二十七節 黒幕と情報提供者2
朱子殿下と光さんの静かなるやり取りが終われば、朱子殿下は長剣を鞘に戻しました。
ええ、やっと息ができる気がしました。
「なるほど、『従妹殿』の従姉……つまりは一条系の親戚か?」
「ええ、父方の伯母の娘といえばよろしいですかね」
「なるほどな。あれほどの強者が遠縁の親戚になるとは面白いものだな!」
「ふふっ、澪に伝えておきますね」
そこで、ふわりと笑う光さんは、楽しそうに、誇らしそうにそう言った。
あ、なんかわかります。
私も兄上や弟たちを褒められると誇らしくなります!
「いや、しかし凄い御仁だったぞ!朝比奈の双子相手に連携を捌きつつ、鎮圧。華麗な手際で惚れ惚れした!」
「ああ、澪は多勢に対しての戦闘が得ですからね」
「ああ、見事だったぞ!……まあ、悔しかったのか、朝比奈の双子は鬱憤を晴らすように魔獣を狩っていたがな!」
あはははははは!と笑いだした朱子殿下。
思わず苦笑いに変化した光さん。
いや、たぶん、兄上も、千歳さんも、私も、ついでに綾人さんも、
ヒクっと口端が痙攣しただろう。
「澪……やりすぎよ」
ポソッと呟いた光さんの言葉に、ちょっとだけ、光さんが脳筋の扱いに慣れているのでは?という小さな疑惑が浮かぶのでした。
光さんのこめかみが露骨に引きつったのを見ると、
父が母の脳筋に頭を痛める図と重なって見えてきますね。
「では、間違いないようなら、その『鷹司 澪』からの伝言だ」
朱子殿下の言葉に勢いよく顔を上げた光さんはその『太陽眼』に朱子殿下の姿を映しだした。
「『光の『宝』は手元には無いが、新玉の元に預けられた。
新玉の宮に入れられた故、安心せよ。濁りがある言葉を見落とすな』と。」
朱子殿下の言葉に光さんは目を丸くした。
その目からポロリ、と一粒の涙が頬を伝った。
隠語だらけの言葉が、確実に光さんの胸へ届いたのだ。
現に浮かべた色は黄色、オレンジ、そして青。
「は、はは。澪らしい、伝言。」
感激、感謝、そして信頼、色んな感情に見える。
流れた涙とその鮮やかな色に、思わず息を呑んだ。
「どういう意味だ?」
思わず、そう尋ねたのは綾人さんで、流石の彼も、光さんの変化に困惑しているようだった。
「……どうやら、香は……妹は、安全な場所にっ」
「な!?香は、無事なのか!?」
思わず光さんの肩に手を伸ばした綾人さんの頭を、
兄上が落ち着かせるようにぺしっと叩いた。
綾人さんの表情は真剣だ。
「ええ……第二皇子殿下が匿ってくださったそうです。
あのお方なら、確実に、守ってくださるでしょう」
直後、初夏の葉の如き新緑の色が一気に広がった。
「しかも第二皇子殿下の宮に囲われたなら、どの師団も、どの勢力も、決して手を出せない……よかった。」
安堵からか、何度も「よかった」と呟く光さんに、
綾人さんが納得しきれないような不服そうな顔をした。
「どういう意味だ、その『新玉』に『宮に入れられた』っていうのは」
不服そうな顔をしつつも、自分の疑問を口に出して尋ねるのは、
やはり綾人さんらしいな、と思いながらそちらを見ました。
「あ……ああ、すみません。
『新玉』とは第二皇子殿下の住まわれる離宮の別称です
――第二皇子殿下を守る人間たちは強固ですから」
そこで光さんは少しだけ柔らかい顔になられて、そして一度、深呼吸をした。
『宝』――香さん。
『新玉』――第二皇子の離宮。
言葉が繋がった瞬間、胸の奥がほどける音がした。
だが、なぜ第二皇子の元が安全なのか?
私たちの疑問が、視線に乗ったのだろう。
ハッと気づいた光さんが、ニコリと笑いました。
「その、第二皇子殿下はわが国でも少々特殊な方で……」
「特殊、ですか?」
思わず、尋ねてしまったのは兄上の方でした。
記憶が確かなら、冬の国の第二皇子は兄上と同じ年二十三歳。
あちらの国の皇帝の側妃の息子で、大きな功績は聞いたことがありません。
そこでハタと思います。
第一皇子の方は武勇の話等、良く聞き及びますが、
第二皇子の方は全く情報が浮かんできません。
いや、正直に言えば不気味なほど、功績が無い。
まるで、あえて隠されているような……。
「ええ……何と言いますか……我が国の男らしくないと言いますが……」
言葉を選ぼうとして、何も浮かんでこないような表情の光さん。
「もう、はっきり言え、はっきり!」
痺れを切らした朱子殿下がそう言うので、光さんは諦めたように溜息を吐かれました。
「えっ、と、女性を『対等』に扱う方です」
「対等?」
「に、扱う?」
光さんの言葉の意味がわからず、綾人さんと兄上が単語だけが、ぽろりと口から落ちた。
ふう、と息を抜いた光さんが口を開く。
「多分、この国では想像もつかない世界だと思います」
光さん自身も、何というか、言語化が難しいようで、苦笑いを浮かべた。
どうするかな?
