かあると、傷が入ったり、色が濁ったりするんだ。」
そう言いながら澪さんは一度、その緑の魔石を優しく指で撫でた。
「光が捕虜になった時、この魔石にひびが入って、旦那に何かあったって気づいてね……気づいたら戦場に向かっていた。」
ふふっと笑う彼女は、少しだけ寂しそうに見えた。
「今、もう、軍人じゃないのに、軍服着てさ~」
そう言いながらも澪さんはそのネックレスを軍服の中に大切そうにしまい込んだ。
「戦場に来てみれば、旦那は瀕死だ。妹は捕虜だ……探していたもう一人の妹が捕虜として冬の国に来た」
澪さんの言葉にハッとして息を呑んだ。
思い浮かべたのは綾人さんと本当の兄妹の様に一緒に歩いていた香さん。
香さんを探していたのは……光さんだけでは無かった、というのが今の言葉だけで伝わってきます。
――それもそうでしょう。
だって、我が国だって、香さんだけじゃない。
秋里の一族も、王妃殿下も、綾人さんも、そして綾人さんの親友である兄上も、光さんとその弟を探しておりました。
逆も、然りです。
「そしたら、こんなことに巻き込まれちゃって、こりゃ旦那にも兄貴にも怒られるな、って感じだけど、『香』の生きる世界がこんなに優しいなら、来てよかったよ」
その穏やかな顔を見たのがなぜ私だったのか、と少し悔しくなります。
兄上……いや綾人さん、香さんを守り続けた人に見せてあげたい笑顔でした。
どうやら昆明も同じ気持ちだったのか複雑そうな紫と灰色を浮かべました。
兄貴、と聞きまして、そう言えば光さんから話を聞いたときに、
気にしておりませんでしたが、澪さんの方が妹さんだったのですね。
ん?待ってください、確か、『義にい』でしたっけ?
従兄のお兄様が確か三歳年上で、兄上と同じ年と言われていましたよね?
「ん?何?」
私の視線に気が付いたのか、澪さんが私を見てきました。
「いえ、お兄様?義貞さんでしったけ?彼が二十三歳は聞いていたのですが、そうなると澪さんはおいくつなのか気になりまして」
「ああ、兄貴の一個下だよ。二十二歳」
「「二十二歳!?」」
思わず昆明と二人で叫んでしましました。
「え、何?」
「同じ年です」
「え、同級生!?」
いや、既婚と聞いていたので、年上だと思い込んでいましたが、まさかの同じ年。
――光さんが年齢の割に大人びすぎているのが行けない気がします!
断じて私とか昆明が幼いとか、そう言う事ではないはず!
ふう、と息を抜いた澪さんは覚悟を決めて剣を握りました。
「昌澄、魔力は回復した?」
「ええ、問題なく。十分は確実に持つでしょう」
「あと一つ、増援が来る可能性は?」
澪さんの言葉に私は笑います。
「避難さえ終われば、必ず」
「ふ~ん。光が手伝っていたりして」
冗談めかして言われましたが、澪さん鋭いですね。
思わずギクッとしてしまいましたし、昆明も一瞬、視線を逸らしました。
「あはは!あの子らしいや!まあ、とりあえず……小さい方から確実に、数を減らすよ!」
澪さんはそのまま走り出します。
光さんの速さを知っている私ですら、その速さは驚きです。
一気に六体の『蝕毒』が身体を変形させるように触手を尖らせて澪さんを刺し殺そうとします。
背後三体を水魔法の応用で刻んでしまえば、核だけをその隙間から逃がす『蝕毒』。
学習している。
「ヤバいな、戦闘の記憶が他にも引き継がれているな」
昆明の言葉に思わず頷きましたが、澪さんが目の前の三体を一気に横薙ぎで切り、剥き出しになった『核』を雷魔法で砕きました。
『ギョ……ワアァ』
断末魔のような声を残した三体が一気に崩れ、まるで灰のように消えていく。
しかし後の三体が再生するように核にミンチ肉を身体にかき集めた。
核がその肉の壁に包まれかけた瞬間、パキンッ、パキンッ、パキンッと三回分の破壊音が響きました。
再生しかけの肉体がまた灰のように崩れていった。
トン、トンっと、後飛びで私の隣に戻ってきた澪さんが剣を構えながら前を見た。
「ねえ、昌澄。その水魔法で、一気に小さい方の『蝕毒』、細切れに出来ない?」
「細切れ、ですか?」
「うん、細切れにしてくれればいいの。
核を剥き出しにできれば、私の速さなら核をピンポイントで破壊できる。」
あ、なるほど、と思いながら澪さんの言葉に前を見ながら考えます。
確かに今の一瞬で、六体を消し去ることが出来ました。
ただ、『蝕毒』は学習する魔獣です。
なれば学習が終わる前に、倒さねばなりません。
「なるほど。」
「そんでもって、こっちに誘導するからさ、一面に、その水の魔法貼れない?」
