五十三節 地下施設1
もう一度見まわしますが、どう見ても見覚えがある幽霊屋敷です。
爆破魔法によって焦げた跡や、飛び散った破片は増えていますが、間違いなく喜哉の幽霊屋敷。
そして『蝕毒』らしきものを大量に見た場所です。
あ、いけません、ユッケ地獄を思い出してしまいました。
私、ユッケ大好物なのにどうしてくれるのですかっ!まあ、食べますけどね!
「じゃあ、昌澄。地下に降りる場所はどこ?」
「ま、待ってください!?貴方が調べるつもりですか!?」
思わず叫びましたが、昆明はニヤッと笑いました。
「俺に勝る『解析魔法』のプロっているか?」
自信満々で言われますが、ええ、その通りです。
『解析魔法』の……。
「何を調べるおつもりですか?」
「まず、昌澄たちが遭遇した『ミニ蝕毒』が人工物か。魔石が残っていれば鑑定できる」
「なるほど、でしたら入口は2階です」
昆明の言葉に私は階段を上がり出しました。
ただ、何かに気が付いたのか、昆明が魔法陣を展開させます。
黄色い魔法陣。
その魔法がこの幽霊屋敷を囲うように展開されたのだと気づきました。
「心配事項でもありますか?」
「念には念を……。清澄さんの考えが外れた時の保険だよ」
そう言われると、私も念には念を入れて気配探知の魔法を掛けます。魔物、魔獣の気配は全く感じられませんが――。
おかしい。
と、思わず声に出してしまいそうなのを、寸前で口を閉ざしました。同じように気が付いた昆明も目を丸くします。
「急ぎましょうか?」
なるべく急いで歩き出した。
ドクリと、嫌な予感というものが胸を占めていく。
煤だらけになっている階段を上がり、そして二階の図書室に歩いていく。明かに他とは違って綺麗なままの姿を保つ図書室の戸を開ければ、まるで今なお使われたままのような図書室が広がる。
そして奥に歩いて行き光さんがやったように図書室の奥の壁を切りつけました。
ブワンっと浮かび上がった魔法陣。
そして同時に開かれた地下への道。
「……この魔法、ウチの国のじゃないね」
部屋に入った瞬間、昆明はそう言った。
ちらりと視線を向ければ、昆明は目を輝かせて魔法陣を眺めていた。
分ります、こんな状況でなければこの魔法陣を解析してみたいです。
というか、見ていて思いますが、冬の国の魔法陣は我々春の国の魔法陣と比べて細かい気がします。なんというか、省略されていないような。
一つ、面白いなと感じるのは冬の国は魔法陣に『漢字』が組み込まれております。
しかも綺麗に一画一画丁寧に書かれたような『漢字』で書かれた魔法陣です。
春の国は言ってしまったら崩し字のような文字と数字で、冬の国と比べるとかなり簡略化されているように見えます。
ただ、多分ですが、冬の国は簡略化されなかったが故に、もしかしたら魔道具が発展居たのかもしれないと思いました。
同じ文字と言葉を使うのに、文化って不思議ですよね。
ふと思い出しましたが、光さんが魔法を使った時も、魔法陣が細かかった気がましますね。魔法陣を展開させるために円で魔法を区切って、それを繋げると複合魔法に変わっていくのですが、光さんが魔法を使た時、円が多く、様々な細かい魔法を緻密に組み合わせた魔法陣だったと思い出します。
「おーい、昌澄。急に思考に耽るなよ」
「ああ、すみません。ちょっと魔法陣について考えておりました」
「確かに気になるよな……こんな時じゃなきゃ解析魔法で事細かに読むんだけどな」
そう言いつつも、昆明は下に続く、石造りの螺旋階段をのぞき込みました。
「降りるの……長そうだな」
「あ、いい案がありますよ!」
そう言いつつ、螺旋階段の真ん中の吹き抜けになっている場所に結界魔法を展開させました。その瞬間に、ヒクっと昆明の口が変な痙攣をしました。
「ま、まさかと思うけど、さ?」
「ああ、ご安心を、兄上と光さんも下から上に上がりましたし、私と千歳さんも問題なく上がりました!」
「待て!下がるのは、初めてだよね?」
「人間、誰かが必ず初体験するものですよ、さあ行きましょう!」
「お前、時々ぶっ飛ぶよな!?あと、力強っ!?」
