二十八節 花より団子、より剣技
いやはや、兄上と綾人さんの有言実行のスピードが早すぎて何とも言えませんね。
ええ、光さんは目の前に置かれたホットチョコレートとイチゴのショートケーキを見ながら、プルプルと肩を震わせております。
ええ、羞恥からか赤とピンクが混ざったような色を浮かべております。
同じくホットチョコレートとショートケーキを置かれた千歳さんが、違う意味で肩を震わせております。
浮かべる色は青とか、紫とか、黒とか、不安ですかね?
光さんの方は兄上と綾人さんにお任せするので、私は隣で青い顔されている千歳さんに視線を向けました。
「どうかしましたか?」
「いや、あの、昌澄くん」
「はい?」
「これ……プレミアムイチゴショートケーキでは?」
若干震える声で、千歳さんが確認するのですが、よく分からず首を傾げてしまいます。
「多分そうですが?」
「な、なんで一日限定10個のプレミアムイチゴショートケーキが私の目の前に!?一回も食べられたことないんだけど!?あとコレいくら!!?記憶が確かなら、給料の四分の一飛ぶはずなんだけど!?」
「まさか、ご冗談を!給料の四分の一は飛びませんよ!その半分ぐらいじゃないですか?」
「ひえっ!?」
「あと、多分気にしなくて大丈夫ですよ……このショートケーキの店のオーナー、父なので」
「……は?」
千歳さんは意味が分からない、とでも言いたそうな声で私を見てきました。
まあ、我が母が甘いもの大好きな甘党なのですが、正直に言えば王都の菓子店ほとんどから出禁をくらうほどケーキからクッキー……とにかく菓子を食べつくすブラックホールなのです。
まあ、最近では半分ぐらいに減ったそうですが、一時期には九割五分五厘の菓子店から出禁だったそうです。
まあ、結婚当初、そんな落ち込む母が可哀そう(というよりは自業自得ですが)と思った父が、なら経営すればいいや!と斜め上の発想に行きまして、父が経営を始めたのがこのパティスリーです。
ええ、父上がその流れで開発したこのイチゴが絶品らしく、それを使ったイチゴショートケーキが人気だそうですが、イチゴが希少……というよりほとんどが母の胃袋なので、一日限定10個のプレミアムになっているのです。
なのでイチゴさえあればいくらでも作ってもらえますので、食べたいときには屋敷からイチゴを届けさせれば問題ないわけです。
綾人さんなんて、香さんの為にホールで頼んできますよ?
まあ、お返しもプレミアム品ですが……。
「屋敷からイチゴさえ持って来ればいつでも作ってもらえますしね」
「え?」
どういう訳か、困惑した千歳さんがジーっとケーキを眺めます。
「六個?殿下のケーキ入れて六個をタダ?え、これ食べていいの?」
ぶつぶつと悩まれた様子の千歳さんに思わず笑ってしまいました。
「瞬木先輩、気にしたらアウトです。昌澄もまともそうに見えてまともじゃない枠なんで。ついでに言えば、コイツも朝比奈の人間なんで」
そう言いつつ逆に遠慮なんてない状態でケーキを食べる昆明。
「おや、どういう意味ですか、昆明?」
「よ~するに、お前もハイスペック人外ってこと!」
呆れたように昆明はそう言いながらホットチョコレートでのどを潤した。
昆明の言葉に何か吹っ切れたのか、千歳さんも恐る恐るショートケーキにフォークを入れて、恐る恐る口に運んだ。
ただ、その瞬間、目を輝かせて、花が咲くように鮮やかな色が浮かび上がる。言い表せないほどの感動なのだと分かり、思わず笑っていしまた。
「うわっ……。これだから朝比奈は」
ドン引きするような声の昆明の言葉に思わず首を傾げましたが、とりあえず千歳さんの喜ぶ顔を眺めておくことにしました。
で、チラッと店の店員がこちらの方に来て、声を掛けにくそうにしている。どうしたものかと思い、スッと席を立った。
「すみません、席を外します」
そう告げれば、千歳さんと昆明はコクコクと頷いた。すみません、食べている時に声かけた私が悪いですね、なんて思いながら「どうしました?」と声を掛けた瞬間だった。
「昌澄坊ちゃま」
ヌルッとまるで気配無く出てきたのは我が家の執事、倉敷。驚きすぎて悲鳴が出そうであったが、何とか呑み込んだ。
正直、この気配のなさと、神出鬼没すぎる登場は、心臓に悪いと思います。
「倉敷、どうした?」
「こちら、奥様からの差し入れでございます」
そう言って差し出されたカゴ。恐る恐る開ければ、その中には父が魔法を駆使して、品種改良した最高級フルーツセットが揃っていた。
超絶品なのは間違いないでしょう。
――ですが。
「……ああ、なるほど」
店の人間が困っていたのはコレの調理法だろう。
ええ、父の品種改良したフルーツの難点……魔力を通した刃物でないと皮を切れないという事です。
つまりは、普通の人間では切れません。
皮が硬すぎて全く刃が通りません。
ちなみに倉敷も母も武闘派ゆえ、魔力を通した刃物は使えません。
むしろ刃物が爆発します。
いつもであれば、父がカットした状態でここに搬入します。
「はあ……そう言う事ですね。とりあえず包丁を下さい。」
そう言えばパティシエ……というか、この店の最高責任者の男性が包丁を手渡してきました。
カゴから出したフルーツを倉敷が投げてきます。
ええ、もうヤケクソです!
