五十二節 変わりゆくもの2
今の状態は正に危機一髪です。
言っておきますが、私は成人した男性です。
もう23歳で、結構自立している方です。
23歳男性が一番ご勘弁願いたいもの……それは――。
「ちょっと!久々に会ったパパにチューぐらいされなさいよ!?」
「されてたまりますか!?父親に唇奪われる息子がいてたまりますか!?」
「もう、日葵と三か月も会えていないのよ!?日葵の代わりに息子の唇ぐらい奪わせなさい!?」
「断固拒否です!?だいたい、何故、私だけこんな目に合うのですか!?」
ギリギリと成人男性二人がもみ合い状態です。
おかしいですよね、普通、成人した息子にこんな所業します!?
娘にだってしないですよね!?あ、娘の方が問題かもしれませんけど。
「だって、清澄ちゃんは僕そっくりじゃない?」
「ええそうですね!?」
即答しましたが、兄上は父上と瓜二つです。
「遠澄ちゃんと維澄ちゃんの顔は僕に似ているじゃない?」
「ええそうですね!?」
更に即答しましたが、髪と目は母の色ですが双子は父に似た顔立ちです。
「日葵に似ているのって、昌澄ちゃんだけなのよ~」
ええ、どちらかと言えば母似ですが、母に似ていても女っぽくはありませんからね!?
「だからと言って、息子を代用するな、このクソ親父!?」
「パパに向かって親父なんて、そんな~」
「キスするな、くっつ、力、強っ!?」
「昌澄ちゃん、もっと鍛えないよ、組み敷かれちゃうよ~」
「父上!?」
なんとか唇を守りながら、父に占め技をかけていたのですが、父が反撃に出て、あわや……。
ってか、昆明!?ドン引きしていないで助けろ!?
あと、国王陛下!?なんですか、そのニヤニヤ顔!?何が面白いんですか!?
「その辺にしてやれ、青澄。」
急に響いた声は女性のもので、何故か占め技掛け合っている所に、軍服姿の王妃殿下がいらっしゃいました。コツコツと軍靴の音を立てながら、王妃殿下は国王陛下の隣の椅子に腰かけました。
「ふふっ、ふざけるのはこのぐらいにしようか。まあ、久しぶり、昌澄」
父も諦めたように立ち上がって、何故か私の髪をぐしゃっと撫でてから国王陛下の後ろに控えます。
「ええ、お元気そうで、父上。王妃殿下もお変わりなく」
そう言って王妃殿下に挨拶をします。
ええ、黙っていれば……母が絡まなければ非常に優秀な父です。
母が絡まなければ。
……まあ、父上は相変わらずのようです。
ですが、この場に集まっている顔ぶれと、兄上からの手紙の内容を思えば、
父上がふざけている時間は長くはないと分かっていた。
ただ、父の空気も、国王陛下の空気も、そして王妃殿下の空気もピりつくような重いものに変わりました。
「さて、昆明。お前の話を聞こう」
国王陛下の威厳に満ちた声に、昆明がチラリと視線を向けてきました。
私は懐から兄上が書いた手紙を出し、そして国王陛下へ渡します。
国王陛下は何も言わずにその手紙を父に渡しました。
父が魔法陣を浮かべて、そして鑑定魔法と解析魔法を同時並行で展開しております。
腐っても、元第二騎士団の団長だった父です。
「間違いなく、我が息子、清澄の魔力で封をされております」
そう言いながら父が浮かべる色が緑と、黄色で、兄を誇らしく思う父の気持ちが伝わってきます。
「開けよ」
国王陛下の言葉に父が封を開け、そして手紙を軽く読んでから国王陛下へ手渡しました。
酷く長い時間が過ぎたように感じました。
読み終わったのか、国王陛下が「はー」と長いため息を吐きました。
「……『射影機』は偽物だったか?」
国王陛下の問いに、昆明が「はい」と答えます。
「間違いなく、見た目が同じガラクタでした。起動できない、ただのハリボテです」
「判断材料はそれだけではないな?」
「ええ……まあ」
国王陛下の言葉に昆明が視線を戸惑わせました。