昆明がギャーギャー言いますが、気にせずに腕を掴んで結界魔法の上に乗ります。真っ青になる昆明にニコッと笑っておきました。
「では、参りましょう」
「いやあああああ!?」
まあ、昆明の叫び声が綺麗に石造りの螺旋階段内を反響して、なかなかの勢いで降りてしまいましたが、あっという間に『ミニ蝕毒』ハウスになっていた研究室らしき場所にたどり着きました。
妙に、その地下室が寒いような気がします。地下ゆえの寒さではなく、背筋か寒いと言いますか、自分の第六感のようなものが寒さを感じさせている気がします。
一歩、結界から降りて足を踏み入れれば、パキッとガラスを踏みしめる音が響きました。
「やはり、研究室ですね」
「……なんだこれ。魔力の残りも気持ち悪い。」
昆明は青ざめたようにそう言いました。
「まるで、色んな魔獣の魔力が混ざりあった……合成獣みたいだ」
彼の言葉に魔力を解析して見ますし、彩眼で見てみますが、やはり私には感じることが出来ません。
「なんかさ、ここの研究所の下、まだ何かありそうだな」
昆明がポツリと言います。
「ええ、地下に空洞がありました」
「だとしたら、地下牢みたいなのもあるみたいだな」
「え?」
昆明の言葉に思わず声が漏れました。
ぞくり、と寒気のようなものが背中を走り抜けました。
でも、この屋敷に入って行った気配探知の魔法の結果を考えますと、なんとも言えなくなります。
昆明に言われても地下牢には全く気が付きませんでしたが、彼の言葉を信じて再度、空間把握魔法を展開します。
見つけることはできませんでした……が、僅かに違和感のある場所があります。
培養器のような装置の後ろの壁。
降りて来た螺旋階段と同じ石造りで、その壁を眺めます。
「多分、ここに入るのと同じような結界があるよ」
「ですね」
昆明の言葉に同意しながら剣を抜きました。
私の愛剣は『魔力を纏わせることのできる剣』です。
ゆっくりと水魔法で剣を覆います。
水も……小さな棘を無数に付与し、それを高速回転させる。
私の剣術は人並みですが、この魔法付与で、魔物を簡単に切れるのです。
時々、騎士団の部下たちに、包丁でパンも切らされることもありますが。
潰れずスパンと切れるとか。どうでもいい話でしたね。
そのまま剣を壁に振り下ろせば、またブワンと魔法陣が浮かびます。
赤色に染まるその魔法陣は、冬の国の魔法陣と似ているが、書き方が春の国の魔法陣だ。
おおよそは似せて書いたのだろうが、所々で『繋』に使う文字が春の国の魔法体系だ。
「……おおかた、冬の国の魔法陣を模倣しようとして、発動せずに『繋』部分を春の国の魔法の方程式を使った、とういう感じですかね?」
私の言葉に昆明は「そうだろうね」と小さく同意した。
「だとするなら、この魔法陣を敷いた人間は春の国、と思えますね」
「だろうね。それにこの『色』は」
そこで昆明は言葉を止めました。
浮き上がった魔法陣が静かに壁に吸い込まれ、瞬間、切ったはずの壁が消えました。
「やっぱり」
昆明の声を後ろに聞きつつ、私はその中に入ります。
真っ暗闇の中。昆明が火魔法で周りを照らしました。
階段が5段ほど。
その先に、鉄格子が嵌められた牢が二つ。
昆明が炎魔法で牢の中を照らしました。
灯りに灯られたそこで黒い影が見えました。
「え?」
思わず、私は声を出してしまいました。
目を凝らして見えた先、地下牢の中、そこに、人のような形を見つけます。
石造りの壁に見える影……人影を見つけたのです。
まるで壁に磔にするように手枷が壁に固定され座らされている。
身体中には戦闘の痕らしき切り傷。
俯き加減で顔は見えない。
着ている服は黒の軍服……つまり冬の国の軍服。
胸のふくらみで、その人影が、女性だと気が付いた。
まるで人形のように動かない女性の口には、酸素呼吸器のようなものが繋がれ、その中に流されるのは見覚えのある緑色の液……高濃度の魔力が溶け込んだ水。
コポッとその人物の口から漏れ出た空気が水の中を逆流した。
吸引機の端から漏れるその水が、ぽたり、ぽたりとその開けた胸元に落ちている。
その胸元が僅かに動くので、まだ生きている女性だと、気づかされた。
そして――その女性は、黒髪でした。