凄い笑顔で、物凄いことを言ってくるな、なんて思いますが、確かに効率的かもしれません。
「あー、あのミンチ肉作る要領ですか?」
「そうそう!ハンバーグ作ろうよ!」
「いいですね~。核は邪魔なので砕いていただけると」
「軟骨入りのハンバーグって美味しいもんね!」
「ちょっと!?なんで料理の話になるんだよ!?」
澪さんと私でのりのりで話していたのですが、耐えきれなくなった昆明が思わず叫んでおりました。
「どうすんだよ、俺、ハンバーグも好物だし、軟骨入りのコリコリしたのはもっと好きなんだけど!?」
「私も好物ですね?」
「へえ、昆明と昌澄の好物って似ているんだ~。冬の国なら美味しい店紹介するんだけど?」
「あ、いいですね~」
『ギョアアアアア!!』
ふざけた会話をしていたら、『蝕毒』に怒られたような気がしますね。
「怒られたね」
「怒られましたね」
「そりゃ、『蝕毒』だって怒るでしょう!?」
澪さん、私、昆明と騒ぎつつも、私は水魔法を展開します。
『蝕毒』が入り込むのは難しいぐらいの5センチ四方で網を張り巡らしました。
「ついでに聞くけど大きい方まで細切れできないよね?」
言われて見て、気になりましたので、水魔法をギガサイズの胴体に投げてみましたが、傷にはなりますが、切れなそうでした。
「触手程度なら細切れ可能でしたが、胴体は無理ですね」
「了解、ならまずはミニちゃんズを倒しましょうか!」
ミニちゃんズと言いましたが、大きさ的には人間サイズなので、ミドルちゃんズが正しい気がしました。
まあ、そう冗談も言っている余裕なく、『蝕毒』がこちらに流れ込んできました。
魔法展開を緩めることなく、私は小型『蝕毒』をとにかく細切れにします。
澪さんが細切れになったところを、魔法と、剣を駆使して、核だけを破壊していきます。
「あれ?なんでだ?魔力の流れがおかしい」
昆明の声が耳に届きながらも、目の前に集中します。
私が水魔法を駆使して全力でミドルサイズの『蝕毒』を細切れにして、
澪さんが次から次へと、一体、また一体と核を壊して小型『蝕毒』の数を減らします。
あと五体!
「あ、ダメだ!その核を破壊したら!」
『ギョエエエエエエエ!!』
昆明の叫び声と、ほぼ同時に大型の『蝕毒』が奇声を上げました。
その奇声が波動を作って、瓦礫を吹き飛ばしてきます。
「あっ」
澪さんの小さな声が耳に届きました。
彼女が剣を振り抜く軌道が――もう戻せない。
核を破壊しようとした澪さんは動きを止められません。
このままでは、瓦礫に吹き飛ばされるっ!
咄嗟に転移魔法を澪さんの目の前に座標指定した。
転移魔法で飛んだ瞬間に澪さんの腕を掴み、すぐさま昆明の元へ再度飛びます。
昆明は私の動きを察知していたように三人分の結界を展開します。
瓦礫の雨が降り注ぐのを昆明の結界が弾きます。
目の前に砂ぼこりが立ち上がり、結界の外の視界は灰色の世界が広がります。
でも同時に、地面からスドンッ、ズドンッと振動を感じます。
『蝕毒』が瓦礫をかき分けながら、身体を這いずるように動き出したのを感じました。
「あの『核』は人造魔石だ!破壊するたびに、大型の『蝕毒』の魔力が回復している」
「え?」
「うそ……」
昆明の言葉に、私も、澪さんも絶句します。
「さっきの昌澄の魔石と一緒だ!」
昆明の言葉が事実であるように、シュルシュルと宙に浮く魔力の痕跡が、
大型の『蝕毒』の影へと吸い込まれていくのが見える。
破壊したはずの魔力が『減らない』。
むしろ大型の鼓動が、ひとつ大きくなった
「破壊された魔石が『一番濃い魔力溜まり』に吸収されている!」
昆明の言葉を証明するように、核と思われる赤い光が、淡い光を放っている。
ドクンっと脈打つように光が放たれ、核の大きさが大きくなった。
「この結界内で一番濃いのは——大型だ!」
そして瓦礫の埃が晴れた先に見えたのは、ひと回り大きくなり、
その高さが地上よりも高くなった『蝕毒』の姿。
パンと一回の空砲が鳴り響きました。
今度は青の発煙筒。
その意味は『避難完了まであと五分』。
『ギョエエエエエエエ!』
空砲を嘲笑うかのような奇声。
発煙筒の青で、私と昆明の絶望が広がりました。
昆明の色が紫から灰色……そして黒に沈んでいきます。
それもそうです。
私も、昆明も、魔力の残りがもう僅か。
さっきまで笑っていた喉が、カラカラに乾いていくのを感じながら、
結界が狭くなるように見える『蝕毒』の巨体を見上げるのでした。