えっと、こっち見んな。
私も視線を横に逸らします。
「お前たちの幼少期のいたずらは今更問わん。ソレが今回、役に立っている」
昆明の言葉に、国王陛下は頭が痛そうに目頭を押さえました。
そして隣に座られる王妃殿下に手紙を差し出します。
チラリ見た父上ニコリと笑いますが、その背にわずかに読めない色が浮かんだ。
王妃殿下の眉がわずかに動きます。
その小さな変化こそ、事態の深刻さを物語っていた。
「……清澄の推理が合っているのだろうな。ただ、証拠はないな?」
国王陛下がそう言って訪ねてきたのは私に向かってでした。
「はい。『射影機』も奪われております」
「それで、お前……正しく言うならお前の兄の望みは何だ?」
「ただ一つ……昆明殿下に喜哉にお越しいただきたい」
その言葉に国王陛下は視線を昆明に向けた。
「騎士団はお前を求めた。お前はどうする?」
国王陛下の威厳に満ちた声に、昆明は一度深呼吸をしました。
「行きます」
「……身内を、斬る判断になってもか?」
一瞬だけ、国王陛下の色が濁ったように見えた。
清廉な青であった色に黒が混じり合っていく。
王としてではなく、父として、息子に問うには酷な言葉だと分かっておられるのだろう。
「だからこそ、その役目は『私』がすべきです。王太子殿下でも、第二王子殿下でもない、私が」
昆明のはっきりとした言葉に国王陛下は目を伏し、王妃殿下は「はー」と長いため息を吐かれました。
「……行くがいい。その場の判断はお前に任せる」
国王陛下は少し落ち込んだような声でそう言われました。
「やっと……お前の負荷が軽くなると思った途端にこれか」
その言葉は王妃殿下のものでした。
昆明が『血統魔法』を発現した時、王家には当時98歳となる昆明の曽祖父……先々代の国王陛下の命の灯が消え去ろうとしていた時でした。
そして昆明は6歳。
彼は6歳にして、この王都の結界を請け負うことになりました。
外にも出られず、ただ、王都で守られる。
私も8歳の時に昆明の誘拐事件が無ければ、交流が出来たが分かりません。
それでも、ただ、友人であろうと思いました。
「ありがとうございます。ですが、父上、母上、僕は諦めませんので」
そう言ってニッと笑う昆明。
ええ、彼は諦めないでしょう。
彼が作ったのは一人の『血統魔法』に守られる国ではなく、誰でも挿げ替え可能な大勢に守られる国。
少しでも昆明のその未来を見たくて、私も魔法創造や解析を勉強しました。
見かけによらず、努力家な彼が捨てたくなものを、私は知っています。
昆明は私を見てきました。
「じゃあ、昌澄、座標は確保する。喜哉に飛んでくれるかい?」
「お任せください、昆明殿下」
そう言って伸ばされた手を掴みます。
言いながら転移した先は
……何故か、見覚えのある幽霊屋敷でした。
ええ、私の記憶が正しければつい昨夜、来た場所ですね?
爆破魔法が発動して、周りの家具は見るも無残に砕け散って、僅かに合ったガラスも綺麗に吹き飛んだ屋敷。
「なんで?」
思わず出てしまった声。手首を掴んでいる相手を見ればニヤッと笑っている。
見回して、確認してみても、そこはユッケが食べられなくなりそうな『ミニ蝕毒』がうじゃうじゃ湧いて来た喜哉の元領主の屋敷にしか見えません。
「お前と二人きりで外に出たのは八歳の時以来だな!」
あの、八歳の時は超絶サバイバル体験で、無人島に八歳の子供が二人っきりっていう事件で、あまりいい記憶ではありませんけれどもね?
ただ、あの八歳の二人だけで生き抜いた一週間は地獄でもありましたが、自分を鍛えなければと痛感した一週間でもありました。
「さて、15年ぶりの探検をしようか、昌澄!」
楽しそうに笑うに昆明を見ながら、私は本気で思うのです……。
違う意味で、寒気がしてきたのは気のせいでしょうか?




