四十節 幽霊屋敷3
カツン、カツンと足音が響くたびにその空間に反響する螺旋階段。
石で作られたその階段は外気とは異なり、うすら寒さを感じさせる。
時折感じる微弱な魔力。
ネズミのような……もしかしたら使い魔かもしれませんが、そうだとしても何もしてこない。
「……この仕掛けを作った人間に心当たりがあるのですか?」
兄上が唐突に言葉にしました。光さんが「ええ」と小さく答えます。
「なるほど。今の話を聞くに、この部屋の仕掛けはその方が作ったのでしょうが、入口に仕掛けられた魔法は別人が仕掛けたということになりますね」
「……それについても少々違和感があるのです」
光さんが言った言葉に耳を傾けながら、魔力の波を幾重にも流して、生体反応や建物の形を調べていく。歩きながらなら、私がやる方がいいと思ったのだが、どうも気になる話になりますね。
「違和感?」
「あの、エントランスの魔法……冬の国のものではありません」
「え?」
兄上は思わず声を出してしまったようですが、言われてみれば、冬の国の軍が『爆破魔法』を使うところを見たことがありません。
「ふふっ、どうやら『昌澄副団長』の方がすぐに気が付きましたね。我が国では『爆破魔法』は使いません……正しく言うなら使えません」
光さんは前を歩きながらも、大きなため息を吐きました。
気のせいかと思いますが、光さんは『重要な情報』を小出しに出してきます。
――まるで、自国を苦しめるように。
「『爆破魔法』に必要な事と言えば何だと思います?」
急に光さんがそう尋ねて来ました。
『爆破魔法』は要するに火魔法の強化版。
だとしたら――。
「火魔法の素養ですか?」
兄上の言葉に光さんは「ふふっ」と聞き馴染始めた笑い声を漏らしました。
「その通りです。火の素養。我が国には火の素養を持つ魔法士が少ない。居ても、『爆破魔法』を使える人間はいない」
そこでハタっと気づきました。そうなったとしたら、綾人さんの義妹であり、光さんの妹である香さんの価値は向こうでは……。
「香は賢い子なのでしょう?多分、『火の素養』を見せていないのでしょう」
ぞわりと背筋が凍りそうになりました。
『火の素養』とは要するに火魔法を使える人間の持つ適性のようなものです。
私と兄上が『水の素養』を持ち、水魔法が使えるように、
香さんは『火の素養』があり、しかも『爆破魔法』なんて目ではないほどの炎の血統魔法。
――『秋里の業火』を操る魔法士でもあります。
「冬の国が『香』を手放したのは知らないから」
静かな光さんの声が寒気のするこの空気に溶け込みました。
「ふふっ、馬鹿ですよね。ウチのお偉いさまは……。『業火の秋里』と『一条の血を引く香』が結びついていない。あんな暗君が治める国が我が国なのですから」
呆れたような光さんの言葉に、思わず息を呑んでしまいました。
「……では、なぜ貴女は、国に従うのですか?」
兄上の真っすぐな言葉に光さんは「ふふっ」と自嘲するように笑います。
「家族が、居るからですよ」
その笑顔はどこか悲しそうで、どこか複雑そうでした。
「私には弟がいます。兄弟のように育った、従兄弟たちもいます。でも国には失望しています。」
そこでフッと笑う彼女はどこか楽しそうで、どこか卑屈そうに見えました。
「だから、いっそ誰かに壊してもらえれば楽だな、なんて思っただけです。」
光さんがそこでふわっと笑われました。絶望に染まっていた紫のような黒から、緑が湧き上がる。そして黄色、オレンジと黒を少しずつ閉じ込めていく。
「あの人がお立ちになられれば、我らは……。まあ、独り言です」
そう言いながら、降りた階段は、そこで終わりを迎えた。
明らかに薄暗いが、そこには灯りがある。強い光ではなく、淡い、まるで蠟燭の火のような薄暗いもの。
パキッと、誰かがガラスの破片を踏み砕いた音が響く。
そして我々の目の前に現れたのは、何かを培養したかのような装置。
一面に散らばるガラス。
砕けたような培養装置のガラスが、床に散乱している。
その培養装置らしきものから垂れ流しになっているのは水。
ただの水ではないらしく、僅かに緑かかって見える。
「……これ、は?」
戸惑うような千歳さんの声。
すぐに解析魔法で、魔法の痕跡を探します。
異様な、なんとも言い難い気持ち悪さを感じてか、光さんと兄上、千歳さんの三人はすぐに剣を構えました。
三人が私を囲うような陣形を取って安全確保。
私はもう三人を信じて解析を続けます。
瞬間、飛び込んでくるような気配を感じました。
「兄上、二時の方向」
私の言葉に反応するように、兄上がザシュっと切りつける音が響きました。
「光さん六時、千歳さん八時、近いです」
光さんと千歳さんの連続する切断音。
そして『ソレ』はゆっくりと、這うように、地獄から這い出るかのように出てきました。
小さな手のひら程度の大きさ。
うねうねと幾つもの触手を伸ばす臓物のような物体。
「『蝕毒』」
兄上の小さな声が響きました。
王都で見たものよりもはるかに小さい。
ですが、その数は夥しいほど、うごめいております。
「不味いですね」
兄上の声が小さく響きます。
うねうねと触手を伸ばす姿が、もう気持ち悪くて仕方ありません。
……私、しばらくユッケ食べられなくなりそうです。




