四十三節 幽霊屋敷6
Side 一条 光
『射影機』を足で掴んだ真っ黒の鳥が目の前を飛んでいる。
その黒鳥が使い魔故か、それとも追われている恐怖からか、一度後ろを見てくる。
まるで先ほどの魔石のような鮮やかな赤い目がこちらを見て、あざ笑うかのように「かぁ!」と鳴いた。
結界魔法で押し上げられている私と清澄さんは魔法を放てるほど、足場が安定していない。
「なんてことを考え付くんですか、貴方の弟さんは」
「私も長年一緒に居ますが、あの頭脳は本当に凄いと思います……ただ、突飛すぎるので昌澄だけは手元に置いて置きたかったのですよ」
「正解だと思いますよ」
そう言いつつも、自分の弟を思い浮かべる。
同じの力を持ち、膨大な魔力を持って生まれた弟。
妹を探しに行けなかったもう一つの理由は弟だ。
弟の能力を抑え込める人間が、私しかいなかった。
正直に言えば、今手首に嵌る、この『白石の腕輪』を死ぬほど欲していた。
カチャリと鳴った手首を見た。
すると隣の視線が同じように手首に向いた。
「貴女は、確かに敵としては恐ろしい『血統魔法』をお持ちですが、魔力量を考えると、『白石の腕輪』を掛けるほどではないと思っています」
酷く素直な意見だな、と思いながら笑う。
現実にそうだとも言える。
私の魔力量は一般人よりも少し多い程度。
しかし、私の『血統魔法』……『一条の闇』は魔力を膨大に食らい尽くす。
連発できるほど、危険な真似は出来ないし、何なら私は『風魔法』の方が得意だ。
「私自身、この『血統魔法』を怖いと思いますからね。手に取ろうとしたものが灰になった。
これほど恐ろしいと思ったことはありませんよ」
……この能力怖さに、弟は誰にも、乳母にも抱かれなかった。
だから、私がずっと抱きしめた。
ある時、従姉が……澪が、泣いている弟を何も言わずに抱きしめた。
その時、この能力は『血縁者』を消さないことを知った。
そして澪の勇気が、私をどれだけ救ったか、彼女は知らないだろう。
でも――この能力は愛する者を『消す』と知っている。
「なるほど。でしたら光さんにとっては、今の状態の方が戦いやすいようですね?」
思わぬ言葉を言われて、思わず手首を見た。
言われて見れば、『血統魔法』が漏れ出して、味方に被弾するかもしれないと魔力コントロールを気にし続けるいつもより、気にしないで剣術だけに集中する今の方が戦いやすいかもしれない、と納得してしまった。
彼はニコリと笑う。
この男はよく見ていると思う。
周りも、自分も。
だからこそ、不思議だ。
自国に居る頃に、ここまで背中を合わせて戦ってくれる男が居ただろうか?
弟であれ、従兄弟であれ、伯父であれ、義兄であれ、みんな『私』は守る存在だった。
前になど、出させてもらえなかった。
でもこの国では前に出ても、横に居ても、対等に、戦わせてもらえる。
これがどれほど心地よいものか、知ってしまって戸惑っている。
「確かに、そうかもしれませんね」
そう言いつつ上を見た。
複雑なことに、彼やその兄弟たち、そして綾人さんと言ったこの国の男たちを知れば知るだけ、この国がどれほど優しいか思い知らされる。
そして離れがたくなる。
でも、妹に似あうこの国から私はいなくなるべきだと理解している。
「……だから、あの馬鹿の禍根は残さない」
グッと手に持った剣を握る。捕虜にこんな上等な剣を持たせるなんて、どんな神経をしているのだ、なんて思うけれども、私を『捕虜』ではなく『戦力』と見たからだと分かっている。
それだけ、この国は寛容だ。
「もうすぐ、着きますね。用意はよろしいですか?」
彼の言葉に頷いて、すぐに飛べるように構える。かなり揺れるが、速度を優先した人間を上に移動させる結界魔法の応用。これを即興でやる彼の弟は本当に天才だと思う。
光りが見えた。
瞬間、私も、彼も、結界魔法を蹴り、階段に降りた。
ガシャン!ガラガラ!