包丁をヒュンヒュンと縦横で切りつけて、フルーツの皮と果肉を分離させます。
切った瞬間に変な方向に果肉が飛びますが、パティシエの皆さまが騎士顔負けの俊敏さで皿やボールにキャッチしていきます。
倉敷は容赦ないので次から次へとフルーツを投げてきますが、負けじと同じ速さで切っていきます。
さらに切ったフルーツはパティシエの皆様が華麗にキャッチされます。
中には床すれすれでスライディングキャッチするパティシエもおりますが、流石、元第三騎士団の皆さまです。
というか、どういう経緯でケーキ屋のパティシエになったのか気になりまして、聞いたことがあるのですが、遠い目をされてから聞きにくくなってしまいましたね。
ですが、やっぱり気になります。
最後に一番厄介なフルーツ……ドラゴンフルーツを投げ込まれました。
ええ、それこそ赤ん坊並みの大きさで赤紫に完熟し、投げつけたら武器になるほどの強度を持った黄色いとげとげまみれのフルーツ。
少しツッコミたいのですが、その手首に掛かる小さいカゴからなぜそんなに大きなドラゴンフルーツが出てくるのですかね!?
とまあ、叫びたい気持ちを抑えて、魔力の通した包丁でドラゴンフルーツを切り上げます。
果肉を皮から剥がす瞬間、濃密な甘い香りが部屋中に充満します。
これは――かなり美味しい完熟のものですね!
ええ、パティシエの皆さま、ナイスキャッチです。
「おお、素晴らしいです昌澄ぼっちゃま!」
そう言いながら拍手する倉敷。と、パティシエの皆さま。
しかし悔しいですね、飛び散った果汁を見て、父ならば果汁も出さずに切るのに、なんて思いつつ鳴り止まない拍手に違和感を覚えました。
パティシエの皆さま――にしては拍手が多いな、と思い、恐る恐る後ろを向けば。
何故かフルーツカット曲芸大会を見ている兄上、綾人さん、光さん、昆明
……そして千歳さんが拍手をしていた。
「はー、そういうの見ると、お前が朝比奈の宝剣を持った理由が良く分かるな~」
綾人さん、微妙な褒め方は辞めてください。
「ああ、なるほど。だからあの剣を帯刀されていたのですね」
光さん、素直な感想辞めてください。その剣を大活用された貴女に言われるとむず痒いです。
「やっぱり、そういう子細な魔力コントロールは昌澄の方が上手だね。父上にも負けないね」
兄上、フォローのつもりなのでしょうが、いたたまれない気持ちになります。
「これだから朝比奈は……」
昆明、辞めてください。
私をハイスペック兄上と化け物ツインズと並べないでください。私は普通です。
「昌澄くん、今の凄い!?もう一回見せて!?」
さっきのケーキ食べた時よりも目を輝かせる千歳さんに負けて。
倉敷が持ってきましたもう一個のドラゴンフルーツをカットするのは二分後の話です。
誤字報告ありがとうございます!助かります!
自分じゃ気付けないものですねΣ(゜Д゜;≡;゜д゜)
とりあえずハイスペック次男の曲芸シーンが書けたのが何よりも楽しかったです!




