五十節 限界突破
翌朝、頭痛でお腹が痛い、と言いたくなるのはこのような気分なのだろうな、と呆然と前を見ました。
日が昇った喜哉は結界が解けます。その朝日と共に現れたのは赤の集団。
あ、誤解なきように言いますが、春の国の軍服は白です。
「折角なので辺境で魔獣狩りをしていたのだが、思っていたよりも周りが過保護でな!
たった一日しか野営をさせてくれなかった!」
あははは!と笑い声が響きました。
普通、王族が野営はさせてもらえません。
と、突っ込みたくなりますが、悪びれず快活に笑われる我が国の第一王女殿下を見ました。
「朱子殿下……」
天翔宮 朱子殿下が笑う後ろで、消え入りそうな声で彼女の名を呼んだのは第三騎士団の団長でした。
げんなり死にそうな顔で、胃を押さえている彼……吉川 成哉を見ました。
その後ろに並ぶ第三騎士団の団員たちも死にそうな顔をしています。
双子のゲンナリ顔もレアですが、それ以上にレアなのは……。
「朱子殿下……殿下が夜に抜け出して、魔獣狩りをしていた我々の精神を少し労わっていただきたいですね?」
ゲンナリして、少し青い顔になっている第三騎士団の副団長、笠谷 偲の姿は本当にレアです。
この方がこんなに疲れた顔をするのは珍しすぎて、思わず凝視してしまいました。
「偲先輩、大丈夫ですか?」
思わず、と言った感じで声を掛けたのは千歳さんで、千歳さんを見た笠谷副団長はガバッと千歳さんを抱き締めました。
自然に、しかもサラッと!?
しかも千歳さん、全く抵抗しておりません!?何故!?
私の時にはあんなに抵抗していたのに、何故!?
「癒しを、僕に癒しをくれ~」
何でしょう泣きそうですね、笠谷副団長。
ですが、ギリリッと思わずハンカチを噛んで伸ばしたい気分です。
「偲先輩、疲れすぎていますね?任務終わったらケーキでも食べに行きましょう?」
「賛成だね……郊外の牧場の所がいい」
「ですね、たくさん食べましょう!」
ぐううう、目の前でデートの約束をされているのが不本意ですが、
今朝も光さんを盾にされた私は何も言えません!
ええ、笠谷副団長と千歳さんは士官学校時代から良き先輩後輩で、千歳さんが笠谷副団長にめちゃくちゃ懐いていたのは知っておりますよ!
ええ、私から見てもカッコよい先輩でしたからね!
泣いてよろしいでしょうか!?
「ところで、朱子殿下?確か、到着は明日のはずでは?」
兄上が代表してそう尋ねますと、第三騎士団の面々がサッと視線を逸らしました。そして笠谷副団長が視線で吉川団長に『お前が説明しろよ?』と圧を掛けております。
覚悟を決めたように吉川団長が言葉を発しました。
「朱子殿下が……」
「朱子殿下が?」
兄上が吉川団長と正反対の冷静なトーンで返すので、なんとなく面白いことになっております。
「魔獣狩りにっ!」
「魔獣狩りに?それで?」
「夜の方が、魔獣が強いと申しまして……単身で狩りに」
「単身で、狩り」
「しかも、魔獣が積み上がるので……解体が追い付かずっ!」
「前にも聞きましたね」
兄上がサラッと言われましたが、前にやらかしたのは私たちの弟たちですよ。
双子が辺境の魔獣を狩りつくしたのですよ。
ですが、その双子もゲンナリしているのを見るに、もっとヤバい状態なのでしょうね?
「しかも並大抵の団員では付いていけないところに行った、と聞きまして、私と笠谷、朝比奈両名の四名で夜通し同士捜索しまして……」
「夜通しで捜索」
「血まみれで魔獣狩りつくした朱子殿下を夜明けと同時に見つけたわけです!」
「夜明け……」
兄上、兄上、ドン引きした顔で朱子殿下を見ないでください。
吉川団長の言葉に苦労が乗っておりますが、貴方の婚約者なのですからどうにかなさってください。
「しかも、一晩で五十体近い大型魔獣が狩られておりましてっ!第三騎士団の半分が残って解体しております!」
まあ、なんで血まみれなんだろうとは思いましたけど、夜通しで魔獣狩りって……。
しかも五十体近い大型魔獣って……。
ヤバいですね、人間兵器か何かですか?
これでも我が国唯一の王女殿下なのです。
「……それで、なぜ一日も早く着くことに?」
「この血まみれの殿下を流石に見せられるわけがないだろ!?
あと夜通し探したせいでまともな護衛が出来ないと判断しまして、喜哉に早入りすることにしました!」
「つまりは朱子殿下の面倒を見るのに第二騎士団を巻き込むと?」
「一週間耐えた我らの気持ちを慮ってください」
兄上、目が死んでおります。
そしてくるっと向きなおった兄上がとってもいい笑顔で私に笑いかけてきました。
「昌澄」
「なんでしょう、兄上」
「サクッと王都に飛んで、サクッと昆明殿下をお連れ願えるかい?」
要するに『戦闘狂の子守に胃痛王子を呼んで行こい』という事ですね、わかりました。
「お任せください」
そう言いつつ、兄上に持たされた手紙を入れた懐に、手を当て、その厚みを確認してから魔法陣を展開します。
「行ってまいります」
そう言ってから座標を昆明の魔力のある場所に指定して飛びました。
喜哉の町並みを見ていた私の目の前に広がったのは、見慣れた昆明の部屋でした。
幼き頃からよく来た部屋で、以外にも努力家な昆明の机には無数の魔導書が置かれています。ほとんどが結界術のものだと知っては居りますが、昆明は自分の努力を見せることはありません。
自分は『結界のプロ』という側面を見せ続ければ、兄の御代に余計な雑音を入れずに済むと知っているからです。
「……ぎゃあああああ!?」
「昆明、おはようございます。あと、服着てください」
寝ぼけていたらしい寝起き姿に思わずため息を吐きました。
王族なのに、全裸で寝る彼はどういう趣向なのかよくわかりませんが、まあ、昔からの癖です。
「ちょっ、ここ王宮!?しかもなんで俺の部屋!?夜這い!?」
「朝です」
「知っているよ!?お前がこういう転移をするから変な噂が立つんだよ!?」
「意味が解りませんが、とりあえず服を着てください」
そう言いつつ、脱ぎ捨てているガウンを思いきっり投げました。
「昆明殿下?騒がしいようで……きゃああああ!!」
ノックをしてから開けてくださった侍女のお方が悲鳴を上げました。
いつも思うのですが、その腐った葡萄のような色はどんな感情なのでしょうか?
あと、悲鳴が黄色く感じるのは気のせいなのでしょうね?
「ああ、申し訳ございません、緊急です故、すぐに昆明殿下のお着替えをお願いいたします」
私の台詞を聞いた侍女のお方は真っ赤な顔でコクコクと頷かれます。
とりあえず、昆明はガウンを着ながら「絶対勘違いされた」と紫色を浮かべるのでした。