っと、上に当たり、一部の天井が壊れた様子を一瞬だけ見てから、すぐに走った。
まだ、視界で追える。
目の前に見えた黒い鳥。
走った先に階段のところからエントランスに居りていくその黒鳥。咄嗟に、手摺から飛び降りて、その鳥に追いつこうとした。
けれども、急にヒュン、と空を切る音が響いた。
「光さん!」
清澄さんの声が響き、避けつつ片手で床について、そのまま距離を置く。
その黒い影も、後に飛んだ。
黒鳥が黒い影の人物の肩に飛び乗り、そしてその人影は『射影機』を受け取った。
「どなたですか?」
答えることはないと思ったが、その人影をジッと見た。
真っ黒の外套を被り、顔は認識阻害があるように見える仮面。
手に持っているのは『剣』。
ただ、さっきの剣筋で分かる。
真っ先に『急所』ではなく、私を『戦闘不能』に持ち込む場所を狙った。
この人物はかなりの手練れだ。
剣を構えた瞬間、ヒュンっと剣での『突き』。
余りの速さに初動が遅れた。
カンッっと剣が交わる音。
横から剣を受け止めたのは後から来た清澄さんだった。
「連携します」
ポソッと言った彼の言葉に、彼が上段からその黒ずくめの人物を切りつけ、私が下段から足元を狙う。
普通の人間どころか、並の騎士ならすぐに足元を取られるだろう。
しかし、目の前の人物は清澄さんの剣を薙ぎ、私の剣を避けた。
「ちっ、」
「早い」
私の舌打ちと、清澄さんの呟き。こちらが攻勢に出ているのに、相手にいとも簡単に捌かれる。
この人物、『剣』の扱いが異様に上手い。
まるで体の一部化の如く『剣』を振っている。
ヒュンと私を狙って『突き』がくる。
紙一重で避けた瞬間、その手に、違和感を覚える。
思考を働かせることが出来ないほど、この相手の動きは速く、正確。
私が『剣』を使っているのを加味したとしても……『刀』を使ったとしても、勝てるかわらかない。
この人物は『剣』の手練れ。
ヒュン、ヒュンっと私と清澄さんの剣が黒の人物を捕えようと振られるが、相手は見事に避けながら、捌いていく。
ただ、その人物は攻勢に出ずに、ひたすらに下がっていく。
何故か、違和感が……。
その瞬間、カチッと、何かがハマるような音がした。
目の前の人物の足元の床が一段降りて、そこがスイッチだったと、瞬時に悟った。
「まずっ」
叫ぼうとした瞬間、急に強い力で身体を抱き締められる。
硬い感覚が顔に当たり、まるで丸め込むように締め付けられる。
一瞬遅れて、清澄さんが私を抱き締めたのだと分かった。
守られることは多々あったけれども、こんな切羽詰まった時に守られたのは初めてだな、なんて思いつつ目を瞑る。
――互いの心拍数が耳障りなほど、聞こえてくる。
守られた悔しさよりも、何故か安心している自分がいた。
ボンッ!!っと爆音が響き、爆風に身構えた。
バキバキッとガラスにひびが入るような音が響き渡り、遅れて来るであろう痛みを待った。
キ――ンと耳に反響するような音が頭まで駆け抜けた。
しかし――何も起こらない。
「兄上!光さん!ご無事ですか!?」
静寂の中に響いた声。
恐る恐る目を開くと、抱きしめられている状態で、清澄さんにも、私にも、傷ひとつない。
しかし、屋敷の荒廃具合は増していて、わずかに残っていた家具はほとんど消し炭になり、焼け焦げた匂いが充満する。
その爆風の中で抱き合う私と清澄さん。
そして私たちを守るように球体型で防御魔法が発動していた。
その魔力が、私を真っ先に守ろうと動いた清澄さんの弟のものだと、すぐに分かった。
「全く……本当に規格外ですが、本当に頼もしい弟ですよ」
苦笑いする清澄さんが視線をエントランスの玄関に向けた。
その先には黒い影と黒い鳥が月明かりに照らされながらも走っていくのが見えた。
「追いますよ!」
清澄さんの言葉に釣られて、私も走り出す。
月明かりに照らされる人物と鳥は、見失いそうもなかった。




