五十一節 変わりゆくもの1
着替えを済ませた昆明は兄上からの手紙を読んだところで怪訝な顔をした。
兄上の手紙にはあれやこれや色々と書かれていたのだろう。
「『射影機』が王都から持ち出されている、と?」
そう言った昆明の目は完全に厳しいものだった。
まあ、そうでしょう。
『射影機』を持ち出せるのは王族、もしくはそれに近しい血統を持った人間しか出来ない。
つまりはこの手紙は、昆明を含めた身内を疑っているということだ。
「私とあなたが付けた傷を覚えておりますか?」
昆明の目を見ながらそう尋ねれば、彼は「はー」と長いため息を吐いた。
「会うなりジャブ打ってくるの辞めてくれない?思い出したくもない黒歴史」
「覚えておりますね……。クレヨンで色を誤魔化したの」
「……今思えば、良くあの色出たよな」
「ええ、くすんだ茶色で助かりましたよね」
「まあ、とりあえず、先に宝物庫で確認しよう」
「ええ」
昆明の先導で、歩き出したのは王宮内。
いつも忘れがちですが、昆明はれっきとした王族ですし、本日は『正装』ですので、王宮の侍従や侍女、メイドたちなどが出会う度に頭を下げます。
王族は普段の『軍服』を着るときはこの作法をさせませんが、『正装』の時は使用人たちは王族を公人と扱うのです。
昆明が進んだ先は王宮の一角。
王族の血統が無ければ入ることのできない場所。
そして、そこを管理するのは王家の『血統魔法』を持つ王族。
数年前まで王子・王女でこの『血統魔法』を持つのは昆明だけだった。
ただ、幸いにして、王太子殿下の第一王女が『血統魔法』を発現された。
このことによって、昆明は前線に出られることになったのだ。
それが幸か不幸か、私には判別できない。
昆明が触れて浮き上がらせた魔法陣の色にハッとしました。
その……色に見覚えがあったからです。
でも、それ以上は口にしません。
不確かな情報程、人間を惑わすものはないからです。
「昌澄、悪いが待っていてくれ」
「承知しました」
手をひらり胸に当てて腰を折る。王族に対する礼で昆明を見送れば、私はこの先に一度だけ入ってしまったのを思い出した。
ここに、私が昆明と忍び込まなければ、昆明は王家の『血統魔法』に目覚めなかったかもしれない、と小さくため息を吐きます。
罪悪感がないかと言われれば困ります。
それでも王族である前に、彼は友人で、親友で、悪友です。
「複雑なものですね」
そう言いつつも先ほどの宝物庫の入口に見た魔法陣を思い浮かべました。何百年とここを守る結界ですが、何度見ても美しく、整った魔法陣です。
これほど美しい魔方陣は他に見たことがありません。
一度、解読してみましたが、なかなかうまくいかず、結局はその細やかな繋ぎ部分を繋ぐのは『血統』であると結論付けました。
まあ、この研究の成果は兄上にも内緒で、昆明しか知りませんが。
「昌澄」
はっきりとした声が届きました。
何も言わずに頭を下げながら、防音魔法を貼りました。
口の動きで読まれぬように、視覚阻害魔法も組み込んで。
昆明は空に黄色の魔法陣を描き、そして宙に飛ばしました。
鳥が羽ばたくようなその伝書魔法はどこかに飛んで行きました。
それをちらりと見た私は、昆明に視線を戻します。
「『射影機』は?」
「ガラクタだ。見た目だけ同じものだった」
「やはり……」
「兄上たちにも内密に、父上……いや、国王陛下に会いに行く。同席頼む」
「承知しました」
そう言って歩き出した昆明。
その表情は芳しくない。
「……清澄さんは、本当に怖いな」
ポツリと呟いた昆明の言葉に、苦笑いを浮かべます。
兄上は一聞いて十を知るタイプです。
私からすれば、それが誇らしくもあり、少しだけ息苦しくもあります。
兄上は、いつだって正解に近すぎるのです。
今回のことも断片的なことを繋ぎ合わせて結論を出しているかと思います。
「……ですが、証拠はございません。ついでに言えば証拠となりえた『映写機』を奪われました」
「そこも疑問だよな。何のために『映写機』を使ったのか。人造魔石の件も初めて聞いた」
「それほど、春の国と冬の国がいがみ合って、互いの発展を望まなかったのでしょう」
「あ~あ、戦争なんて、無くなりゃいいのに」
「私も思います」
そう言いつつ、私が思い浮かべたのは兄上と光さん。
本当にお似合いだと思いますが、国が違うだけであの二人が結ばれることは無いのでしょう。
昆明が向かった先は王宮の図書館だった。
王族の為に作られた図書館。
昆明は螺旋階段を上り中二階へ、そして本棚の一つを触れれば魔法陣を起動させた。
「え?」
「あ、この場所は清澄さんにも、綾人さんにも内緒な?万が一の時はここに、姪っ子を迎えに来てね?」
昆明は軽口で言いましたが、多分、この場所は万が一……王都が危機にさらされた時、王都を守る結界を組んだ王族の『血統魔法』を持つ王族を守る場所なのでしょう。
そして、その役目は昆明でなくなったのだと、理解しました。
「……いつの間に?」
「姪っ子が八歳を迎えたから。あの子は何れ女王さ。何としても守られるべきは彼女になったってことだよ」
そう言いながら魔法陣はだんだんと色を帯びて行きます。
昆明の魔力で満ちた魔法陣は驚くほど美しく、驚くほど強固だった。
昆明に手首を掴まれて、そのまま魔法陣の中に入り込んだ。
その中は暖炉が灯っていた。まるで誰かの隠れ家のようにゆったりとした部屋。
「よく来たな、朝比奈 昌澄。昆明、お前が選んだ守護者は次男の方か?」
荘厳な声が響く。慌てるように膝を付いて右手を左胸に当てる。
「国王陛下にご挨拶……」
「よい、ここはプライベートだ」
「そーだよ、というか、大きくなってね~、昌澄~」
……待ってください。
非常に空気の読めない声が聞こえてきました。
ええ、嫌な予感しかしません。
顔を上げる前から彩眼が発動して、キラキラしたまばゆいものが見えます。
ああ、嫌な予感しかしません。
「やっぱり日葵に似て可愛いな~」
母の名前を呼びながら、ゆったりとした声と足音が響きます。
ゲンナリした気分で顔を上げた瞬間、現れたのは兄上と良く似た顔の、父の顔であった。
しかも、ゼロ距離で――。




