三十六節 深夜の密会
Side 朝比奈 清澄
静まり返った夜の自室。もう寝るだけとなるはずの自分の部屋に人の気配を感じた。
寝る寸前の状態でも剣を持っているのはもう騎士の性としか言いようがないでしょう。
「こんばんは、清澄さん」
凛として響く声とカチャリ、と響いた拘束具の音で、部屋に入り込んだ主が誰か、すぐに分かった。
「こんばんは、光さん。こんな夜更けに夜這いですか?」
ニコリと笑いながらも、彼女に冗談を投げかける。彼女がそのつもりで来ていないにはすぐに分かる。けれども、周りにはそう勘違いして欲しいという彼女の計算高さも垣間見える。
現に、彼女は私が眠る予定の寝台の上で、座って待っていた。
「ええ、そう勘違いして欲しいので、そう見えるように来ましたよ」
彼女がそう言った通り、非常に魅力的な格好で私の部屋にいる。まあ、彼女の意図をくみ取って私の上着を掛けてやると、やはり寒かったらしく、すぐにそれに包まりました。
「面白いお家ですよね、まさか部屋が繋がっているなんて」
そう言って彼女が開けたままにしているドアを見た。部屋同士が繋がっている部屋。
光さんが使っている部屋は私の『妻』となる人が使う、『次期当主の妻』に宛がわれる部屋だ。
「まあ、面白いでしょうね」
「ふふっ、まあここからが本題です」
「ええ、聞きましょう」
そう言いながら、彼女の座る寝台の横に腰かけた。ギシッと鳴ったその音に彼女はニヤリと笑う。
どうやら、勘違いさせるための工夫として、どこが鳴るかも調べたようで、悪戯が成功したかのように楽しそうに笑った。
「ここからは情報のすり合わせです。まず一つ、あの『蝕毒』は私の身体に入っていた。でも春の国の研究所の結果から見るに、私は捕虜となる寸前に、『蝕毒』を寄生させられた、で間違いありませんか?」
「ええ、そうでしょう」
「だとしたら、あの腹部の傷を受けた時が怪しいという事ですね」
そう言った光さんは自分の脇腹に視線を向けた。思わず私は、その部分にそっと触れる。傷跡は一切残らなかったが、あの時、彼女が死んでいたらと思うとゾッとする。
「ええ、無事でよかったです」
「その節は……いや、その後もいろいろとありがとうございます」
そう言った彼女が浮かべる色は赤みかかっている。
見えてしまうものは仕方がない。
でも、その色は淡く、今にも消えそうな儚い色だ。
「第一騎士団の『川上副団長』さんは多分、冬の国の第一師団に何らかの取引を持ち掛けられたと思います」
「第一師団と決めつける理由は?」
「そこ以外、大規模な秘密裏の研究を出来る機関がないからです」
「機関が、ない?」
「ええ……まず、第一師団の師団長は『皇弟殿下』……我が国の皇帝陛下の弟君です」
「ええ、良く知られておりますね」
そう言ってひと息を吐く。冬の国の軍……こちらで言う騎士団は全部で四つ。
その中で第一師団は皇帝直属の師団というのはこちらでも聞く話だ。
「私の『親友』が第一皇子の婚約者です」
「……え?」
突然の言葉に驚けば、彼女は驚くほど黒く激しい雷雨のような色を浮かべ、赤い稲妻のような線を幾重にも浮かび上がらせた。
「……彩眼とは、便利なようで、不便そうですね」
光さんの言葉に彼女の顔を真正面から見た。太陽眼が薄暗い部屋の中で灯りのように輝いて見える。
「生まれた時からこの眼ですからね……私はそれ以外を知りません」
「それもそうですね……で、今驚いたのは何故ですか?」
彼女は腹を割って話すつもりで、直球で聞いてきたのでしょう。
なら、私もそれに応えるまで。
「貴女が今まで見たことのない『怒り』を見せたからです」
「ああ……なるほど。確かに、彼女のことになると少し、私は過保護かもしれませんね」
「過保護?」
「まあ、士官学校時代の同室だった……五家の姫ですね」
「対等な方なのですね」
「ふふっ、ライバルが相応しいかもしれませんね。いつも強がって怖い癖に虚勢を張る、そんな意地っ張りな子です」