と思ったところで、口を開いたのは朱子殿下だった。
「聞いた話だが、冬の国では男性と女性の地位というのか?差があると聞いた」
凛とした朱子殿下の声に光さんは静かに「はい」と答えた。
「その通りです。我ら女は家の『所有物』。
婚姻までは自由を許されますが、結べば最後、という認識ですね」
改めてそうはっきり言われると流石に私も胃が重くなります。
ちらりと横に視線ずらして千歳さんを見れば、思わず出そうになった悲鳴を手で抑え込んでおられました。
「ふむ。で、今の話を総合するに、向こうの第二皇子は考え方が違うと?」
朱子殿下の言葉に光さんは複雑そうな顔をして笑った。
「殿下は……澪が婚姻で引退するとき、何とか師団に残れないかと試行錯誤されました」
そこでハッとした。
冬の国も一枚岩では無いのだ。
光さんのように優秀な『女性』を師団に残そうとした王族……失礼、あちらは『皇族』がいらっしゃったのですね。
「私がもうすぐ婚姻を結ぶと言った際にも、どうにかできないかと戦ってくださった方です。」
光さんが苦笑いを浮かべられたことで、その『戦い』に第二皇子は負けたのでしょう。
「あの方はそう言う変わり者です故、皇族からも爪弾きですが……
代わりに我ら一条や、鷹司、篠宮など歴代女の軍人を輩出した家からは支持のある御仁とも言えます。」
「なるほどな。『鷹司 澪』の意味の分からない伝言にそんな意味があるとはな!
……恨みを抱える者ほど、守りたいものには必死になるか」
そう言いながらニカッと笑う朱子殿下が浮かばせた色は紫。
意味が分からず伝書鳩にされたのが不服だったのでしょう。
昆明、いい加減に胃を抑えるのを辞めなさい。みっともないですよ。
「まあ、彼女は君のことをすこぶる心配していた。
『妹は弱音を吐かずに毅然とするタイプだから気を貼りすぎて疲れているのではないか?もし気を貼り続けていたら、とりあえず、ホットチョコでも飲ませてくれ』
と言っていたぞ?」
その瞬間、光さんが真っ赤な色を浮かべて顔を隠されました。
桃色に近い赤。完全に羞恥の色でしょうね……。
その瞬間に両サイドに居た兄上と、綾人さんが、ほぼ同時にその肩を叩いた。
「帰りにホットチョコを飲みましょうか?」
「香のお気に入りの店があるぞ。ケーキも香が好きでよく食べる店だ」
何とも言えなそうな光さんの色に、思わず苦笑いを浮かべてしまうのは仕方のないことでしょう。
「ちなみに、イチゴのショートケーキが好物だそうだぞ?」
「澪――――――!!!」
思わず叫んでしまった様子の光さんに対して、兄上と綾人さんが楽しそうに笑われます。
まあ、兄上的には可愛い一面を見られたでしょうし、綾人さん的には香さんと似たところ見つけてしまった感じでしょうね。多分。
「はははっ!」
思わずというように、快活な笑い声が響いた。
光さんは恥ずかしそうな顔を上げられて、その声の主、朱子殿下を見上げた。
「姉なんてそんなもんだ!いつまでたっても下の兄弟が可愛いものさ!」
そう言いながらコツ、コツ、と踵を鳴らしながらこちらに来られた。
朱子殿下は迷うことなく昆明の頭に手を乗せた。
「昆明、今回はよく頑張ったな。あの結界を維持し続けなければ王都はあの『蝕毒』の肉片で大量汚染されただろう。あの小規模の場所で済んだのはお前のおかげだ」
そう言われた朱子殿下の言葉に、胃を抑えてうずくまったままの昆明の耳が、僅かに赤くなります。
「ただ、姉としてはそう言いたいが、『王族』の『第一王女』の立場で言えば、お前は逃げるべきだった。お前が死ねば、我が国全体の結界は瓦解する。
お前ひとりにこの王都を守らせていることは姉としては不甲斐ない。」
そこで言葉を区切った朱子殿下はコツコツとまた踵を鳴らして元の位置に戻る。
朱子殿下の言葉は正しい。
この国の結界……いや防御システムの中核は昆明の結界だ。
昆明が死ぬようなことがあれば、我が国は未曾有の危機に直面するだろう。
「昆明の結界術、千歳の遡行術、昌澄の治癒術、清澄の補助と攻撃術、綾人の攻撃術……そして従妹殿、いや光の攻撃術。
その全てが無ければ今回、王都は守られなかった。」
そう言われた朱子殿下はスッと頭を下げられました。
「王族としては出来ないが――天翔宮 朱子、個人として、皆に感謝する」
頭を下げたまま、朱子殿下の肩がほんの僅かに震えた。
それが、怒りか、悔しさか、涙を堪える震えか――誰にも分からなかった。
誰も、拍手も慰めも言えず――ただ、息を揃えて頭を下げ返した。




