三十七節 城塞都市・喜哉
まあ色々と大変なことが続きましたよ。
その中でド級にヤバいと思ったのは兄上の部屋で光さんが寝ていた件ですかね……。
母上……なんてものを用意しているんですかっ!って叫びたくなるナイトドレスでした。
何よりすごいと思ったのは兄上の鉄壁の理性です。
私には無理です……。多分。
まあ、そんな感じで現実逃避したいところですが、私たちは光さんの護送任務に就くことになりました。
護送と言ったら普通は馬車です。
普通なら……あ、誤解なきように言っておきますが、馬車では確かに走っております。
冬の国の第四師団の副師団長・一条 光が乗り、春の国の第一騎士団の副団長・瞬木 千歳が護衛する馬車が……表向きは……。
「なんで……こんなことになったんでしたっけ?」
ゲンナリした気分で私は目の前に広がる防衛都市・喜哉を眺めました。
城壁は全てが石造り。大砲にも、魔法攻撃にも耐えた堅牢な国境防衛の最前線。
誰もが思うでしょう……。
どういうことなの?、と。
もともとは、光さんを安全かつ確実に「馬車で」喜哉入りさせるのが目的でした。
しかし、きな臭い点がいくつも浮かび上がり──最終的に、兄上と私がそれぞれ光さんと千歳さんを連れて、転移魔法で先行することになったのです。
光さんと千歳さんを一人ずつ連れて、喜哉まで遠距離の転移魔法です。
第二騎士団を二手に分けて、先遣隊として、喜哉の治安維持の名目で先に喜哉入りさせた。
彼らが転移場所の位置を確保したため、私たちは問題なくこの魔物と、隣国の脅威から守り続けた堅牢な城塞都市へとたどり着きました。
光さんと千歳さんの影武者は背格好の似た第二騎士団の騎士が務めております。
……片方は「これ以上詰めろと言うのですか」と胸の詰め物に絶望し、
片方は「これ以上潰れるんですかね」と無理やりサラシを巻かれて苦しんだそうです。
そうですね、光さんは身長のわりに大きいですし、千歳さんはささやかです。
ええ、余計なことを第三騎士団の副団長が教えてくださいました。
まあ、きな臭いこともありまして、王都の防衛は第三騎士団にお願いしたので、その際に笑いながらそう言われました。
本当に、あの方は読めませんね……しかし遠回しに『影武者はバレているよ』と、世間話の裏に忠告を隠されるので、逆に怖いぐらいです。
「あとは『本隊』が何事もなく着けば問題ありませんが、どうにもそうはならなそうですね」
兄上の言葉に、光さんと千歳さんは頷いた。
光さんは少し嫌そうではありましたが、第二騎士団の白い騎士服を着てもらっています。髪の色も魔法で我が団で一番多い金髪に変えてもらいましたが、一見、誰だかわかりませんね。
まあ、嫌そうであっても、自分の身の危険が多くに波及することを分かっていらっしゃるようで、素直に着替えてくださいました。
「なるほど……私の影武者をしてくれたあの騎士の騎士服なのですね」
光さんは納得されていますが、千歳さん……光さんのきつそうなところを凝視しないでください。
猫が獲物を見るようにジッと凝視しないでください。
あとその後に自分の詰め物をしたそちらを見ないでください。
背格好も似ていましたが、髪の色を変えてしまえば一見、光さんは第二騎士団の女騎士に見えるでしょう。
千歳さんの変わりをした騎士は千歳さんに憧れて騎士になった子なのです……千歳さんの騎士服を着られるとはしゃいでいたので、言わずもがなです。
まあ、とても似ている子です。
「本隊が来るまであと二週間。この間に『川上副団長』……いえ、『川上元副団長』の痕跡を探します。」
はっきりと言い切った兄上の前には地図が広がっております。川上元副団長の目撃証言がある場所に印を残し、そうなったところでスラム街にどうやら多くの目撃証言が残っていたようです。
「スラム、ですか」
そこで兄上が印をつけた場所のすぐ近くの建物に視線を向けます。
そこはこの喜哉が王領となる前に領主が住んでいた館。
今はただの廃墟となっておりますが、スラム近くだというのに、スラムの人間が避ける場所でもあるそうです。
「何かを隠すにはもってこい、という感じですね」
違和感が拭いされませんが、光さん(変装の姿も同じようにその場所を指さしました。
「問題は、この屋敷の所有者が誰か分からないこと。
それと、門に防衛魔法が掛かっていることです」
私が第二騎士団の団員から受け取った調査書を読みながらそう伝えれば、兄上は悩んだように口を開きました。
「逆に、その防衛魔法を逆手に取りましょう」
「逆手、ですか?」
千歳さんの疑問に答えたのは兄上ではなく光さんだった。
「『私』の人質交換までに危険な個所は潰しておきたい、と第二騎士団側の判断で踏み込むという事ですね?」
「ええ、その通りです」
光さんと兄上の息の合った会話に、思わず千歳さんと見合ってしまいました。
なんというか、本当に兄上も、光さんも、一を聞いて十を知るタイプですね。
「だとしたら、速攻で行ってしまった方が良いでしょう。証拠隠滅の恐れがある前に……。」
光さんの言葉に、兄上が頷かれます。
「では、ささっと行きましょうか」
ニコッと笑う兄上に、私は嫌な予感というものしかしません。
ええ、本当に……。
現在の時間……深夜二時。
まるで幽霊屋敷のような元領主邸宅が目の前にそびえ立っております。
何故なんでしょうかね……こういう日に限って月明かりが強いのです。
その光でオンボロ屋敷が本物の幽霊屋敷に見えてきます。
そして目の前の鉄細工の門扉に絡む蔦が、余計に幽霊屋敷っぽさを増していきます。
この場に居るのは四人。万が一、『蝕毒』クラスの魔獣ないしは、魔物が出ても対応できるクラスの実力者です。
「お待ちかねの肝試しと行きましょうかね?」
兄上の笑顔の方が怖いですね、なんて思いながら、ごくりと喉を鳴らすのでした。