そう言った光さんは笑った。鮮やかな緑が浮かび上がったが、その後には紫が一気に飲みこんでいく。
つまりは『親友』について、これ以上は喋らない、という事だろう。
「まあ、この『親友』の婚約者の第一皇子が絵に描いたようなダメダメの皇后陛下の息子でしてね……ちなみに私の事は『娼婦の娘』と公衆の場で罵ってきましたよ。」
ふふっ、と笑う光さんは、怒りよりも、緑色の親愛を浮かび上がらせた。
……その『親友』との思い出があるのでしょう。
「その『親友』が開戦直前に、新型の毒薬の解毒剤を渡してきました。」
「え?」
「清澄さんも見たでしょう……篠宮さん……第四師団の師団長の負傷した姿を……」
光さんの言葉に、光さんが投降した時に、抱えられながら来た若草色の髪の男を思い出した。
「彼に使われたのが新型の毒薬……まだ冬の国でも公表されていませんが『親友』が危険を犯して私に解毒剤を渡してきました。彼女は察していたのでしょうね、篠宮さんがどさくさに紛れて殺されることを……」
ぞわりとした寒気が背中を走っていく。
「で、次の保険が私だったのでしょう。篠宮さんか、私か……あわよくば両方。死ねば、冬の国は全面戦戦争を肯定できる。」
光さんは何と言えない表情で、ぎゅっと私が貸した上着を握りしめました。
「ところが、篠宮さんの暗殺に失敗し、まさかの『蝕毒』を生け捕りにされた。焦ったのでしょうね、『第一師団』は」
「……それで、『川上副団長』に接触した、と?」
「……正直に言うとそこが解せないのです」
光さんが顔を上げてジッと私を見てきます。その視線は真っすぐで、そして揺るがない。
「はっきり言えば、我が国は貴賤意識が染みついている。だから、副団長とは言え、トップクラスの貴族ではない方に目を付けるとは思えないのです」
そう言われて見て、思わず納得した。川上副団長は貴族ではあるけれども、どちらかというと平民に近い家だ。そして、光さんの言葉を聞くに、冬の国の第一師団が接触するとしたら、五家レベルでないとおかしい気がしてくる。
「もっと、上からの何かがあったのでは?というのが私の見立てです」
光さんがそう言ったところでニコリと笑います。
「あともう一つ、私は澪……従姉から貰った伝言も気になっています」
「ああ……朱子殿下が会ったという」
そこで光さんはにこりと笑いました。
「篠宮さんが表立って動けないから澪が調査したんだと思います。澪は私の前の第四師団の副師団長ですからね」
朱子殿下の言葉から、光さんの従姉『鷹司 澪』は相当に腕が立つと思いましたが、光さんの話を聞くに、もしかするなら光さん以上かもしれません。
「ああ、ちなみに第四師団は、こちらで言うならば、第三騎士団みたいな感じです」
「つまりは脳筋ですか」
「ふふっ、否定はしません」
懐かしむように、光さんはそう言われました。浮かび上がる淡い緑は、彼女の帰る場所を彩らせるように思えてくる。
「ここから……貴方の本心を聞かせてください、清澄さん」
すっと近づいて来た彼女の太陽眼が至近距離に来た。
「おや、勘違いさせるとはそこまでやるのですか?」
私の言葉に彼女は「ふふっ」っとまた悪戯に成功した子供のような顔をする。寝台に押し倒されたところで、彼女はこっそりと耳元で喋る。
「気づいているのでしょう?ここですら監視されている」
やはり、彼女は敏いな、と感心してしまう。
「なるほど、確かに秘密の話場にはもってこいですね。」
そう言いながら、紫色が浮かび上がるその影が離れていくのを待った。
その気配なき色が完全に消えるまで、私と彼女はジッとその場で待ち続ける。
「秘密の話はこのまま行きましょうか?」
私の言葉に彼女は笑う。幸いにして夜は長い。
ただ、話し込み過ぎて、寝過ごして、翌朝、昌澄と千歳に思いっきり同じ寝台で寝ているのを見られてしまったのは完全な失敗でしたね。




